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じゃない方の白石くん~夢の青春スクールライフと似ても似つかぬ汗だくサッカーライフ~  作者: 木ノ花 
Sec.6

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第189話

 大盛りあがりした体育祭。その翌日の土曜の午後には部活があったものの、コンディション調整や戦術確認を中心とする軽いメニューで終了した。


 それからまた少し経ち、夕方。

 栄成サッカー部のジャージを着た僕は、例のごとく三鷹総合スポーツセンターでトラウマ克服トレーニングに取り組んでいた。


 とはいっても、やはり明日の試合を考慮し、ゆるゆるとバドミントンを楽しんでいるだけ。先ほどから七色に光るシャトルを打ち合っている。ほとんど遊びみたいなものだ。


 本日のお相手は、クールビューティーにしてソシャゲ廃人ニートで芋ジャージ姿の涼香さん。美月は用事があるらしく、欠席との連絡があった。


「体育祭も終わっちゃったね。兎和くんは、今年もだいぶはっちゃけたみたいじゃない。そうそう、美月ちゃんが大事そうに青いハチマキをしまってたよ」


「あ、はい……ペンキ被って、上半身ハダカになったりして大変でしたけど、めちゃ楽しかったです。美月ともハチマキ交換したりして」


「いいね、青春ド真ん中だね。でも、ここからの夏はもうサッカーだけって感じかな」


 黄昏に溶けゆく淡い輪郭とナイター照明の光が混ざり合う芝生グラウンド。昼と夜の狭間。どこか幻想的で曖昧なこの空間が、僕はけっこう好きだ――そんな中、涼香さんがラケットを振るついでに夏の予定を思い起こさせてくれた。


「そうですね。ここからは、マジでサッカー尽くしの毎日です。去年以上に予定パンパンで、もうホント余裕なくなりそう……しかも今月末には期末テストが控えてるし」


「テストに関しては、また私が指導してあげようじゃないか! それに、美月ちゃんのAI分析を活用した予想問題集もあるしね。今回もラクショーだよ!」


 テスト準備期間に入ると、三鷹駅前のコワーキングスペースの個室で勉強するのが恒例だ。その際には、涼香さんも毎回顔を出してくれるのだが……ずっとソシャゲに夢中で、一度も勉強を教わったことはない。


 どうして自信満々に『指導』などと口にできるのか、いつもながら不思議である。

 とはいえ、彼女のほどよく適当で楽観的なスタイルは好きだし、ちょっと憧れないでもない。少しだけコミュニケーション下手な僕が、一緒にいても疲れない稀有なタイプだ。


「そういえば見たよ、カームのHPの写真。兎和くんって、カメラ苦手なの?」


「あ、いや……苦手じゃないですけど、なんか昔から写真うつりが悪いんですよね」


 株式会社カーム(KALM)。

 美月の実家が出資しているスポーツ系企業のひとつで、サッカー選手に特化したパフォーマンスサポート――フィジカルフィットネスプログラムなどを展開している。


 選任のプロトレーナーによるトレーニング指導や食事管理も好評だ。他にもGPS搭載ウェアラブル端末のレンタルや、オリジナルのプロテイン・サプリ開発と提供などを行っている。


 そのカームと、僕は個人的にスポンサー契約を結んでいる。最初はモニター会員でのスタートだったけれど、現在は正式契約に昇格している。言うまでもなく、アレコレ手配してくれた美月のおかげだ。


 それでこの前、HPにプロフィールと写真がアップされたのだ……しかし僕という人間は昔から写真うつりが悪く、今回もそれがもろに反映されてしまった。


 もうひとつ、『ディサフィオ』というスポーツ用品を扱う企業ともスポンサー契約を結んでいる。もちろん美月の実家の関連だ。そちらからは、ありがたくもウェアや備品などの提供を受けているのだが……やはりHPに掲載されている写真も見栄えが悪い。


 他の契約者は皆シュッとしてカッコイイのに、僕だけブサイク……これ、何かの罰ゲームですか神さま?


