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第40章 精霊たちの間を静かに

トンネルの中はほぼ完全な暗闇だった。

メアリーが持つ小さな光石だけが前方を照らしている。

私は足音を立てないよう、地面に触れないほど慎重に歩を進める。

どんな小さな音も、背筋を凍らせる。

ベアトリクスが先頭、私が中程、メアリーが最後尾。

互いに密着しながら、しかし完全な静寂を保って進む。


緊張が高まる。

今にも何かが起こりそうな予感がする。


トンネルの終わりに広い空間が開けた。

そして霧は...もはや足元だけでなく、胸の高さまで立ち込めていた。

突然、霧の中を何かが横切った。

ただの影のようなもの...だが、心臓が止まりそうになった。


「静かに」

メアリーが即座に停止し、指を唇に当てた。かすかな囁き。

ベアトリクスが手を上げ、注意深く前方を指差す。


初めて精霊を見た。

真っ白で人間の形をしているが、透き通った存在が漂っていた。

足は地面に触れず、数歩ごとに空気を嗅ぐように首を動かす。

おそらく音を感知しているのだ。

私は呼吸さえ止めた。


精霊が私たちの数歩先で停止した。

動く勇気も出ない。

ベアトリクスは微動だにせず、メアリーは息を殺した。


その時、私の腹から音が鳴った。

ごくわずかな音だが、精霊には雷のように響いたに違いない。

精霊が首を回す。目はないはずなのに、じかに見つめられている感覚。


目を閉じた。

「終わりだ」と心で呟く。


しかしメアリーが静かに身をかがめ、手の光石を小石に変えて投げた。

石が少し離れた場所で小さな音を立てる。

精霊はその方向へ向かった。


目を見開き、メアリーを見つめる。

「予備の音トラップ...」

声にならない声で呟き、微かに笑う。

ベアトリクスが頷く。移動の時だ。


精霊の傍らを静かに通り過ぎる。

誰一人として呼吸さえせず。


数歩進んだ先の小高い丘に、それはあった。

〈静穏蘭〉...

真っ白な繊細な花弁、霧の中に浮かび上がる優雅な輝き。


手を伸ばす指先で心臓が狂うように鼓動する。

一輪の花が、これほどまでの価値を持つものだろうか?

一本を慎重に摘み取る。根を傷つけないよう細心の注意を払う。


メアリーが周囲を見張り、ベアトリクスは帰路を確認している。

「取れた...」

囁きは霧に消えた。


三人で視線を交わす。

静かに頷き合う。


帰り道は楽なはずだった。

だが静寂は依然として全てに勝る力を持っていた。

同じ警戒心で引き返す。精霊たちはまだ巡回を続けている。

しかし私たちはもう方法を知っていた。

恐怖の跡地には、確かな自信が根付いていた。


トンネル出口に着いた時、初めて安堵の息を漏らした。

「ふう...」と声になりかけたのを必死で抑える。

メアリーは声なき笑いを浮かべ、ベアトリクスはウィンクした。


トンネルの向こうから朝日が差し込み始めていた。

パロウニアの朝が私たちを迎えている。


手の中の蘭を見つめる。

これは単なる材料ではない...私たちの戦いの証だ。


「この靴は、私の生涯の傑作になる」

工房へ帰路につきながら、心に去来した唯一の想いだった。

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