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霊亀将  作者: 花鏡
五大洲内乱編
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第百二十一話「四道将軍、御三卿」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。

征夷大将軍に就ける一門。

 エメルス近海、セハル海域での戦いから三日。特段大きな騒動もなく、平和な日々が続いている。

 ゼデキアによる領海侵犯に新造船の襲撃、ここだけ見ればつい三日前にそんな大事件が起きたとは思えぬ長閑さだ。

 しかしそれはあくまでも小康状態、表向きと言うだけであり、未だ予断が許されない状況であることは、先の戦に参加した者たちにとっては共通の認識であろう。


 そんな人間の一人が住まう桔梗湖畔に建つ桔梗城本丸御殿中奥。城内に住まう者たちからは御休息之間とも呼ばれるかの空間は、その日緊迫した空気に包まれていた。


 部屋の中央に向かい合って座るのは二人の男性、礼法の心得があるのか双方ともに美しくも隙のない正座、惚れ惚れしそうなほどの姿勢である。

 上座に座るは黒い衣冠装束に身を固め、右側に刀を置く青年。彼の名は久坂杏一郎秋隆、ここエルメラの地にあっては五人いる五清将ペンタグラムの一人であり、神官将テンプルナイトの筆頭格でもある総長グランドマスターの地位にいる人物だ。


 しかしそれはあくまでもエルメラにおける姿、彼の正体は四千年前滅びた国、神州の生き残りであり四道将軍の一人。現在は失われた記憶を捜索しつつ、祖国復興のため水面下で活動を続けている。

