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31:月夜のお散歩

 紅茶とお菓子に満足して一息つくと、カグヤはコウキに問いかけた。


「コウキ、今日の夜は空いてるかしら?」

「え、夜っすか? 空いてますけど……」

「では、夜の十時半に迎えに行くわ」

「え、そんな遅い時間に何ですか……?」


 コウキは怪訝な顔をしている。カグヤは安心させるように微笑んだ。


「あなたとの、約束を果たしに行くのよ」

「約束って……」

「なんだあ、コウキ。おまえも隅に置けねえなあ。夜に女の子と約束なんて」


 工藤がにやにやしながら、カウンター越しにコウキを小突いている。

 以前の警戒心はどこに行ってしまったのだろうか。


「いやいや、そんな約束じゃ……あ!」


 コウキがぐるりとカグヤを見た。


「もしかして、お散歩っすか?」

「あらあなた、忘れてたの?」

「いえいえ、てっきり昼だと思ってたんで結びつかなかっただけです! 生きてる内にこの日が来るとは……!」

「お散歩って、なんかビジネス臭がするな」

「マスター! 何言ってんっすか!」


 悪い悪い、と全く悪びれない顔で工藤が笑った。それにつられてコウキも笑っている。


「では、十時半にあなたの家の前で待ち合わせね」

「りょーかいっす。ってカグヤさん、俺の家知ってるんすか?」

「知らないわ」


 カグヤは答えた。うわ、どや顔!とコウキが言っているのを視線で黙らせる。


「あなたがいるところがあなたの家なんでしょ? なら、そこを探していけばいいわ」

「なるほ……え? 俺がいるとこ、わかるんですか?」

「知ろうと思えば」

「カグヤさんにはプライバシー観念ってものがないんですか……」

「人のプライベートなことは、他人には言ってはいけないと知っているわ」


 コウキは首を横に振った。


「どや顔してますけど、それ教えたの俺じゃないっすか……。じゃあカグヤさん、この後俺んちまでの道教えますから、覚えてください! それで、俺の位置を探るんじゃなくて、その場所に十時半に集合にしましょう」

