4.ミニライブ 現地参戦
「来てくれてありがとうございます、山田さん」
「ま、暇だったからー」
山田さんは「アイドル、楽勝なんでー」とありとあらゆる方面から怒られそうなことを言って、ピースをしている。
これは山田さんが言っているだけで、そして山田さんの主語がデカいだけで、私は一切の責任を負いかねることをここに強く主張したい。
今日は商店街の集会所を利用したミニライブ。
どんどんと観客がやってきて、集会所内にざわめきが広がっていく。
皆ペンライトやグッズを身に着けて、そうでないものは後方腕組み彼氏面をして、それぞれが思い思いにライブを楽しみにしている。
その熱気がじんわりと箱の温度を上げていった。
ちらりと観客に視線をやってから、山田さんがぽつりと呟いた。
「アイドルなんて、みんな一緒じゃないですかー」
また炎上しそうなことを口に上す山田さんを見る。
まだ誰もいないステージを見つめる、山田さんの横顔を。
「みーんな、オタク喜ばせるために、適当に喜びそーなことしてるだけ」
そう呟く山田さんは、ひどくつまらなそうで、退屈そうで。
そして――やっぱり、寂しそうに見えた。
「オタクって単純だし、勝手に喜ぶしー」
それは確かにそうだ。
私たちはアイドルの一挙手一投足に、勝手に湧いて、勝手に喜ぶ。
だけど、それは。
「ぜーんぶ、嘘ばっかなのにさ」
「山田さん」
山田さんの名前を呼ぶ。
山田さんの視線が、こちらに動いた。黒い瞳がちらりと揺れる。
「あなたはたしかに素晴らしいパフォーマンスをしている」
山田さんはすごい。
歌もうまいし、ダンスもうまいし、存在感もオーラもあって……不思議とどこか、人を惹きつける。
だけど、だけど。
「だけど、それだけじゃあ、アイドルじゃないんですよ」
「……何それ」
「あなたは全部ぜんぶ、独りよがりだ。ファンのことなんて見えちゃいない」
山田さんを見据えながら、思い浮かべるのはセイラたんのこと。
セイラたんはライブが始まる時には必ず、客席を見回す。
万感の思いを込めて、全員の顔を目に焼き付けるように。
ファンの顔を、見渡すのだ。
「アイドルっていうのは、ファンを喜ばせる仕事です。ファンのことが見えていないとできないんです」
「見てるじゃん。ちゃんとみんな、喜んでるし」
「山田さんは、見てるようで……見ていない。上辺をなぞっているだけ。だからそんなにも、つまらないんですよ」
私の言葉に、山田さんが目を見開いた。
私は山田さんのことを何も知らない。それなのに知った風なことを言っている自覚はある。
だが……山田さんが寂しそうなことは、つまらなさそうなことは、何も知らない私でも分かった。
山田さんのファンであるあのオタク賢者にも伝わっていた。
オタクは何も分かってない。単純で勝手に喜んでチョロくて騙されやすいかもしれない。
確かに心の中なんて見えないし、プライベートなんて見たくない。
でもね、分かるんですよ。
あなたが今このステージを――楽しんでくれているかどうかくらいは。
だって、好きだから。
穴が開くくらい、あなたのことだけ見ているから。
「ファンが何のためにペンライトを振るか、分かりますか?」
「そりゃ、ファンサが欲しいからでしょ」
「いいえ。いいえ、違います!」
山田さんの言葉にきっぱりと首を振る。
もちろんファンサはもらえたら嬉しい。もしもらえたら一生の思い出として孫の代まで語り継ぐ。
欲しいという人が多いのも否定しない。それが目当てでライブに来ている人もいる。
でも、それだけじゃない。
ファンサがもらえなくても、天井席でアイドルが豆粒くらいにしか見えなくても、見切れ席でずっとモニター見上げて首が痛くなったとしても。
私がその場に、ライブに足を運ぶのは。
「届けたいからです。あなたを応援している人間がここにいるって、伝えたいからです」
ぎゅっと拳を握りしめる。
ペンライトの海を思い浮かべた。
