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聖女の仮面

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

断罪から三日が経った王宮の庭園には、薔薇が咲き誇っていた。


午後の陽光が石畳に長い影を落とし、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてくる。その回廊を、第二王子セルジュと聖女マリアベルが並んで歩いている。一見すれば、それは絵画のように美しい光景だった。


マリアベルが不意に足を止め、白い手で目元を押さえた。蜂蜜色の巻き毛が風に揺れ、翠の瞳には涙が浮かんでいる。


「殿下……私、やはり心が痛みますの」


その声は震え、今にも崩れ落ちそうな儚さを纏っていた。セルジュは眉をひそめ、彼女の傍に寄り添う。


「マリアベル、何を言う」


「リゼット様には……申し訳ないことをしました。私が聖女などと呼ばれなければ、きっとあの方も……」


マリアベルは嗚咽を漏らし、両手で顔を覆う。その仕草は、まさに慈愛に満ちた聖女が己の無力さを嘆く姿そのものだった。


セルジュの胸に庇護欲が湧き上がる。彼はマリアベルの肩にそっと手を置いた。


「お前は何も悪くない」


声には確信がこもっていた。碧眼が真っ直ぐにマリアベルを見つめる。


「悪いのは心を閉ざした彼女だ。三年間、俺が何度手を差し伸べても、リゼットは決して触れようとしなかった。あれは……愛のない証拠だ」


マリアベルがゆっくりと顔を上げる。涙に濡れた頬、震える唇。だがその目の奥には、セルジュには見えない計算された輝きが宿っていた。


「殿下……」


彼女はそっとセルジュの手に自分の手を重ねた。白い指先が、日焼けした王子の手に触れる。


「殿下は私の光です」


その言葉と同時に、マリアベルの指先が淡く発光した。蛍火のような光が二人の手の間で瞬く。ほんの一瞬のことだった。


セルジュは気づかない。


彼の脳裏で、リゼットとの記憶が揺らぎ始めていた。舞踏会で初めて出会った日。彼女の淡い銀灰色の髪が月明かりに輝いていた場面。婚約の儀で、緊張した面持ちで誓いの言葉を述べた彼女の姿。それらが、まるで水に滲んだ絵具のように輪郭を失っていく。


「……ああ」


セルジュは軽い眩暈を覚え、こめかみを押さえた。


「殿下? お顔の色が優れませんわ」


マリアベルの声には心配が滲んでいる。だがその翠の瞳は、冷たく彼を観察していた。


「いや、なんでもない。少し疲れているのだろう」


「まあ、ご無理をなさらないでくださいまし。私、殿下のお傍にいますから」


マリアベルは再び涙を拭い、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。その笑顔の裏で、彼女の心は冷たく嗤っている。


——これでまた一つ、あの女の記憶が消えた。


庭園の薔薇が風に揺れる。甘い香りの中で、セルジュの中からリゼットが少しずつ消えていく。彼はそれに気づかない。気づくことができない。




訓練場に隣接する騎士団詰所には、汗と鉄の匂いが染み付いていた。


オスカー・デュマは窓辺に立ち、中庭で訓練に励む若い騎士たちを眺めていた。琥珀色の瞳はどこか遠くを見ているようで、その視線には迷いが宿っている。


「オスカー、聞いたか」


同僚の騎士が近づいてきた。がっしりとした体格の男で、顔には人の良さそうな笑みが浮かんでいる。


「聖女様が殿下と庭園を散策されたそうだ。お似合いだよな、あの二人」


オスカーは答えず、ただ窓の外を見つめ続けた。同僚は首を傾げる。


「どうした? まさかお前、聖女様に惚れたんじゃないだろうな」


「……そうじゃない」


オスカーはようやく口を開いた。赤毛の髪をかき上げ、同僚に向き直る。


「断罪は急すぎた」


「は?」


「触れようとしなかったというだけで、公爵令嬢を公衆の面前で断罪するのか? それが婚約破棄の理由になるのか」


同僚の顔から笑みが消えた。周囲を見回し、声を潜める。


「おい、何を言っている。殿下が三年間も耐えてこられたんだ。それに聖女様も、エヴァンシア嬢の冷たさに心を痛めて涙しておられたじゃないか」


「だから何だ。聖女が泣いたからといって、裏付けも、調査も、何もなかった」


オスカーの声には苛立ちが混じっていた。彼は断罪の夜のことを思い出す。リゼット・エヴァンシアが会場を去る姿。あの薄青の瞳には、悲しみはあっても悪意はなかった。むしろ、何かを諦めたような——解放されたような——複雑な光が宿っていた。


「お前、殿下に逆らうつもりか」


同僚が険しい顔で問う。オスカーは首を振った。


「逆らうんじゃない。ただ……何かがおかしいと思っている」


「おかしいもなにも、殿下のご判断だ。聖女様もあれほど心を痛めておられた。お前も変な考えは捨てろ。殿下に睨まれるぞ」


そう言い残し、同僚は訓練場へ戻っていった。


オスカーは一人残された詰所で、深いため息をついた。断罪の夜、マリアベルがセルジュに寄り添う姿。涙を流しながらも、その唇の端がほんの一瞬、上がったように見えたこと。


