アップルパイ
白緑色の、長い髪が背に揺れていた。
「お母さん!」
思わず悠穂は叫ぶ。
悠穂の見る先には、悠畝も忒畝もいた。
叫んだのに──誰も、悠穂には気づいていない様子だ。
三人とも笑って。
楽しそうに。
どうしようもない悔しさや悲しさが募る。
近いはずなのに、すごく遠くに感じる──光景だった。
視界が滲んでいる。
泣きながら目を覚ましたらしい。
「あ……」
涙を拭いながら上半身を起こす。そうして、夢だったのかとぼんやりとした記憶のようなものを理解した。
「ん~……」
となりでうめいたような声は、夫の鷹。
起こしてしまったかと思ったが、ただ寝返りを打っただけのようだ。
軽い安堵のため息が出た。
妙に現実的に見えた──と振り返り、それもまた悠穂を余計に寂しくさせる。
「お兄ちゃん……」
忒畝がいなくなって、一年が経っていた。
兄は大好きな両親のもとへ行けたと思う一方、
「ひどいよ、お兄ちゃん……あんな自慢の仕方」
ひとり置いて行かれた感覚になる。
元々、兄の方が両親と長くいた。何だったら、赤ん坊のころに母がいなくなった悠穂とは違い、兄には母との思い出もあった。
でもそれは、兄の方が早く生まれたから──と、それだけだと、理屈ではわかっていて。それでも、今日の夢は、まったくの別物。
「私も、行きたいって、言いたくなるじゃん」
ポツポツと涙は落ちて、ズルズルと鼻までぐずる。
「でも、言えない。だから、言わないよ」
悠穂は鷹のとなりで眠る愛娘を見つめる。
「お兄ちゃんが自分の家庭を持っていたら……同じ夢を見ても、私と同じような弱い言葉なんて言わないよね」
涙を拭ってみても、自身に新しい家族があっても──兄のいない世界に、一年経っても慣れないでいる。
『悲しんでいていい』
鷹は、ついこの間もそんなことをふいに言ってくれていた。
豪快ないびきが聞こえてきても、悠穂にはそれすら愛おしい。『生きている』と安心する。
娘が年頃になったら、鷹をうるさいだの何だの言うのだろうか。父を大好きなまま失った悠穂にとったら、それはそれで新鮮な出来事だ。
「お兄ちゃんは天国から……『悠穂も幸せでしょ?』って、笑ってるのかな」
そんな様子の兄を鮮明に想像できて、悠穂は思わず笑ってしまった。
一度笑えば気分は変わって、ベッドから降りカーテンを開ける。窓からさす日を浴びれば、これは父と兄からもらった習慣だと空に向かって微笑む。
「よし! 今日はアップルパイでも焼こうかな!」
いつしか『母が作ってくれたみたい』と兄が褒めてくれた。あれは、大好物が特別な一品に変わった日。
きっと娘も気に入って、大きくなったら作ってくれるだろう。




