7話目
鮮血のような夕日によって紅く彩られた大地に、1つの影が立つ。辺りには草木すら無く、それどころか赤く染まった地平線がくっきりと映っている。この光景を見た自分の印象は『世紀末』だ。何もかもが荒廃し、砂と岩しかない。何もかもが跡形もなく消え去った、そんな感じの場所だ。
・・・ふと、気がつくとそこに黒い影の様なものが自分の正面に立っていた。そこに現れた影は、普通なら目の部分にポッカリと穴が空いているようで、向こう側の赤色が透けて見える。体もボヤけているので、どこを向いているのかは正確に分からない。自分が影を観察していると、影の穴が不意に上を向いたので、自分もつられて空を見た。
そこにはあの日の悪夢が…黒いドラゴンがいた。巨大な翼はあるが羽ばたせることもなく空に浮かび、あの時と同じように、青空を写した青い瞳で、じっと自分を見つめている。だがその目線はどこかずれていて、そこでようやく自分ではなく影を見ていることが分かる。
ドラゴンははるか上空で制止していたが、徐々に高度を下げて、自分、正確には影の方に音も立てずに降りてきた。
その体は山のように巨大で、とてつもない威圧感を与えてくるが、その反対に、ドラゴンはゆっくりと、お辞儀をするかのように首を影に向かって伸ばした。
ドラゴンの首の黒い鱗が夕日に焼け、燻る残り火のような、何とも言えない不気味な色になっている。対して、ドラゴンは『グルル』と弱々しく、犬が甘える時のような声を発した。見た目からは想像出来ないような、小さく、高音の唸り声だった。
影はというと、ドラゴンに手を伸ばしたかと思うと、下顎を優しく撫で始めた。ペットとじゃれているような構図ではあるが、目の前の光景はあまりに現実味がない。
突然、影が撫でるのを止めた。と同時にドラゴンが目をつむり、ピクリとも動かなくなった。影は名残惜しそうにドラゴンから手を離し、そのまま自分に向けて手を差し出した。それと同時に、自分と影の目も合う。だが、先程と違い、目の穴はただの穴ではなく、夕日のような赤色の右目と快晴のような藍色の左目をしていた。そして、いつの間にか向けられた手に持っていた銃、それも自分が持っていたはずのあの二丁の銃の1つを自分に向け、引き金に手を掛けた。
『これで、いい。これで』
直後、強い衝撃が全身を打ち、「あの日のように」薄れていく意識の中、影は小さく呟いた。
『賽は、もう一度、投げられるから』
「・・・はっ!」
気がつけば自分はベッドの上にいた。隣では少女がスヤスヤと可愛らしい寝息を立てている。どうやら自分は夢でうなされていたらしい。布団と枕が汗で濡れていて、知らない内に息も上がっている。自分は落ち着きを取り戻そうと、静かに深呼吸を繰り返した。
(今の、夢。なんだろう。夢なのに本物みたいにハッキリしてた・・・)
今はまだ早朝になるのだろうか。少しずつ部屋が明るくなり、日の光が少しずつ空を白で埋めていくのが、部屋の窓から見えた。
そういえばなぜ自分達はここにいるのだろう?確か村にいたはずだが、ここは村というより町、さらに背の高いビルのような建造物が何本も建っていることから、都会の街並みのようにも見える。自分は何とか昨日の事を思い出そうとするが、目を覚ましたばかりでうまく頭が回らない。とりあえず扉に鍵がついている様子もなく、閉じ込められたり監視されている雰囲気もないので、とりあえず安心してもいいと考え、再びベッドで横になる。
とはいっても何もやることがなく、二度寝でもしようかと思ったが、またあの夢を見るような気がしたので、またまたベッドから起き上がった。ここでふと、この都市を眺めてみようという暇潰しを思いついた。マリカを起こさないよう、こっそりと部屋を抜けると、どこか高いところに行くための階段がないかと廊下を歩き回った。
しばらく薄暗い廊下をウロウロしていると、廊下の突き当たりに螺旋階段を見つけた。いざ上ろうとした時、村での疲れがまだ残っているのか、足に重りがついているかのような疲労感に襲われた。やっぱり止めようかとも思ったが、日が昇るまでまだ時間があり、帰っても暇でしかないので、意を決して上ることにした。
数十分かけてやっと最上階にたどり着いたが、足は小鹿のようにプルプルと震え、手すりがないと立っていられなかった。最上階は小さなビオトープになっていて、休憩用のスペースになっているようだった。
外はちょうど日の出の時間になっていて、辺りの色がハッキリと分かるまで明るくなっている。雰囲気から察してはいたが、どうやらここは病院らしく、ここではスロープや手すりが丁寧に設置され、歩きやすいように工夫が出来ている。少なくとも、自分の故郷にはこんなに大きな病院は無かったので、この世界も技術が進んでいることが分かる。
自分はベンチに腰掛け、今までの疑問を改めて思い返してみた。
(・・・マリカやあのおじさんは置いておくとして、あのエイドって人はどう見ても人間じゃなかった。それにここには怪物もいる、つまりはここは自分がいた元の世界とは違うんだろう。じゃあ何で自分はここに来たんだろう?死んだらこの世界に来るのか?でも死後の世界にしては生き生きとしてるし、まず眠ったり出来ないだろうし。・・・あと、あの夢はなんだろう?賽がどうとか言ってたけど、あのドラゴンと一緒にいた影もなんなんだろう?)
そうこう考えているうちに、ようやく夜が明けてきた。輝く太陽が山の向こうから昇り、暗闇に溶けていた町を神秘的な光で照らし、都市の輪郭を描き出している。自分はこの光景に、悪夢が醒めるかような希望を感じた。
「…キレイだなぁ」
気がつけば、自分は涙を流していた。よくよく考えれば、最後に日の出を見たのは2年前の初日の出で家族と一緒に見たきりだ。自然と流れる涙と共に、忘れかけていた家族との思い出が溢れ、堰を切ったように涙が溢れた。もはや疑問やここに来てからの恐怖も疑問も、どうでもよかった。今はただ、声を上げて泣きたかった。