「話は戻るけど、今度の七夕にワンデイサマーキックオフがあるでしょ。私も暇だったら見学にいく、よっ!」


 ラケットを振り抜き、嬉しい一言を乗せてシャトルを打ち込んでくる涼香さん。

 レシーブに合わせ、「それめっちゃ心強いです!」と返事をする僕。


 ワンデイサマーキックオフ――東京都高校選抜U18×東京FCスペシャルマッチ大開催。


 当日は、J1リーグでプレーする所属のプロ選手たちとの合同トレーニングや練習試合が実施される。なんとクラブハウスでの昼食に加え、施設見学までプログラムに組み込まれているという。 


 企画に携わった東京都サッカー協会と関係各所による厳正な選考の結果、栄成サッカー部からは僕一人だけが選出された。


 身に余る名誉であり、最初は体が震えるほど興奮した。けれど、少し冷静になって考えてみたら、当日は見知らぬ他校の選手たちと一緒なわけで……軽く想像するだけでも緊張で体が震えてくる。


 東帝高校の黒瀬蓮くんと、星越高校の鷲尾伸弥くん。友人であるこの二人からも『ワンデイサマーキックオフに参加する』とメッセージをもらったが、僕にとっては完全アウェイであることに変わりない。


 もし涼香さんが来てくれるなら、ぐっと気持ちが楽になる。さらには、美月と旭陽くんも同行するそうだ。見学とはいえ本当に心強い。


 それにしても、よく許可が出たな……と思っていると、尋ねるまでもなく答えが明かされた。

 単純な話で、このイベントもプロモーターが美月の実家の会社だから、その縁で招待されたそうだ。当日は、他にも多くの関係者が顔を出すらしい。


「それが終わったら、もう夏のインターハイ? 予選を勝ち抜いていたらだけど」


「いえ、その前に全体合宿があります。今年は5泊6日で、ちょっと長めなんですよね」


 ワンデイサマーキックオフの数日後には夏合宿へ突入、と息をつく暇もない。学校はテスト休み中だ。


 しかも今年の合宿地は、あの福島Jヴィレッジ。おまけに、全カテゴリのメンバーが参加する。つまり、栄成サッカー部初の『全体合宿』が実施されるのだ。

 僕としては、うちの伝統である『ポコチンモンスターバトル』の開催に期待を寄せている。


 合宿から帰った翌日には終業式が行われ、いよいよ本格的な夏休みが始まる。

 そして予選をもし勝ち抜いていたら、すぐにインターハイの本戦が開幕。会場の福島Jヴィレッジへとんぼ返りだ。


 去年の同時期は、オープンスクールで部活が全体オフとなった合間にグランピングを楽しんだ……が、今年はどうあっても難しそう。予選に負けた場合でも、『気合を入れ直すために遠征をぶち込む』と永瀬コーチが意気込んでいた。


 ラケットを振りながら、頭の中で改めてスケジュールを整理する。

 現在は6月のアタマ。奮闘中のインターハイ予選・決勝が月の半ば。苦難の期末テストを挟み、七夕にはワンデイサマーキックオフが大開催。続く全体合宿の翌日には終業式から夏休み突入、数日の間を空けてインターハイ開幕。


 トーナメント敗退でも何かと予定が組み込まれ、逃げ場ナシ。

 インターハイ以降も、もちろん遠征の予定がビッシリ。それもそのはず、本当の大一番である冬の選手権を見据えているのだ。栄成サッカー部の指導陣曰く、これでもまだ強化プランに不安があるらしい。


 おまけに、並行してT1リーグの試合も行われる……怒涛のスケジュールすぎて頭がおかしくなりそう。全試合に出場することはないが、疲労やら夏バテやらでコンディション調整に苦労するはず。暑いの苦手なんだよな、僕は。


 願わくは、少しでも素敵なサマーメモリーを作れますように。もし叶うなら、日帰りとかでもぜんぜん構いません。


 一方で今夏、賑やかさは過去最高を記録しそう。

 僕が所属中のAチームには、仲良しの玲音や里中拓海くんがいる。さらに大桑優也くんや池谷晃成くん、小川大地くんたちが近々Bチームから昇格してくる……という噂で持ち切りだ。


