表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

4

『魔女仲間は出来れば早い段階で持ったほうがいい。弟子入りして修行に励む必要はないが、情報交換から得るものは大きいからだ。もちろん一人を好むのなら人間はおろか魔女ですら何百年も訪れない場所はいくらでもあるのでそこに住み着けばよい。しかし、その際自分が魔女として当然身につけておかなければならない技能を身につけていなかったとしたらどうだろう。大変だ。その早期発見にはやはり魔女仲間との交流が一番である。互いに鍛錬するがいいだろう。

 私は魔女になろうと修行を始めてすぐグネートという魔女に出会った。』




『ヒルースは私の魔女仲間になってくれようって思ったの?』

 家に帰ってすぐ、私は一日中考えていた質問をノートに黒いエンピツで書き込んだ。でも、いくら待っても返事ない。1時間じっと待ち続けてから気がついた。昨日の部分に答えが書いてあるから、ヒルースは答えなかったんだって。私ってつくづくバカだ。


 暇つぶし。


 そうか。それだけなんだ。はっきり言われて寂しいような、割り切れていて楽なような変な気持ちがした。それは去年通っていた塾の隣の席の女の子のような関係だったから。


 田中さんはものすごく大人しい人で、休み時間も熱心に練習問題に挑んでいた。普通よりも1ヶ月遅れで入塾し、塾の友達を上手く作れなかった私は田中さんの隣にいれば、仲良く話している他の女の子達の事をあまり考えなくてすんだ。

 休み時間まで勉強するほど私は勉強好きではなかったはずだが田中さんの隣りにいると何となくそのまま勉強を続ける気になった。おかげで受験生の間も「やがてめざめる魔女」を毎日何ページかは読む余裕があった。全部もう暗記しているのだけれど、ページをくっているだけでも安心した。その頃には私はデニングをまるで私の一部のように感じてきていた。

 私は質問を変えた。


『悪い事って一体何をしたの?』


 返事はすぐに返ってきた。文字が勝手にノートに現れるのは見ていて不思議だった。夕焼けがいつの間にか終わって気がついたら夜になってるみたいにずっと見ていたはずなのに、気が付いたら終わっている。夕焼けが夜になる瞬間に似ていた。


『聞いてどうする?あんたに支えられる内容なら昨日話してる。あんたは潰された見習い魔女の話を覚えてないわけ?』


 背筋がぞっとした。潰される、というのはやっぱりどんなものか分からなかったけど、魔女に永久になれなくなるものなのは間違いなかった。それは困る。ヒルースは私が見習い魔女の見習いくらい力がないって書いていた。

 呪文はとっくに見つかっていた?私は今まで読んだ膨大な本を思い浮かべてため息をついた。あの中に使える魔女の本があったんだ。もしかしたら退屈と思った本にこそヒントがあったかもしれない。空を見る修行だって私はすぐに退屈してさぼりがちなんだもんなぁ。

 私はノートを閉じ、黒いエンピツを筆箱に入れ両方とも引き出しに戻すと窓にかけよった。窓のカギを外すのももどかしい。ヒントがあったんだ。きっと今までの生活のあちこちにヒントが存在したんだ。私は叫びたくなった。

 魔女になりたい!早く、早く!


 今日の夜空は曇り。空があまりに遠くてじっと見ていると涙が出てきた。自然と自分の境界線を感じた。私は「私」で「周り」とは違うんだ。私は初めて「自分」に気がついたような気がした。

 これは潰し?それとも魔女だから陥る感覚?自信がなくなった私に現実は重かった。私は「やがてめざめる魔女」を暗記するくらい何度も読んだのに、初歩的な事すら分かっていない。もう何年もかけたのに。


 魔女になれなかった魔女っているんだろうか。私は生まれながらの魔女ではなかった。私は人間から魔女になろうとしてる途中なんだ。って事は永久に魔女になれないかもしれない。それでも不思議はない。魔女名を持っていて、生粋の魔女なのに気がつかないまま人間として死んでいく魔女もいるんだから。


『私がその魔女に会ったのは必然だった。私はある程度の呪文を使いこなし、3程度の世界を飛ぶ事を覚え、非常に充実した日々を送っていた。その日々に消えることのない疑問を送りこんで来たのがジェシカだ。

