第662巻
涼しいと思うのは、自分が熱っぽいからだ。
心も身体も、今までないほどに熱を感じている。
言いたいことはただ一つ。
そのための一歩に費やしたのは3年間。
全部が全部、きっとこの一瞬のためにあったんだ。
幌はそう感じている。
目の前にいる琴子がどう思っているのかは分からない。
でも言われたいこと、言いたいことはきっと同じ。
「この桜、ずっとずっと咲き続けて、たくさんの先輩らも、きっと俺らの後輩らも同じことをここですると思うんだ」
単なる都市伝説。
それがいつしか真実となるのは、みんながそれを信じるからだ。
この桜には力があると。
だから幌もそれを信じる。
桜の花びらが少し散り、それは琴子の髪をふんわり撫でる。
「もしも良かったら、付き合ってくれませんか」
顔が赤い、幌は自覚をする。
でも琴子は桜のような色味をしている。
まるで、枝垂れ桜の色が写り込んだようだった。
「私でいいのでしたら、全力でお受けします」
一歩、長かった一歩から二歩目、三歩目はとても短かった。
「だから、これは許してね」
琴子が幌の眼前に迫る。
瞬間、世界はまるで消えたかのように静かになった。
遠くから、どこかの学校のチャイムが鳴り響く。
それは、二人きりの結婚式のように。