第193話
夏のインターハイ東京予選・2次トーナメント準々決勝。
栄成サッカー部は、前評判ではやや格上と噂される私立の強豪を『4-2』で撃破。見事に準決勝へ駒を進め、ベスト4に名を連ねた。
僕は、個人で2得点を記録。
残念ながら美月は会場に不在だったものの、蓮くんと鷲尾くんの期待に応えるべく可能な限り全力でのパフォーマンスを披露した。
その甲斐もあり、『予選2次トーナメントの得点王も視野に入ってきているわよ!』とスマホ越しの美月は大興奮。
『最近は忙しくて思うように時間が取れなかったけど、準決勝は絶対に応援にいくからね。絶対に勝たないと! インターハイ出場を決めて、福島Jヴィレッジで大暴れよ!』
準決勝進出を確定させたその日の晩――妹の兎唯、それに母と父が、リビングで夜のロードショーに釘付けになっている頃。
僕は2階の自室のベッドに寝転がり、スマホのハンズフリー機能をオンにして美月と通話していた。
交換日記以外にも度々、こうして他愛もない雑談を楽しんでいる。こんな時間だからこそ飛び出してくる話題も多く、いつまで経っても語り尽くせそうにない。
『そもそも、世間は栄成の実力を侮りすぎなのよ。新進の強豪、なんてもう古い評価だわ。兎和くんという絶対的エースにして怪物サイドアタッカーを擁する今、全国の名門にだって一歩も引けをとらないんだから』
情報のアップデートが遅いのよ、と美月のグチは止まらない。
栄成は歴史の浅い学校ながら、新進の強豪として広く知られている。しかし昨冬の選手権出場に続き春の関東大会連覇など、その実績は評判以上。
しかも今年は、かつて躍進の象徴となった夏のインターハイの舞台にあと一歩のところまで迫っている。サッカー専門のネットメディアにも度々掲載され、注目度は急上昇中……そう考えると美月の言う通り、総合的な評価はやや過小な気がしないでもない。
『まあ、侮られるのも悪いことばかりじゃないわよね。油断を誘えるメリットがあるもの。ところで、体調はどう? まだ熱っぽい?』
「あ、うん。まだちょっと熱っぽいかな。家に帰ってきてご飯食べたらだいぶ楽になったけど」
蓮くんと鷲尾くんが見ているからと、ちょっと張り切り過ぎてしまったのだ。そのせいで、試合が終わった途端にガクッと体調不良に襲われた。
トラウマを完全に払拭できてない現状でのプレーは、ブレーキをかけながらアクセルを踏むのと同じ道理。内面では相当な負荷がかかっているらしく、少しムリをするとこうして体が不具合を起こす。
体感では、80パーセント以上の力で長めにプレーすると一気に不調をきたす。
昨冬の選手権以降、もはやお馴染みの反応である……美月のサポートさえあれば、まったく問題ないのだが。むしろ限界以上のパフォーマンスを発揮できる。
『やっぱり、まだ完全に克服とはいかないわね。もっと早く体調不良って教えてくれれば、フルーツでも買ってお見舞いに行ったのに』
「ありがとう。でも、もう慣れっこだから大丈夫。それより僕は、最近の青春スタンプカードのたまり具合の悪さが気になって仕方ないよ」
トップチームでプレーするようになって以降、とにかく試合が多くてコンディション調整が最優先となっている。そのため、トラウマ克服トレーニングの進捗が思わしくない。疲労を考慮すると、自主練に割く余力が限られてしまう。
当然ながら青春スタンプカードも停滞気味で、美月主催のスペシャルイベントから遠ざかっている現状だ。
『そうね。私も楽しみにしていたし……うん、特別に何か考えておきます。せっかくの高2の夏だもの。素敵な思い出を作りましょう』
「マジ? もう今からめっちゃ楽しみ。夏本番が待ち遠しいよ」
『ふふふ、任せなさい。でも、しばらくは安静にね。次の試合までにコンディションを整えないと。明日は学校を休む?』
「うーん……体調次第かな。あ、そうそう。来週の準決勝の日なんだけど、東帝VS星越の第1試合を観戦しようかなって。よかったら美月も一緒にどう?」
蓮くんと鷲尾くん。友人の二人が、それぞれのチームでインターハイ出場をかけて激突する。
ムリなのはわかっているが、どちらにも負けて欲しくない……こんな経験は初めてなので、ずっと胸がもやっている。
『いいわね、一緒にのんびり観戦しましょう。軽食を作っていくから期待してちょうだい』
それは助かる。すっかり忘れていたが、第1試合と栄養補給の時間が丸かぶりだ。
予定が決まったところで、不意にあくびを誘われる。今宵の通話はここまで。体調も悪いし、そろそろ寝るべきだろう。
『あくびの音が聞こえたわ。私もお風呂に入ったらすぐベッドへ入るから、兎和くんは先に寝てなさい』
「あ、うん。そうする。美月、おやすみ」
『おやすみ、兎和くん。ゆっくり休んでね』
画面をタップし、通話を切る。
その途端、ほのかに灯るロウソクの火が消えたような寂しさを覚える。
伸びをひとつして、枕を代わりに頭を乗せていたヌイグルミを顔の上に持ってくる。
