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第四章 精霊の祭り(前半)

 夜が明けきらぬうちに、村はすでに賑わいを見せていた。


 山間に抱かれたこの静かな村――ロルネ村は、毎年この季節になると、谷の風に乗って精霊を祝う歌が響き渡る。霧が薄く立ち込める石畳の道には、まだ眠たげな子供たちが駆け回り、白い吐息を立てていた。


 ヴェリタスは、祭りを迎える朝にふさわしい装束を身にまとい、小高い丘から村全体を見下ろしていた。彼の目に映るのは、色とりどりの布で飾られた家々、木彫りの精霊像を立てる老人たち、草花を編み込む女性たちの穏やかな笑顔だった。


 「……やっぱり、ここは静かだな」


 彼は思わず呟いた。ファルセリアの喧騒とは違う、時間がゆったりと流れる場所。だがその穏やかさの奥に、何かがざわめくような感覚が、心の奥底で膨らみ始めていた。


 丘を下りて村の中心部に向かう途中、ヴェリタスは幼馴染のマイナに出会った。小柄で陽気な少女は、籠いっぱいに花を抱えていた。


 「ヴェリタス、おはよう! ねぇ、広場の飾り付け、もう見た?」


 「いや、これからだよ。マイナは、今日も手伝いか?」


 「うん、毎年恒例! でも、今年は特別らしいよ。村の長老たちが“風の精霊の気配が強い”って言っててさ」


 「……風の精霊?」


 「うん。風が急に止まったり、逆に渦を巻いたりしてるんだって。昔話に出てくる“目覚めの兆し”じゃないかって、皆ざわざわしてる」


 彼女はどこか誇らしげに語ったが、ヴェリタスの胸には小さな不安が芽生えていた。


 広場では、子どもたちが鈴を鳴らしながら舞いの練習をしていた。鈴の音が風に乗り、遠くの山々に吸い込まれていく。中央には巨大な精霊の像が立っており、花や果実、布で丁寧に装飾されていた。


 「今年の像は“トゥリーナ”様だって」


 そう言ったのは村の神官を務める中年の男、オルタだった。灰色の衣をまとい、穏やかな瞳で像を見上げている。


 「自然を愛し、風を司る精霊。かつてこの村を嵐から守ったという言い伝えがある。……君の母も、その時の伝承をよく語っていたな」


 「……そう、ですね」


 ヴェリタスは顔を伏せた。幼いころに亡くなった母の面影が、祭りの香りと共に甦ってくる。あの人は、いつもこの祭りの準備に情熱を注いでいた。


 小さな屋台が立ち並び始める中、ノイラの姿が目に入った。彼女は村の宿で簡易な祈りを捧げた後、静かに市場を歩いていた。ブロンドの髪に陽光が差し、まるでこの地に降りた聖女のように見えた。


 「……ノイラ?」


 ヴェリタスは一瞬呼びかけそうになったが、声を飲み込んだ。彼女の目は何かを探しているようで、浮世離れした真剣さがあった。


 祭りはただの祝宴ではない。この地に生きる者たちにとって、精霊たちと繋がる“契りの儀”でもあった。人々は食卓を整え、家を清め、精霊への供物を忘れない。精霊の怒りに触れた家は一年、災厄に見舞われるという古い迷信もある。


 「ヴェリタス、ほら、お菓子買ってってよ! 今年は“精霊の涙”って名前の飴が出てるんだ」


 マイナが笑顔で差し出したのは、透明な水色の飴だった。舐めるとほんのりミントの味がして、涼やかな風が喉を吹き抜けるような感覚が広がる。


 「……うまいな。これ、どうやって作ったんだ?」


 「山の上の泉の水を使ってるんだって! 精霊の気配がある水だから、舌に乗せると精霊が通り過ぎていくような感じになるんだってさ!」


 確かに、そんな不思議な気配がした。霊的な何かがこの村には宿っている。そう思わせるには、十分すぎる空気だった。


 夕暮れが迫るにつれ、空は赤く染まり、村はより一層の活気を帯びていく。



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