 何日か前に永瀬コーチが言っていたけれど、成長速度がかなり早く伸び盛りらしい。

 これは、先ほど話題に上がったカームのフィジカルフィットネスプログラムの影響が大きい。


 部活は時間的な限りがあるうえに大所帯。どうしても、個人のよりパーソナルな部分にまでは手が届き難い。しかしカームのプログラムにより、大幅な積み増しが実現している。


 特に効果抜群なのは、専用ヘッドマウントディスプレイとアプリを使用したスポーツビジョントレーニング。視覚情報の処理速度が劇的に向上し、ピッチ上での判断に決定的な差を生んでいた。 僕も週に数回は、今でも欠かさず家で取り組んでいる。


 そんなわけで、この夏は部活の仲良しグループで行動する機会が増えそう。だから、賑やかさ過去最高の予感なのである。


 何より、美月が隣で支えてくれている。どのような結末が待ち受けていようと、寂しさなんかとは無縁でいられる。


「とにかく、現状はインターハイ予選に集中ですね。あと3つ勝って決勝に進まないと」


「そっか。去年みたいに、またどこかへ遊びに行けたらよかったんだけどねぇ。旭陽も楽しみにしてたんだけど……それで、兎和くん。予選の自信は? エースとして意気込みを聞かせてくれるかな!」


 からかうような口調で問いかけてくる涼香さん。

 僕も旭陽くんと会いたかった。タイミングをみて遊べたら嬉しいんだけど。自信の方は、山盛りある――というか、負けるつもりはさらさらない。


「どんな相手だろうと、全力でぶつかって勝ちにいきます。驕らずサボらず、偉大な先輩から受け継いだエースナンバーに恥じないパフォーマンスを発揮してみせます!」


 今年の春に受け継いだ『#7』。

 この番号を栄成サッカー部のエースナンバーに決定づけた相馬先輩とは、ネクサスFCのゲームトレーニングに参加した際、ちょこちょこ顔を合わせている。もし予選の決勝まで進んだら応援に来てくれると言っていた。


 それにしても、僕もずいぶん変わったな。こんなにもサッカーと自信を持って向き合えるようになるとは。昔の自分が聞いたら、驚いてひっくり返るに違いない。


「本当に大忙しだ。さっきも言ったけど、やっぱり兎和くんは青春ド真ん中って感じだね」


「うーん、どうなんでしょう。夢の青春スクールライフとは、ちょっと遠いような……」


「ふふふ。光の中にいる間は、どれほどの速度で進んでいるかわからないものさ。青春を正しく観測できるのは、誰もが大人になってから。そのときキミは、今を堪らなく愛おしく思うはずだよ」


 涼香さんは時おり、こんな風に素敵なアドバイスをくれる。その度に僕は、青春の輪郭に触れたような気付きに見舞われるのだ。


 さらに彼女は、ラケットを振るのをやめて。

 芝生に落ちていく光るシャトルには見向きもせず、柔らかな笑みを浮かべて言う。


「兎和くんも美月ちゃんも、もっとずっとゆっくりでいいんだよ。私はね、キミたちの青春をいつまでもそばで見守っていたいんだ」


 姉がいたらこんな感じなのか、なんてふと思う。

 生きるのが下手な僕をさりげなくリードしてくれたり、よくできたときは褒めてくれたり、間違ったときにはちゃんと叱ってくれたり……いや、ニートのソシャゲ廃人に叱られるのは微妙だな。


「ちょっと気になったんですけど、涼香さんってこのまま無職として生きていくんですか?」


「あれ、私いまいいこと言ってなかった……?」


 それはそれ、これはこれ。

 どこか素直に尊敬できないあたりが涼香さんクオリティ。近い将来、旭陽くんと結婚するのだろうけど、ちゃんとやっていけるのか心配だ。


 青梅雨の気配滲む短夜は、こうして穏やかに更けていった。

 そして翌日以降。涼香さんのささやかな願いに反して、僕たちの青春は夏本番へと向けてますます加速していく。

おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。


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社会人的性はないけども、素敵なアドバイスさえ出来るなら、夫が金を持っている分には良き母にはなれそう
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