5話目
「・・・もう一度聞く、こんなとこで何をやってたんだ?」
足音もなく現れた、大柄で、人と狼を混ぜたような姿をしたその人物は、自分を睨みつけるように、前のめりになって自分を見下ろし、こう言い放った。
その声色も低く、犬が威嚇のために唸っているような感じだ。見た目は黒色の狼のようだが、顔の所々に痛々しいキズが付いており、自分を見下す瞳は血のような暗い赤色をしている。
カチャッという音が彼の腰のあたりで鳴った。何かを持っているのだろうか、金属が擦れるような音が、不気味な雰囲気をまとって耳に入ってくる。
「ふえ!?は・・えっ・・・と?」
突然目の前に現れ、かつ威圧感たっぷりに話しかけられた自分は、すっとんきょうな答えを返してしまった。まだ疲労と若干の酸欠で頭がくらくらしているが、この人(?)が怒っていることだけは分かった。・・・なぜかは全く分からないが。
二人の間に、鋭く、冷たい空間が広がった。もし自分が、何か彼の気に入らないことをすれば、間違いなくただではすまないだろう。最悪の場合、ここで第2の人生も終わりを迎えるかもしれない。
ピリピリと張り詰めた空気を、突然の泣き声が切り裂いた。どうやらマリカの妹が目を覚ましたようだ。急な大声に自分は肩をビクつかせた。・・・気のせいだとは思うが、人狼の方も肩が動いたように見えた。
「お・・おじちゃん・・・お兄ちゃん・を・・い、いじめないで・・・?」
声の主はマリカだ。マリカは自分の手をぎゅっと握りながら、人狼にむかって、おどおどしい口調で言いきった。
「あ!?誰がおじちゃんだゴラァ!!?」
ヤンキー人狼はおじちゃんと言われたことが気に喰わなかったらしく、マリカに向かって大声で怒鳴った。
マリカはその声に驚いたのか、プルプルと震えているのが手の感覚から伝わってくる。赤ちゃんは更に大声で泣きわめいている。
人狼があからさまにイライラしているのが分かった自分は「殺される」と覚悟を決め、マリカをかばおうとしたその時、少し離れたところから、別の誰かの声が聞こえた。
「エイドー!そこでなにやってんのー!!」
声の主はそう叫びながら、走ってこっちに近づいてきた。
「はぁ・・はぁ・・・。エイド、いきなりいなくなったから・・・心配したじゃないか。・・・単独行動は・・はぁ・・・控えてよね・・」
「はん?なんだよレイジ。こちとら怪しいやつを見つけたから尋問してただけだっつーの」
「エイド」と呼ばれた人狼と「レイジ」という人は、自分達そっちのけでいろいろと会話をしている。
彼は、見た感じ普通の人間と変わらず、簡単に言い表すなら『イケメン』の類いだ。鼻のラインがスッとしていて、爽やかで《優しい人オーラ》を全身に纏っている。身長も2m位はあり、人狼よりほんの少し小さく、自分より高い。
背中には、彼の身長と同じ位もの長さがある鞘を背負っている。昔部活動で剣道をやっていた自分だが、こんなに長いのは見たことがない。
彼らをまじまじと観察をしていると、エイド『氏』と話を終えたレイジ『さん』が話の矛先をこちらに向けた。
「エイド、この人たちは?」
「さっき話した怪しいやつらだ。聞いてなかったのか?」
「怪しいやつって・・・どう見ても子供と『おじさま』じゃないか。どんな目をしてたらこの人たちが怪しく見えるんだよ」
「・・・なんだよ、こいつらがあの村を襲ったやつかもしんねーだろ?」
「きみってやつは・・・。ならあれはどうやって説明すんのさ?」
そう言ってレイジさんは村の方を指差した。その方角では、サイの化け物が木で作られた村の門を粉々に壊している最中だった。
完全に論破されたエイドは、開いた口が塞がらない様子で、言葉を失ったまま村を見つめていた。
「で?他に何か言うことは?」
レイジのとどめの一言の後、エイドはばつが悪そうな顔を自分達に向け、「わりぃ」とだけ言って、村の方へ駆けていった。正確に言えば、風のような速さだったので音だけが残っていたのだが。
・・・あっという間にいなくなったエイドをポカンと見ていた自分に、レイジが話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、おじさま。怪我はないですか?」
「え、まぁ・・・自分は大丈夫のなんですけど、この子が足を怪我してます。・・・あ、あと、村の男性の方が意識がない状態です、今は草むらの中にかくまっています」
「分かりました。すぐに医療班が来ますので、僕と一緒にいましょう」
「あ、ありがとうございます」
オラオラと威圧的だったエイドの対応とは真反対な、朗らかな笑顔で安心感をあたえてくれるレイジの対応により、今までの緊張の糸が切れ、ポロポロと涙が零れてしまう。自分の後ろに隠れていたマリカも、グズグズと泣いているのが聞こえた。
それを見て、レイジは自分とマリカと彼女の妹とを一緒にして抱いてくれた。自分はさすがに、恥ずかしさのあまりに我に返ったが、マリカは声を出して泣き始めた。まだ幼い彼女にとって、この出来事はあまりにも辛い物だろう。
少し経った後、自分はレイジの腕から脱出し、さっきから気になっていることを聞いてみた。
「ところで、さっき『おじさま』って言ってましたが、それって誰のことですか?」
レイジはきょとんとした表情で自分を見た。昔から察しが悪い自分ではあったが、この表情で言いたいことに気づいてしまった。自分は彼にこう聞いた。
「・・・もしかして、自分のことですか?」