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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第7章「温室栽培」
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108話



幼少期ユリウスside



自室でソファに座り本を読んでいると、扉の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。

公爵家の邸で走り回れるのは、あの人しか居ない。その淑女らしからぬ足音は、どんどんこちらに近づいてくる。そして―――



「ユーリ!!」



悲痛な叫びと共に、部屋に飛び込んできたのは、案の定、僕の姉だった。

姉は僕を見るなり、くしゃりと顔を歪ませ、ソファに座ったままの僕に駆け寄ってきた。



「ねぇ!ユーリ、どうしよう!動かなくなっちゃった…!!」



僕の足元で崩れ落ちるように両膝をついた姉は、今にも泣き出してしまいそうな顔で、その小さな手の平を僕に見せてきた。

そこに居たのは―――



―――羽を毟られ、無惨な姿に成り果てた、1匹の蝶だった。



ずっと、握り締めていたのだろう。蝶の青い羽はクシャクシャになっている。



「…姉上、何があったのですか?」



姉を刺激しないよう優しく尋ねれば、姉は「あのね、あのね、」と一生懸命話し始めた。



「お庭でね、遊んでいたら、蝶々さんが飛んできたの。とっても綺麗だったから、ユーリにも見せてあげようと思って……でもね、飛んで逃げちゃいそうだったから、羽をとったの。そうしたら、動かなくなっちゃって……。だから、お願い…!この前のクマさんみたいに、この蝶々さんもなおして…!」



腕が取れてしまったクマのぬいぐるみを魔法で直してあげたのは、つい最近のこと。

……羽を胴体にくっつけたとしても、蝶は動かないだろう。

姉の必死の懇願に、僕は首を横に振った。



「それは、できません。」

「どうして?」

「失った命は、二度と元には戻りません。」

「ユーリの魔法でも?」

「はい。」



魔法は、1を100にすることが出来ても、0を1にすることは出来ない。

無の状態から何かを生み出すことは出来ないのだ。それが出来るのは、この世界だけ。



「―っ!」



姉の顔はみるみる絶望に染まり、そのエメラルドの瞳からは涙がポロポロと溢れ出した。



「ど、どうしよう…!私、悪いことしちゃった…!」



事切れた蝶を胸に抱きながら泣きじゃくる姉の頭を、僕は優しく撫でる。



「確かに姉上は悪いことをしてしまいました。」

「う…っ、ひっく…うぅ………」

「でも……僕の為、だったのでしょう?」

「う、うん…っ。だって、綺麗だったから、ユーリにも見せたくて…っ」

「えぇ、大丈夫ですよ。僕はちゃんと分かっています。だから、泣かないで。」

「…っ、うぅぅぅ…」



時に、子供は大人よりも残酷だ。

だがそれは、無知であるが故の残酷さ。良くも悪くも、子供は純粋なのだ。


こうして命と触れ合うことで、純粋無垢な子供たちは、命の尊さを学んでいくのかもしれない。



「姉上、よく聞いてください。僕達の命と同じように、虫の命にも限りがあります。決して、永遠のものではありません。死んでしまえば、そこで終わりなのです。」

「…うん…っ…ひっく…うん…!」

「虫達も限られた命の中で一生懸命に生きています。ですから、その命をむやみに奪っては駄目ですよ?」



姉は涙を流しながら、僕の言葉に何度も頷いた。僕はその零れ落ちる涙を指の背で拭う。


貴女が1匹の虫の為に、涙を流す必要なんてない。なぜなら、虫には感情というものが存在しないのだから。

涙を流すだけ、無駄なのだ。



「さ、姉上。その蝶々さんのお墓を作りましょう。」



*****



僕達は、中庭に蝶の墓を作った。

穴を掘って埋めただけの、とても簡易的なものだ。


姉は墓の前で座り込み、「無事に天国に行けますように。」と口に出しながらお祈りをしている。姉が一生懸命になればなるほど、その姿は滑稽に見えた。

虫は土に還るだけなのだ。そして、また世界の一部となる。ただそれだけ。

だが、それを姉に言うつもりは無い。

彼女は何も知らずに、純粋で無垢で、滑稽のままいればいい。



「ねぇ、ユーリ。蝶々さんは、ちゃんと天国に行けるかな?」

「大丈夫ですよ。姉上の願いは神様が叶えてくれます。」

「神様が?」

「えぇ。神様はいつでも僕達を見ていますから。」



息を吐くように嘘をつく。

この世界に、神は存在しない。

世界が神を創るのに、失敗してしまったから。神の代わりに残ってしまったのが、不完全な人間という名の生き物。世界の失敗作。


そして、僕達を見ているのは、神ではなく、永遠の時の中で世界の終わりを待つ、ただの傍観者だ。



「良かったぁ。蝶々さん、天国に行けるんだね。」



安心したように笑う姉は、花のように可愛らしい。


この可愛らしい姉の手の中で、息絶えた虫が心底羨ましかった。












嗚呼



願わくば



この虫のように



彼女の手の中で



息絶えたい。







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