 彼女は自分が魔女である事に気がつかないままその生涯を閉じる所だった。魔女名はアシス。名乗られなくとも魔女である私には届いた。

 彼女は魔女どころか生まれながらの魔女様だった。その力の強さゆえ魔女として生きる事よりも人間として終わる事を興味深く思ったのだと思う。そうとしか考えられない。

 魔女は人間のふりをして暮らし、死んだように見せかける事もあるが、アシスは本当に人間のように死ぬ所だった。魔女としての死。魔女がたかが56歳で死ぬなどあり得ない。しかもアシスは貧困が原因で餓死する所だった。


 アシスは町の片隅でゴミに紛れて息を引き取った。私はそのショックで3年言葉を失った。それでも私は魔女だったから死ななかった。魔女としての力が働いたからだ。


 さて、最終章である。魔女の死について語ろう。ここまで読み進んだ者よ。魔女として生きていく決心はついたのだろうか?

 あなたは本当に魔女か?


 なりたい、なりたくない、という選択以前にアシスのような魔女もいる。地球ですらそうなのだから全宇宙、全世界には何と多くの魔女が暮らしているのだろうか。』


 私は部屋の明りを消して空を眺めつづけた。多分空を眺める修行を始めてから一番長く空を見ていた。色々な事を考えた。時々涙が出てきた。世の中は謎だらけだった。私の中にも謎が多くあった。あんまり多くて私は私自身が宇宙のような気がしてきた。でも、私の周りにはやっぱり宇宙があった。日常生きている時はとてもここまで考えられない。こんな事をずっと考えて生きていたらおかしくなってしまう。

 どうしてだろう。魔女になろうと思った最初の時よりも謎が増えてきてる。しかも複雑で絡み合ってる。昔の謎はもっと単純だった…ような気がする。これから先もっと謎は増えるの?魔法で謎は本当に解決する?

 引き出しの中のノートが気になった。ヒルースは私の心の中を読んでいるんだから私の迷いが全部分かってる。何か答えを、書いてくれているかもしれない。

 ヒルースが最初に黒いエンピツを使ってノートに文字を書いたのはただのパフォーマンスであることは分かっていた。エンピツなんか使わなくてもヒルースなら簡単に文字をノートに記す事が出来る。私には永久に読みきれないほどの文字を一瞬で書けるだろう。ノートになんか書く必要もない。私の脳に一瞬で想像しきれないくらいの文字を記す事だって出来るんだろう。

 答えを教えてくれるかもしれない。せめてヒントを。自分の中の弱さを振り払いたかった。でも、私はちゃんとこらえた。魔女というのはそういうものだ。自分が弱いという事を理解して、それを他人と共有する事はない。魔女の苦しみは魔女自身の形なんだから。


『魔女は本来強い生き物ではない。だからこそ呪文で自らを守り、修行して強さを得ようとしているのだ。魔女は永遠に未来へとの歩みを止めない。魔女は変化し続ける不変であろうとするもの。

 さて、あなたが魔女の秘密を知ってしまった所で忠告をしよう。

 魔女は自分自身を傷付け、その傷の深さで自分自身を知ろうとする性質がある。深手を負って500年以上のたうちまわった魔女もいる。

ヒュッテというその魔女に傷を見せてもらったが、それは本当にひどいもので私ですら目をそらした。聞けば魔女ですら彼女の傷を正視した者は一握りとの事。ヒュッテは自身の傷を他の魔女に見せつける事で自分自身を取り戻そうとしていた。彼女の傷は深く彼女を飲み込もうとしていたから。ヒュッテがその試みに成功したのか失敗したのかは分からない。分かっているのは、ヒュッテはただ自分を知ろうとしただけだという事だ。

 私は魔女であるがゆえに彼女から離れ、また彼女も離れていった。今もヒュッテが癒えない傷に苦しんでいる姿を思い出す。救いとすればそれが現実ではない事だろう。あの姿を捨てなければ、今頃はすでに大気に溶けてしまっているだろうから。


 自分の形を人の目の中に見ようとすると間違いがおきやすい。ヒュッテのようにならない事を祈る。私の言葉があなたには届いているだろうか?』


 届いているどころじゃない。私が今自分に行っているのはまさにそれじゃない?!自分で自分を傷つけないと魔女は自分がわからないのだろうか。魔女ってマゾ?!マジョとマゾ。音は似てるかもしれないな。…バカな事を考えてしまった。

 とにかく、私はまだ修行を止める気はないし、諦めるつもりもない。ただ、このままではラチがあかない事は分かる。違う修行方法を見つけなくちゃ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