 そんな彼の前に置かれているのはいくつかのマスと白黒の駒が乗せられた双六盤。

 心得ある者がこの局面を覗いた場合、火花が散るかのような激戦振りに閉口するかもしれない。


「……記憶を失ったという割にこの強さ、四千年前のままですね」


 複雑になりつつある盤面を眺め、下座に座る人物は微かに笑みを浮かべた。

 ぴっちりしたホットパンツにあばらの辺りまで露出した丈の短いシャツ、艶やかな長い髪に褐色の肌、女性と見まごうばかりの容姿を備えた美少年である。

 一見したところ人間、しかしその両手は鳥類のごとき白い翼というあまりにも人外めいたものだ。

 高杉総三郎文良、彼もまた秋隆同様神州の生き残りであり、四道将軍である。

 天才的な頭脳を備える彼は盤双六もまた万夫不当の技能を誇るが、それでも相手が秋隆となるとハンデなしの互戦で応じざるを得ない。


「冷静に局面を見て、と言う以上に直感で好手が浮かぶことがある」


 文良が苦笑するのを見て、秋隆もまた微かに口角を上げたが、その目は一切笑っておらず、それだけで苦戦していることが丸わかりだ。


「……記憶をなくしてても、経験は忘れないのかもしれませんね」


 軽く肩をすくめ、右翼で二つのサイコロを掴む文良。見た目的にはまるで包み込むかのようである。


「その手で良くサイコロが振れるな」


「まあ、これも慣れと言うものです」


 右翼を振ってサイコロを投じれば、狙い過たず双六盤の上に転がった。

 出た目は4と5、悪くない出目である。


「どうしても無理な部分は理気で補えばどうとでもなります」


「見た目よりも不便は少ないということか……」


 少しばかり考えてから二つの駒を動かすと、文良は秋隆を上目遣いに見上げた。


「それよりも何か僕に話したいことがあったのでは?」


 正面からの問いにすぐさま頷いて見せる秋隆。四道将軍である文良を呼び出したのは双六に興じるためではない。


「征夷大将軍とやらのことだ」


「大公儀の?」


「先日鬼紋王を倒した時得た記憶に、かの存在に関するものがあった」


 先の護衛任務直前の出来事、ツァリの鬼紋王を倒した際に思い出したのは翠明院右大臣と言う人物と秋隆の父匠隆について話したこと。

 今後のことも考え、この辺りで征夷大将軍含め神州と言う国家について今一度頭に入れておきたい。


「御手前がそれを望むなら何なりと……」


 慇懃な所作で頭を下げると文良はどことなく嬉しそうに顔を綻ばせる。


「まずは何から話せばいいでしょうか?」


「……深い部分を聞こうとは思わない。それはあくまでも私が取り戻すべき記憶だからな」


 本来これらの知識は自分の力で奪い返す類のもの、そう考えるが故に必要以上のことを聞こうとは考えていない。

 文良としても秋隆のそんな内心を理解しているのか、彼の意向に異議を挟むようなことはしなかった。


「それでは、初歩的な部分から話しましょうか」


 右翼で顎を撫でつけつつ、しばし頭の中で言葉を選ぶ文良。ややあって幾度か頷くと、静かに口を開く。


「神州を統べるのはいうまでもなく天孫あめみまの末裔たる神州皇しんしゅうおう陛下、このお方を輔弼する機関が朝廷、行政を担う部署を特に太政官と呼びます」


 要するに王を中心とした貴族による元老会議、内々に昇格を進めていた翠明院右大臣の口ぶりから鑑みるに絶対君主制ではなく、どちらかと言えば政治家が実権を担う立憲君主制に近い体制と見て良いだろう。