これは去年の夏、一緒に買い物に行った際に美月からプレゼントしてもらったものだ。モチーフの三日月の中央部分が少し凹んでいる。
美月と通話するときは、これに頭を乗せるのがすっかりクセになった。
というか、あの買い物からもうすぐ1年が経つのか。あっという間すぎてビビる。本当にいろんな出来事があったなあ……と感慨深く思うと同時に、僕は重大な事実に気づく。
好きな女子と一緒にサッカー観戦へ行くのなんて初めてだ。その期待感は、青春スペシャルイベントに負けずとも劣らない。なんかもう、今から待ち遠しい。とにかく体調を早く治さねば。
蓮くんと鷲尾くんの対決を思うと胸がモヤり、美月との観戦を思うと胸の内をくすぐられたみたいにソワソワする。
相反する不思議な心地をどうにか落ち着かせながら、僕は静かに瞳を閉じるのだった。
***
「志保、今日の自主トレのメニューはどうするの?」
梅雨入りの話題が聞こえ始めたある平日の放課後。
アリーナ棟1階の体育館にあるバスケットコートで、私――加賀志保は、女子バスケットボール部の活動に励んでいた。
そして通常のトレーニングを終えて居残り練習の準備を整えていると、同じ部の橋本麻衣が声をかけてきた。
「スリーポイントをフリーで打てるように、スクリーンのバリエーション増やすのはどう?」
「オーケー。じゃあ、参考になりそうな動画をスマホで共有するね」
私と彼女は、部の活動方針に関してバチバチに揉めていた。うちの学校風に言えば、『ガチ勢VSエンジョイ勢』みたいな感じかな。
けれど、この前の体育祭が終わってから正式に謝罪を受けて、どうにか仲直りすることができた。
『ごめんなさい、志保。あんなつもりじゃなかったの。完全にやりすぎた……許してもらえないのは当然だよね。顔も見たくないだろうから、うちら部活やめるよ』
そんな風に謝罪を口にした麻衣たちは、部活を辞める気でいたみたい。
正直、焦った……だけど、ちゃんと対応できた。あらかじめ美月ちゃんに相談して、『こんな事態が起こり得るかも』とアドバイスを受けていたから。
私も独りよがりのところがあったと自覚している。だから、元々そこまでの罰は求めていなかったし、すぐに謝罪を受け入れた。それと同時に説得もした――埋め合わせでもなんでも構わないから一緒に本気でバスケしよう、って。
弱みにつけ込むみたいな形になったけれど、そこは『逆に気持ちが楽になった』と言ってもらえたし、仲直りできるなら私としても大満足。
しかも、今では同級生メンバーの半分ほどが私の方針に賛同してくれている。麻衣たちのグループが居残り練習に付き合ってくれるようになり、自然と輪が広がったのだ。
雨降って地固まる、と表現するのにピッタリね。
美月ちゃん曰く、これが『青春の醍醐味のひとつ』なんだって。本人も受け売りだと笑っていたけど。
というわけで、一生の思い出に残りそうなあの体育祭以降、私の状況は劇的なまでに好転していた。
そういえば、あのリレーで救ってくれた私のヒーロー……兎和くんは今日、学校をお休みしていた。心配でメッセージを送ったら、少し体調を崩したと返信があった。
ドリブルしながら鋭く踏み込み、スリーポイントシュートを放つ。
ガコン、とリングに嫌われて弾かれたボールを目で追う。
体調が悪いんだったら、お菓子でも買ってお見舞いに行きたかったな。しかし今は部活優先なので、それもままならない。本気でスポーツに打ち込むって、こういう選択も迫られるのね。
青春全部を捧げる覚悟はあるか――ずいぶん前に、そう問いかけてきた美月ちゃんの真剣な顔がふと脳裏をよぎる。
「あ、そうだ。サッカー部がインターハイ出場間近なんだって! だから今度、一緒に応援に行かない? ちょうど部活も休みの日だし」
大事な試合でプレーする兎和くんをリアルで見たいし、声援を直接送りたくて堪らない。けれど、半分以上は純粋なお礼の気持ちがこもっている。
彼は、あの不安で憂鬱な日々から解放してくれた。私としては、いくら恩返しをしても足りないくらいなの。
「ふふ。志保の場合は、サッカー部じゃなくて白石兎和の応援でしょ!」
「ちょ、名前ださないでぇ……」
「今はうちらしかいないんだから、別に隠さなくてもいいじゃん。女バスのメンバーはほとんど知ってるし! ねぇ、次の文化祭で告ったりしちゃえば! 今年は修学旅行とかもあるしさ」
きゃーっ、と麻衣たちは一斉に盛り上がる。
女子高生は、恋バナひとつあれば何時間でも盛り上がっていられる……とはいえ、自分がそのターゲットになると恥ずかしくて仕方がない。
私は苦笑いを浮かべ、誤魔化すみたいにスリーポイントシュートを放つ。
シュパっ、と――今度こそ狙い通り、ボールはリングの真ん中へ吸い込まれていった。
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