きらきらと広がる、色とりどりの光の粒。
そのひとつひとつ、すべてが、誰かの気持ちだ。
光の先には、ファンがいるのだ。
「だから必死で腕を振るんです。だから声を枯らして叫ぶんです。アイドルは……私たちの声で、光で。もっともっと輝いてくれるって、信じているから!」
ステージ上で輝くアイドル。
私たちがペンライトで照らさなくても、声を上げてエールを送らなくても、彼女たちは輝いている。
そんなことは分かっている。
だけど、それでも。
アイドルは、偶像。
崇拝する者がいて初めて――偶像としての姿かたちを、世界に現すものだから。
「アイドルはね、山田さん。ファンからの愛を受けて輝くんです。ファンからあなたへの愛を受け止めて――輝くんです」
山田さんが不思議そうな顔で、私を見ていた。
やっぱり、山田さんは気が付いていない。
ファンの皆がどんな顔で、山田さんのステージを見ていたか。
「愛があるから、アイドルなんですよ!!!」
この前、山田さんのライブに集まっていたファン。
みんなみんな、あなたが好きだって、あなたに夢中だって。
あなたを愛しているって。
もっともっと歌が聞きたい、ダンスが見たい。もっと大きなステージに立つあなたが見たい。
そんな顔をしていたのに。
その愛に、山田さんは――気づいていない。
だから――ステージの上で、孤独で、寂しそうなのだ。
それでもいい、孤独で孤高のカリスマでもいい。
狙っているなら、それでいい。
だけど狙っているなら同時に――孤独を抱えたファンには、寄り添わないと。
一人じゃないって思わせて……責任とって頭のてっぺんまでどっぷりと、沼に堕としてくれないと。
崇拝って、そういうものでしょう。
黙って私を見ていた山田さんが――ぽつりと、呟く。
「どうせ全部、嘘なのに?」
その声は、どうしてか。
山田さんが歌っているときと同じくらい、パフォーマンスをしているときと同じくらい、寂しげな響きを含んでいた。
「嘘だっていいんです」
即答した私に、山田さんが「え」と呟く。
嘘でもいい、なんて、普通はアイドル本人に言ったりしない。
だが、今の山田さんに必要なのは、きっとこの言葉だと思った。
「ステージの上で、私たちオタクが喜ぶことをしてくれるだけ。それだけでいいんです」
「何、それ」
「嘘だって、動機が何だって……ステージに立ってくれたことだけは、本当だから」
山田さんの唇が、はくりとほんの少し、動いた。
ステージに立つというのは当たり前のことじゃない。
いかに歌が上手くてダンスが上手くても……まずはステージに立たなければ、それを誰も、知ることはない。
楽しいことばかりでも、きらきらしたことばかりでもない。
だけれど、あなたがその選択をしてくれた。
そのこと自体が、私たちにとっては奇跡みたいなものなのだ。
感謝の対象で、かけがえのないものなのだ。それを伝えたくて、言葉を重ねる。
「ステージの上で、私たちが見たい姿を見せてくれる。大好きなアイドルが、『見せたい姿を演じてくれている』。それなら、ステージの上に立っている間は……その姿が真実だって。それを信じるのが、私の――ファンの愛です」
えへんと胸を張った。
このあたり本当に人それぞれで、諸説あって、本当に十人十色だから、違ったとしても私を叩くのは本当にやめて欲しいんだけれども。
少なくとも私はそう信じているし、そうありたい。
それがオタクとしての、私の生き様であり――私の矜持だ。
「だって、そういう姿を私たちに見せたいって、思ってくれてるんですもん。それを信じたいんです、信じてるんです。それが、ファンの愛なんです」
「…………」
「だから、ファンの愛を受け止めないあなたでは、一生セイラさんには勝てません!!」
黙りこくった山田さんを前に、私はえへんと胸を張る。
そしてびしりと山田さんに人差し指を突きつけて――まるで決め台詞のように、言う。
「アイドルの『アイ』は、ラブの愛ですからね!!」




