109話
『ねぇ、エーミール。』
『な、なに?』
『私、帝都に行く用事が出来たの。』
『え……?』
『エーミールも一緒にどうかしら。』
『………。』
エーミールは、たっぷりと間をとってから『えぇ!?』と、素っ頓狂な声を上げた。思いもよらぬ提案だったのだろう。困惑しているエーミールを横目に、ビアンカが『蛙ちゃんの用事って?』と聞いてきた。
『ここに来て、1週間が過ぎたでしょう?元々、準備不足だったせいもあるけど、色々と足りないものが出てきてしまったの。だから一度家に帰って必要なものを持ってこようかと思って。』
長期滞在を見越して、邸で改めて荷造りをしてきたいし、1週間も付き合ってくれたベルたちも、そろそろ家に帰してあげたい。
それに……
『君の家って…』
『帝都にあるのよ。』
『!帝都に…!』
こうして友達に会うために国境を渡ってきたエーミールの勇気を、こんな所で摘み取りたくはなかった。
ビアンカに一通り説明して、一度帝都に帰っても良いかと聞けば『別に良いんじゃない?カールにはアタシから言っておくわ。』と、あっさり許可がおりた。ビアンカいわく、謹慎処分の身ではあるが、一時的な帰省なら問題はないだろう、とのこと。
『…俺も一緒に行ってもいいの…?』
『勿論。そうじゃなかったら、誘わないわ。』
『!あ、ありがとう…!』
こうして、エーミールと一緒に帝都に行くことが決まった。
*****
次の日。
帝都行きの準備を終えた私たちは、ビアンカにお別れの挨拶し、馬車に乗り込もうとしていた。
「蛙ちゃん。これを持っていきなさい。」
先にエーミールを馬車に乗せ、彼の後に続こうとしている私に、ビアンカが小さな紙袋を差し出してきた。
私は首を傾げつつ、それを受け取る。
「ビアンカ、これは?」
「護身用のナイフよ。」
「………え、」
紙袋の中を覗き込めば、小ぶりなナイフとそのナイフを収納するレッグホルスターが入っていた。
ビアンカからの物騒なプレゼントに、思わず目を見開いたまま固まってしまう。
「最近、物騒だから念の為に、ね。」
「…そ、そうね。」
「護衛もちゃんと付けたんだから、そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫よ。深く考えずに、お守りだと思っていれば良いわ。」
「……。」
思い付きで帝都行きを決めてしまったが、今になって考えなしの行動だったかもしれないと思い始めてしまった。
行動の制限はないとはいえ、未だに謹慎処分の身である私が、このまま帝都に行っても大丈夫なのだろうか。
それに、帝都にはあの人が……
「命短し恋せよ乙女。」
聞き慣れない言葉に顔を上げれば、ビアンカは「アタシの座右の銘なの。」と言って、にっこりと微笑んだ。
「蛙ちゃんが思っているよりも人生は短いわ。こんな所で立ち止まっていたら勿体無わよ。」
「ビアンカ…。」
「アタシみたいに、手当り次第当たって砕けた方が、人生得なんだから。」
「…砕けたら駄目じゃないかしら?」
「あら、大丈夫よぉ。後でアタシが拾って、あ・げ・る♡」
そんな骨を拾うみたいに言われても…。
だが、どんな言葉よりも頼もしかった。
私は紙袋をギュッと胸に抱き、くすりと笑った。
「…ありがとう、ビアンカ。」
「どういたしまして。…気を付けてね。」
いつになく真剣な眼差しのビアンカに、私は深く頷いてみせた。
「お嬢様ー。そろそろ出発しますよー!」
荷馬車の方からベルの声が聞こえた。ベルに返事をし、私は馬車に乗り込む。
そして、私とエーミールを乗せた馬車は、雪に鎖された冷たい帝都に向けて颯爽と走り出した。




