また、必ず
第一部よりも前、沙稀→九歳～（数年後）十四歳（第一部 【１１】忠誠の（２） 以降）の設定です。
「天下無双」「ダンス」「布団」という3つのテーマのときに執筆した短編です。
【ジャンル】異世界ファンタジー
【タグ】剣士 傭兵 長髪男子 シリアス 天下無双 ダンス 布団
「戦争孤児なんだって？」
「珍しいことじゃないだろう」
ヒソヒソと、多様な言葉が通過していく。そのどれもに反応する気が起きなかった。
「沙稀」
反射的に顔が動けば、『今から相方だ』と紹介された気が良さそうな青年がいる。長い髪をまとめている姿は、貴族特有の決まり──髪の毛を一定の長さ以上に保たなければならない──に従っているというよりも遵守する手段に思えた。ていねいにピンでとめ、激しい動きに耐えられるよう固定されているから。
「今日は上がりだ。部屋を案内するよ」
そういえば、部屋は相方と同室だと大臣から聞いていた──と沙稀は立ち上がる。トボトボと歩いて行けば、青年はにっこりとやさしい笑みを浮かべた。
「年が倍違うけれど、俺のことは呼び捨てでいいからね」
『呼び捨てでいいから』と言われたところで──何という名だったかと考えるほど、沙稀の頭の中には入ってきていない。
今日から傭兵となり、剣士の稽古場へ来て大勢の者の名を聞いた。『だから』だと言い訳をするくらいの方が、かわいげがあるのかもしれない。
『今から相方だ』
わざわざそう紹介を受けた。いつ『生』の保証がなくなるかもわからない、そんな立場で、
「よく、そんな風に笑える」
という思いが膨らんで──『相方』の名を、耳からこぼれさせたのだ。
「ん？ ああ、初日だから疲れたよね」
沙稀のボソリと呟いた言葉をサラリと流し、『相方』は『こっちだよ』と客人を案内するように部屋の扉を開ける。
「覚えられた？」
沙稀からすれば造作ない道のりだった。
無関心に首肯すると、『相方』はよかったと言うように微笑む。そして、
「沙稀の荷物はこっちだよ」
と、大臣があらかじめ運んできたと告げた。
一通りの物の位置の確認と、就寝準備を終えたころ、相方がベッドに入ってこう言った。
「布団に入ったら、『鴻嫗城に来てよかった』と思うよ？」
沙稀は目を丸くする。
確かに、鴻嫗城は最高位の城だ。使用人や来客への設備も、他の城と比べると整っているということなのだろう。
『相方』の発言を疑うわけではない。だが、沙稀はベッドに入ることをためらうように凝視して──ひと息つき、おもむろに体を横たえる。
「ね？」
フカフカとする布団に身を委ねた沙稀は、
「そうだね」
とつまらなさそうに言って、頭まですっぽりと隠した。
数日が経っても、『相方』は部屋で沙稀に雑談を投げかけてきた。
──稽古中はおしゃべりでもないのに。
多少うんざりしていた沙稀だが、お陰で『相方』のこれまでを知ることができた。
まず、名は葎叶。ここから遠方のちいさな城の次男だと言った。十五歳から成人するまで、教育の一環として鴻嫗城に来ているらしい。あと一年半弱で生家に戻れると、葎叶は誇らしげだった。
葎叶の生家のように『教育の一環』として、嫡子を鴻嫗城の使用人へと出す城は少なくない。この大陸は、沙稀が物心つく前からどこかしらで内戦を常にしている。特に、葎叶の生家のある西側では。
中央より東側には、剣士の名家と謳われた城があった。だから、その城を越えて東側に位置する鴻嫗城の近くまで戦火が広がることは珍しかったのだ。
鴻嫗城が最高位の城だからというよりは、更に東──最東端に理由がある。
最東端には、港街がある。港街まで戦いの火が落ちてしまえば、貿易が──食料や日用品など、あらゆる物の流通が数多く止まる。
だからこそ、大陸内では『教育の一環』として、『最上位の城に仕えさせる』のは、ちょうどいい口実なのだ。嫡子を、少しでも戦火から遠ざけるために。
「沙稀は社交ダンスは踊れるの？」
葎叶のこんな発言は、貴族ゆえなのだろう。沙稀は多少の間を開け、
「まぁ……」
と答える。葎叶は『へぇ』とおだやかに微笑んで、
「でも、練習相手を頼んでも……女性役はできないでしょう？」
と眉を下げて更に聞いてきた。それに対し、
「できるよ。兄弟でも練習したから」
そっけなく沙稀は答える。『え？』と葎叶は驚いて矢継ぎ早に質問は続いた。
「兄弟がいたのか？」
「ああ……長男がね……」
「ん？ 『兄』って呼ばないの？」
「同い年だから『兄』も何も……」
途端、葎叶は目を見開いて、次の瞬間には気まずそうに目を逸らした。
「ごめん、もしかしたら……思い出したくないことを、思い出させたよね……」
葎叶の反応に、沙稀は自らの身の上を思い出す。戦災孤児だった、と。
「別に構わないさ」
『長男は生きていると思うし』と、本心を返す。しかし、それがまた葎叶の表情を変えさせ──沙稀は余計なことを言ったと悔いる。
「おやすみ」
布団をかぶれば強制的に空間は閉ざされ──沙稀は『本当にまだ社交ダンスを踊れるのか』と自問自答した。
数年が経ち、沙稀は剣士の頂点に立った。天下無双の剣士と周囲は言い、長い間続いていた内戦は収まった。
沙稀が傭兵になったときに相方だった葎叶はいない。
生家に戻ったわけではない。
葎叶は二十歳になる前に、戦地で沙稀を庇って──。
何年経っても、当時の一部始終を沙稀は忘れない。だからこそ、誰よりも最前線を走り続けた。
「あのとき、葎叶と……踊っておけばよかったな……」
月命日にはなるべく慰霊碑に足を運ぶ。
葎叶と過ごした日々を思い出す。
そうして、心に刻む。慰霊碑に眠る、皆の無念を。
「また、必ず来るよ」
沙稀がここに眠る皆に、『言えなかった話』をするのは、もう少し先の話。