「私の父、久坂匠隆くさかなるたか公は内大臣という地位にいたそうだが……」


「四道将軍は全員太政官の幹部たる大納言、下手な公家よりも高位の官位ですね」


 武家、つまりは軍人による政治の参与、扱い的には陸軍大臣や海軍大臣に近いのかもしれない。


「僕たちの場合は武家官位なのであくまで動きやすくするためのものですが本来は政治家、公家の方々のための地位です」


 そこで一旦言葉を区切ると、文良は懐から懐紙と携帯用の筆記具を取り出し、理法念力を用いて何やら図を書き始めた。


「太政官の頂点にいるのが太政大臣」


 最初に懐紙に現れたのが太政大臣の四文字、続いてその下に左大臣と右大臣を書き加える。


「でもこれは半ば名誉職で、実際に朝廷を引っ張るのはその下にいる左大臣のお役目です」


「左大臣、菊宮殿だったか……」


「ええ、その下が翠明院右大臣殿で久坂の父君はその下の内大臣、本来の極官である准大臣、儀同三司ぎどうさんしはその下です」


 文良の書いた図式によれば太政官の序列は太政大臣、左大臣、右大臣、内大臣、准大臣の順。

 さらに准大臣の下に大納言と書かれるのを見ると、秋隆は微かに頷いた。


「そしてその下に各家の当主、大納言が来るわけか……」


「昔は人数規定があったみたいですが、権官ごんかんが置かれるようになって有名無実となりましたね」


「……武家に明け渡すだけで相当枠を圧迫するのに、その上人数規定などやっていてはどうにもならぬだろうな」


 どの程度の定員だったのかは不明だが、本来公家の地位であるはずの大納言が全員武家などと言う事態になっては問題にしかならぬだろう。

 武家用の枠と公家用の枠を用意し、人数の調整を図るというのは英断だったかもしれない。


「公家の話はこんなところです。次はお待ちかねの武家の話と行きましょうか」


 ニッと一瞬だけ口角を上げると、文良は二枚目の懐紙に四道将軍と大きく書いた。


「神州のまつりごとを司るのが公家なら、軍事を司るのが僕たち武家、各方面の武士団をまとめるのが四道将軍です」


 芸州公方久坂、鎮西公方吉田、奥州公方高杉、関東公方入江、一息でそこまで書き、微かに息を吐く文良。


「北に北海道、東山道、北陸道、東に東海道、西に南海道、山陽道、山陰道、南に西海道を受け持ちます」


 すなわち、北方の奥州公方、東方の関東公方、西方の芸州公方、そして南方の鎮西公方を総称し、四道将軍と呼ぶ。

 しかし一か所だけ空白となる部分を見つけ、秋隆は微かに首を傾げた。


「……都周辺は?」


 文良の説明通りであるならば四道将軍は各方面軍の長としての性質が強く、神州皇周りを守る近衛兵としての務めはない。

 各地域の軍備が充実していても首都周辺が手薄となれば、様々な危険が出てくるだろう。

 そんな秋隆の質問は予想していたらしく、文良は微かに身を乗り出し口を開いた。


「京都、二条御所にあって皇都防衛に当たるのは征夷大将軍、大公儀です」


「ここで出て来るのか……」


「末期にはその最低限の仕事すら、内府殿に委譲する有様でしたけど……」


 四千年前の出来事を思い返しているのか、文良の表情はどこか沈鬱なものである。


「武家の頭領であり軍事の最高責任者、くらいに着くのは御三卿ごさんきょうと呼ばれる三家の内の誰かです」


 御三卿という単語に微かに顔を上げる秋隆。征夷大将軍は四道将軍と異なり、一つの家から代々当主が出て来るものではないようだ。


「大将軍家と言うものがあるわけではないのか?」


「ええ、強いて言うなら御三卿、赤川あかがわ斯色ししき山極やまぎわがそうとも言えますが、基本的にこの三家がクローズアップされるのは大将軍逝去時くらいで当主もこれと言った要職に就かず、極官も権中納言なので四道将軍に一歩譲る形と言って良いでしょう」


 四道将軍家当主の極官は久坂家が准大臣で、それ以外の者たちも正三位権大納言。一方御三卿当主の極官は従三位権中納言と四道将軍よりも一段低い。


「次代の大樹は四道将軍と御三卿当主の七名で合議し、任命は朝廷が行います」


「エルメラの神聖王同様、大樹殿の嫡男が必ずしも次の大樹になるわけではないというわけか」


 神聖王もまた大神官四名と五清将五名からなる九人の選帝侯によって選出される。

 人数こそ違うが、先代の子供が次代になるとは限らないこと、複数人の合議で選ばれることなどは同じと言っても良いかもしれない。


「そうですね。一説によるとエルメラ選帝侯は……」


 文良が何か口にしようとしたその刹那、何者かが襖を叩いた。


「お話し中に失礼しますなのです」


 おずおずと言った様子で襖を開いたのは和服の上に前掛けを着込んだ和装メイドとも言うべき幼い少女。

 エルメラ人らしい褐色の肌だが、紫の瞳に長い耳とダークエルフを彷彿とさせる見た目をしている。

 彼女はアズ・オグトール、秋隆に仕える執事職、内管領の座にいる少女だ。


「どうした?」


 秋隆の問いを受け、アズは廊下に正座したまま平伏する。


「流濁将様の取次で、ヴァルナー家から人が来られているのです」


 来訪者の名前を聞いて、秋隆の表情に僅かながら険しいものが滲んだ。

 ヴァルナー家と言えば、先に起きた妖魔王処刑騒ぎの際、元宰相と並んで暗躍した元総長ミディアン・ヴァルナーの一族である。

 秋隆らの活躍によって真実が明るみになって以後音沙汰がないが、家長のやらかしたことがことなだけに相当悲惨な状況となっているのは想像するに難くない。


「……流濁将、カカンの取次だったか?」


「はいなのです。カカン様もこちらにお越しです」


 正直なところ今の秋隆に反逆者の身内に会うメリットはないし、むしろ真っ先にデメリットの方が浮かぶほどだ。

 しかし自身の麾下である流濁将カカンの取次とあっては無碍には出来ない。


「……黒書院でお待ちいただけ」


 アズが一礼して御休息之間を去ると、秋隆はその場に立ち上がり軽く身体を伸ばす。


「……(さて、どのような用件なのやら……)」

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