第192話
「お、始まった。さて、栄成は……おー、いきなりアグレッシブにいったね。かなり気合入ってるなあ」
我に返った俺――黒瀬蓮がピッチへ視線を戻すと、いつの間にか試合が始まっていた。
キックオフは、青のユニフォームを纏う栄成から。ホイッスルと同時に後方へボールを戻し、一転して攻め上がった前線へロングフィードが放たれる
試合の入りとしてはスタンダード。
しかし鷲尾の指摘通り、いきなり栄成が激しく当たりにいく。
気迫のこもったヘディングの競り合いから、セカンドボールの奪い合いへ移行。ここで栄成の中盤の選手が容赦なく体を相手にぶつけ、ボールをキープしにかかる。だが、このプレーは主審にファウルを取られてしまった。
上手く前に入ったように見えたし、悪くないトライだ。審判によっては流されていたかもしれず、そうなれば一気にチャンスへと転じていた。
試合は、すぐに相手のフリーキックでリスタート。
それから、しばらくボールが落ち着かない展開を経て――前半6分。
栄成が、早速ひとつ攻めの形を作る。素早いパスワークで相手の守備ブロックを揺さぶり、左サイドにポジショニングする兎和の足元にボールが収まったのだ。
「ああ、すごい……兎和くんって、プレー中はなんであんな雰囲気あるんだろう。もうあれはオーラの粋でしょ。しかもあの性格でバリバリのドリブラーって、ギャップやばいよね」
「ボールの持ち方もそうだけど、細かいタッチの影響が大きいだろうな。アレはリズムが普通とは違う」
鷲尾に返事をしながらも、兎和のプレーを分析していく。
本当に厄介なヤツ。懐が深いからディフェンダーはなかなか飛び込めないし、誘われて足を伸ばすと……ほら、あのアホみたいな加速でぶち抜かれる。
スライドしてきたマーカーが不用意に仕掛けた瞬間、上手くボールをコントロールして一気に抜き去っていった。キレが鋭すぎて、相手は理解が追いつかないだろう。理不尽にも程がある。
しかも兎和は、そのままスルスルっとペナルティボックス前まで進出し、勢いにのったままシュートを放つ。が、これはクロスバーの上を越えていった。
ファーストシュートだったせいか、ちょっと力んだな。栄成陣営から悔しさの滲むどよめきが聞こえてくる。
それなりに迫力のある仕掛けだったが、本人にしてみれば『軽くご挨拶』といった程度のプレーだろう。昨冬の選手権で見たドリブルはこんなもんじゃなかった。相手にとってみれば、いきなりのピンチで肝を冷やしただろうけどな。
それにしても、思った以上に対策が立てづらいプレーヤーだ。
ディフェンダーとしては距離をとって構える以外にないが、スペースを与えたら一瞬でやられる。近すぎるのはもっとダメ。あの異次元の加速力に、助走なしで対応できるはずがない。
何げに足元の技術も高いし、見るからに体も強い。走るフォームこそ独特なものの、腕なんかの使い方もかなり上手い。
「黒瀬くんだったら、兎和くんをどう止める?」
「そもそもボールを持たせないか、ファウル覚悟で体をぶつけて前を向かせない。あるいはパスの出元を潰す。だが、試合通してはムリだろうな」
とにかく枚数をかけて仕事させないのが現実的な対処法だろう。それでも、90分間封じ込めるかと問われれば微妙だが。
なにせ兎和は、たった1人でフィニッシュまで完結してしまえる。タイプ的に、完全なるウイングストライカーといった印象だ。
「だよねー。うちもこないだそうやって対策したよ……まあ、ぶち抜かれちゃったけど。調子に乗り出したら、もう手がつけられなくなっちゃってさ。本当に怪物的だったよ」
怪物ね……ピッタリな表現だ。個の力としては破格。高校サッカー界でも屈指のドリブラーに違いない。
ちょっと前に、同年代でJリーグデビューを果たしたサイドアタッカーがいた。しかし兎和と比較すると、どうにもスケールが小さく見える。
「お、いいところでボール入った! ナイス玲音!」
気づけば、前半も折り返し過ぎ。
ここで鷲尾のエールに合わせたように、栄成サイドがまた一段と騒がしくなる。
玲音が素晴らしい予測からインターセプトに成功し、即座に中盤へボールを展開。そのまま栄成はカウンター気味に攻め上がり、敵陣バイタルでマークが甘くなっていた兎和にパスが通る。
同時に、ビックリするほど大きな歓声が会場を包む。
俺と鷲尾も、思わず拳を握って叫んでいた。
『いけっ、兎和――!』
その直後、圧巻のプレーが飛び出す。
兎和は軽やかなサイドステップを交えてボールを縦へ運びつつ、ぐっと重心を前に傾ける。そして対峙するディフェンダーが足を横並びに揃えたその刹那、神速の切り返しで中央へカットイン。
続けて力強く踏み込んだかと思えば、ぐんっと。
本日再びの爆発的な加速で、ユニフォームにも触れさせずディフェンダーをぶち抜いていく。
そのまま兎和は瞬く間にペナルティボックス前へ到達するや、フェイントを仕掛けてシュートコースを生み出し、迷いなく右足一閃――ドン、と腹を震わせるようなインパクト音が響く。
弾丸のごとく蹴り出されたボールは、相手ゴールの右隅に深々と突き刺さった。
コース、威力ともに申し分なく、GKにとってはノーチャンス。
喜びを爆破させた兎和がゴールパフォーマンスを披露すると、栄成陣営は青いタオルを振り回しながら飛び跳ね、大歓声をピッチへ贈っていた。
「前に試合をしたときも思ったけど、まるで青い風だね……」
もはやお手上げ、と言った調子で呟きをこぼす鷲尾。
気持ちは理解できる。称賛に値する……否、金を払っても惜しくないドリブル突破だった。
ああ、わかっちゃいたが羨ましい。
俺は『現代的なプレーメーカー』なんて評価され、年代別の日本代表に選出された経験を持つ。当然ながら自分のプレースタイルに誇りを持っているし、そこに迷いはない。
だが、兎和のドリブルには素人目にもわかるほど華があり、ボールを持っただけでワクワクしてくるほど魅力的なのだ。
あんな選手を見て、人はこう称賛の声を上げる――天才だ、と。
俺もよく言われるが、どうしてJリーグアカデミーの所属でないのか不思議だ。
そういえば兎和は、去年の夏合宿では実力を隠そうとしていたっけ……チームの事情もあるだろうが、知名度が追いついていない理由はこのあたりが原因だな。
俺もますます努力しなければ。サボったら、あっという間に差がつくぞ。
もちろん負けるつもりは微塵もない。互いに決勝まで駒を進められれば、必ず兎和を封じて東帝が優勝をいただく。
なんにせよ、ノリで観戦を決めたもののナイス判断だった。現状を正しく認識できたし、じっくり対策を練れる。もっとも、来週末の準決勝で隣の鷲尾をぶっ倒す必要があるけど。
とにかく、今は観戦に集中だ。
鷲尾とあーでもないこーでもないと意見を交わしながら、俺は展開を見守る――結局のところ兎和は2得点を記録し、試合は栄成が『4-2』で勝利した。
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