↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/30

最終話 終わらないふりだしと操り人形の微笑み

 耳を劈くようなパトカーのサイレンと、怒り狂った男たちの怒号。


 それがふっと遠のいたかと思うと、代わりに間の抜けた電子音と、陽気でチープなBGMが鼓膜を揺らした。


(……えっ?)


 全身を包み込んでいた、あの凍えるような泥水の冷たさと生ゴミの悪臭が消えている。


 代わりに鼻腔をくすぐるのは、ハンバーグやフライドポテトの油の匂い。


 背中から伝わってくるのは、冷たい泥の地面ではなく、妙に弾力のあるビニール製のソファの感触だった。




「……は?」


 恐る恐る目を開ける。


 目に飛び込んできたのは、煌々と輝く眩しいほどの蛍光灯。


 そして、見覚えのある薄汚れた白いテーブル。


 俺は、安っぽいファミリーレストランのボックス席に座っていた。


 手元には、まだ一口も飲んでいない、鮮やかな緑色のメロンソーダが置かれている。


 俺は弾かれたように身を起こし、自分の体をベタベタと触りまくった。


 着ているのは、あのドロドロになった30万円のオーダースーツではない。


 量販店で買った、安物のスエットの上下だ。泥の汚れも、カラスが突っついた生ゴミの汁も一切ついていない。


 テーブルの下を覗き込む。


 逃走中にガラスの破片が突き刺さり、血まみれになっていたはずの両足には泥だらけの、安全靴が履かれている。


 逃げる途中で落としたはずの財布も、胸ポケットの中に確かな厚みを持って存在していた。




(夢……? いや、そんなはずはない!)


 あの2000万円が入った紙袋の重み。足の裏が裂けるような激痛。


 手錠をかけられる寸前の、あの心臓が破裂しそうなほどの絶望。


 すべてが細胞の隅々にまで、焼き印のように鮮明に刻み込まれている。


 あれは、絶対にただの悪夢なんかじゃない。


 震える手でポケットからスマホを取り出し、画面を点灯させる。


 画面の上部に表示された『日付』を見て、俺の心臓はドクンと大きく跳ねた。 今日は、数ヶ月前。


 俺が『エリートパイロット・谷口』という嘘の仮面を被り、結婚詐欺の最初のターゲットをこのファミレスに呼び出した、まさにその『運命の初日』だった。




「あ、あの……谷口さん、ですか……?」


 ふいに頭上から、上擦った細い声が降ってきた。


 顔を上げる。そこには、パツパツのピンクのワンピースを着た女が立っていた。


 少し小太りで、緊張のあまり顔はテカテカに脂ぎっている。『A子』だ。


 あの便所の前で、俺の顔面に濡れたハンカチを叩きつけ、「この変態の底辺男!」と唾を吐き捨てたあのA子が、頬を赤らめて俺を上目遣いで見つめている。




(ヒッ……!!)


 喉の奥から、悲鳴が込み上げた。 逃げなきゃ。


 こいつに関わったら、またあの地獄の修羅場に一直線だ。


「人違いです」と言って、今すぐこの店を飛び出さなきゃならない!


 俺は口を大きく開き、全力で否定の言葉を叫ぼうとした。




「ちが――」


 だが、俺の喉は空気を吐き出すだけで、音にならなかった。 いや、違う。


 体が、俺の口が、俺の意志を完全に無視して動き始めたのだ。


 恐怖で震えているはずの俺の顔の筋肉が、勝手に『エリートパイロットの爽やかな微笑み』を作り上げる。


 そして、俺の口が、俺の意志とは全く無関係に、あの日と同じ『セリフ』を勝手に紡ぎ出した。


「初めまして、A子ちゃん……だよね? あ、ごめん。いきなりで悪いんだけど……」


(やめろ! 言うな!! その言葉を言ったら終わりだ!!)


 俺は心の中で血の涙を流しながら絶叫した。


 だが、声帯は滑らかに、あの呪われたセリフを唱え切った。




「……めちゃくちゃ俺のタイプだな。ごめんね、こんなこと言って…」


 A子の顔が、茹でダコのように真っ赤に染まった。


(あ…ッ……言っちまった!)


 彼女の潤んだ瞳は俺の顔だけを真っ直ぐに捉え、俺が心の中で上げている断末魔の叫びなど、微塵も気づいていない。




 俺の視界の端で、テーブルに置かれたスマホの画面がチカチカと点滅し、一文が浮かび上がった。


 あの『黒い目玉』のアイコンが、画面の奥から俺を見下ろしてニチャアッと笑っている。


【 読者に報告:ターゲットの記憶はそのままに、肉体の制御権をシステムが完全掌握しました。 】


【 読者の皆様、これよりターゲットが『全く同じ地獄を永遠に繰り返す』無限ループ編のスタートです。末長くお楽しみください。 】




(ああ、ああああああああっ……!!)


 俺の心の中の狂ったような悲鳴と、テーブルの上でメロンソーダの氷がカランと溶ける音だけが、永遠にファミレスの中に響き続けていた。




【主題歌】公式主題歌公開 ➡ https://youtu.be/rSQ0_whMSQA


【TikTok】

https://www.tiktok.com/@kazuki6400/video/7640484254190718225?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7588754456154867221



画面をタップするな、俺が地獄に落ちるだろ!〜足立区のクズ男が、読者である「お前」を道連れにする話〜



ー完ー



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。