——あれは、笑みだったのか。


確証はない。ただの見間違いかもしれない。しかし、騎士として戦場を生き抜いてきた直感が警鐘を鳴らしていた。


「……調べてみるか」


誰にともなく呟き、オスカーは詰所を後にした。




夕暮れの神殿。ステンドグラスを通した光が、祭壇に七色の模様を描いていた。


聖歌隊の練習が終わり、神官たちも退出した後、広大な聖堂には静寂だけが残されている。その中央に、マリアベル・ヴェルナーが立っていた。


周囲に誰もいないことを確認し、彼女は口元を歪めた。


「リゼット・エヴァンシア……あなたがいなくなって清々した」


言葉と共に、慈愛の仮面が剥がれ落ちていく。翠の瞳が細められ、唇が残酷な弧を描く。それは、王宮で誰もが崇める聖女とは別人の顔だった。


「兄様も、王子様も、全て私のもの」


マリアベルは祭壇に手を置き、ゆっくりと周囲を見回した。聖人たちの彫像が並ぶ回廊。神聖な空気。その全てを嘲笑うかのように、彼女は薄く笑った。


「神に選ばれた聖女……ふふ、馬鹿馬鹿しい。私を選んだのは神なんかじゃない。私が選んだのよ。この力を、この地位を、この未来を」


十二年前の記憶が蘇る。


北方辺境伯家の庭園は、夏の盛りを迎えていた。六歳のマリアベルは、木陰から庭園を見つめていた。庭園の中央では、父である辺境伯が客人たちと談笑していた。その傍らには、銀灰色の髪を持つ少女——八歳のリゼット・エヴァンシアがいた。


「なんと聡明なお嬢様だ」「さすがはエヴァンシア公爵家のご令嬢ですな」


称賛の言葉が、リゼットに注がれる。


マリアベルの手が、握りしめられた。


——どうしてあの人ばかり。お父様も、兄様も、王子様も、みんなあの人を見る。私のことなど、誰も見ていない。


その夜、マリアベルは領地の外れにある古い小屋を訪れた。闇の術者——黒いローブを纏った老婆が、歪んだ笑みで彼女を迎えた。


「術を教えてほしいの。人の記憶を……操る術を」


「それは禁忌の術。邪法と呼ばれるものだよ。使えば、魂を蝕まれる」


「構わない。あの人から全部奪いたいの。みんなの視線を。みんなの愛情を。全部」


老婆は長い間、幼い少女を見つめていた。そして、ゆっくりと頷いた。


「いいだろう。触れた者の記憶を操れる。好きな記憶を消し、好きな印象を植え付けられる。そして——憎い相手には、呪いをかけることもできる。触れた者の記憶を奪う呪いを」


数日後、マリアベルはリゼットに近づいた。無垢な笑顔を浮かべ、手を差し出す。


「リゼット様、一緒に遊びましょう」


「ええ、もちろん」


白い手と白い手が触れ合う。マリアベルの指先が淡く光り、リゼットの手の甲に見えない紋章が刻まれていった。


——これであなたは、誰からも忘れられる。私の勝ちよ、リゼット様。




回想から現在へ。


神殿の祭壇の前で、マリアベルは静かに目を開けた。


「あの呪いがある限り、リゼットは誰からも愛されない。私の勝ち」


だが——その言葉を口にした瞬間、マリアベルの表情に影が差した。


「……でも、兄様だけは……兄様は私の術が効かない。血縁だから」


それは、彼女にとって最大の誤算だった。邪法は強力だが、術者と血を分けた者には効果がない。ヴェルナー・クラウス・ヴェルナー——実の兄だけは、マリアベルの記憶操作を受け付けなかった。


七年前、兄は彼女の邪法に気づいた。リゼットに呪いをかけたことも、おそらく把握している。それでも、兄は何も言わなかった。告発もしなかった。ただ、北の領地に引きこもり、距離を置いた。


——見捨てられた。


「兄様は私のもの。誰にも渡さない」


声に、異様な熱がこもった。翠の瞳が、狂気に染まっていく。


「お父様は私を見なかった。王子様は私を見なかった。でも兄様だけは……兄様だけは、私を見ていた」


幼い頃の記憶が蘇る。両親が不在の夜、悪夢にうなされるマリアベルの傍に座り、無言で手を握ってくれた兄。社交界で孤立した時、何も言わずに傍に立ってくれた兄。


だからこそ許せない。兄が自分から離れていくことが。兄が自分を見捨てて北の地に籠もっていることが。


マリアベルは祭壇の蝋燭を握り潰した。溶けた蝋が白い手を伝う。


「兄様……いつか必ず、私の元に戻ってきていただきますわ」


聖堂の扉が開かれ、夕暮れの光がマリアベルを包んだ。その顔には、もはや聖女の仮面はなかった。


「リゼット・エヴァンシア……あなたには何も渡さない。殿下も、兄様も、幸せも、何もかも」


扉が閉まり、聖堂には再び静寂が戻った。祭壇の前には、握り潰された蝋燭だけが残されている。


愛されたいという、底なしの飢え。


そしてそれを満たすためなら何でもするという、狂気に近い執念が——今、新たな標的を定めていた。

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