「わかったわ」


 カグヤは椅子から立ち上がった。コウキも慌てて立ち上がる。


「マスター、今日はありがとうございました! お茶もケーキもすっごいおいしかったです」

「本当においしかったわ。また頂きに来るわね」

「おうよ。おごりは今日だけだから、次はちゃんと金持って来いよー」

「わかってるっす!」


 そして、二人で店を後にした。




 コウキと二人で町を歩く。まだ夕方ではないが、日が傾きつつあった。


「あ、俺んち中汚いんで、外までのご案内になりますけどいいですか?」

「ええ、構わないわ」


 入らなくても見えてしまう、というのは、カグヤは黙っておいた。

 コウキだって、少し考えればわかるはずなのだ。


 喫茶店から歩いて五分ほどの所で、路地裏に入る。

 そこからすぐの所に古びたアパートがあった。一階の端の部屋の前で、コウキが止まる。


「ここが俺が住んでるとこっす。夜の十時半にここでいいですか? ちょっと危なそうな感じしますけど、住んでるのみんな夜のお方なんで、基本夜は静かです」

「わかったわ。では、夜十時半になったら外に出て来て。そうね……少し寒い所に行くから、暖かな服装で来て頂戴」


 散歩先を思い浮かべていると、カグヤはヒトが寒さに弱いものだったことを思い出したので付け加える。

 コウキは大きく頷いた。


 そこでコウキと別れて、空へ飛ぶ。今夜は絶好の散歩日和になりそうだ。

 肌を撫でる風から今日の天候を予想して、カグヤは少し、微笑んだ。




 夜、十時半。

 カグヤがコウキの部屋の前で待っていると、そろりと扉が開いた。

 コウキが辺りを伺うように顔を出している。


「コウキ」


 すぐ隣に姿を現して声をかけると、ビクリ、と肩が震えた。


「カグヤさん、驚かさないでくださいよー……」


 コウキが自分を落ち着かせるように息をついてから、静かに出てきた。

 カチャカチャと鍵を閉め、カグヤに向き直る。


「では、行きましょうか」


 カグヤがコウキに手を差し出した。

 コウキは一瞬ためらった後、その手に自分の左手を重ねた。

 自分より一回り大きなコウキの手を握り、カグヤは浮き上がる。周りのヒトからはカグヤ達の様子は既に見えないよう、力を使ってある。


「え、ええっ! もう行くんっすか?!」

「もちろんよ。覚悟を決めなさい」


 怖気づいたようなコウキだが、足は既に浮いている。


「うっわ、もう浮いてる……!」


 それに気づいてコウキが下を向いたとたん、カグヤは上昇するスピードを上げた。


「うびゃああああああ!」


 後ろでコウキが叫んでいるが、構わない。

 いつも飛んでいる高度――小山のさらに上くらいの高さまで昇る。


「か、カグヤさん、みみ、耳痛いっす!」

「あら、ごめんなさい。人って色々繊細なのだったわ」


 コウキは鼻を摘まもうとするが、右手のギプスが邪魔をしてうまくいかなかったようだ。

 カグヤはコウキを守る膜をイメージする。

 地上と同じ環境を維持できる膜だ。それがコウキをすっぽり包み込む。


「あ、なんか、良くなったっす」


 鼻をつまんでいたコウキが、手を離した。


「あなたに地上と同じ環境を維持する膜を張ったわ。体は大丈夫かしら?」


 カグヤはコウキの状態を確認する。問題なさそうだ。


「今は大丈夫っす」


 コウキが自分の体を見回して頷いた。


「では、行くわよ」

「あの、カグヤさん、少しゆっくりお願いしてもいいっすか。全力疾走じゃなくて、お散歩したいです」

「もちろん。さっきのはちょっとした冗談よ」

「いや、冗談には思えなかったっす……」

「あら、ちょっと手加減が足りなかったかしら? それよりも下を見てみなさい。あなたの町を」

「うっ、高い……けど、綺麗っすね」


 空には満月が浮かんでいる。

 眼下には夜も消えないネオンや街灯、ヒトが住む家々の灯りが煌めいていた。


「俺が住んでる町って、こんなんだったんっすね」

「この辺ではかなり大きな町だから、見ごたえがあるわね」

「東京とかだと、もっと明るいですよね?」

「なんていうか、光りすぎてて面白みがなかったわね。光と闇のバランスが、この街はいいの」

「光りすぎてもだめなんっすね」

「そうね」


 しばらく二人で眺めてから、カグヤは動きだした。


「コウキ、あなた初めて飛ぶにしては普通ね」


 ふわりふわりと飛びながら、カグヤはコウキに話しかける。


「いや、なんというか、これ夢? みたいな感じで実感ないです」

「あら、じゃあ手でも離してみましょうか」


 言うが否や、握っていたコウキの手を離す。


「うわったたた!」


 コウキが奇声を上げて、カグヤに縋りつく。


「大丈夫よ、私から離れても思ったように飛べるわ」

「あ、そ、そうなんっすね」


 カグヤの腕にしがみついていたコウキは、気まずそうに離れた。だが、その手はカグヤの袖を小さくつまんでいる。


「あの、空飛んでる実感がすごいんで、その……俺に安心感をクダサイ!」


 半泣きだ。からかいすぎたかしら、とカグヤは少し反省する。


「いいわ。最初みたいに手をつないでましょう」


 そうしてコウキの手を握りしめる。


「すいません、今俺手汗ヤバいっす」

「問題ないわ。乾燥させたから」

「そうっすか……」


 カグヤはコウキの手を握りなおすと、再び飛び始めた。


 色んな町を飛び越えていく。


 満月に照らされ、蒼白く光る山。

 町々の間を流れる大きな川。その上に架かる鉄橋と走る電車。


 飛ぶことに慣れて、色々見つけてははしゃぐコウキにカグヤは色々と説明をした。

 山々の中に満開の大きな山桜の樹を見つけて寄り道をしたり、誰もいない険しい山の頂に降りてみたりと「散歩」を満喫する。


「もうすぐよ」


 目的地があるとは伝えていた。散歩の終着点が見えてきたので高度を少しずつ下げる。


「ここよ」


 空中で、カグヤは停止した。

 コウキは目の前の光景に、言葉を無くしている。


「私のお気に入りの場所よ。ここから見る山と街と湖がとても美しいと思ったの」


 遠くに富士山が見える。

 その手前の湖を中心に町が広がり、キラキラと光っているが、一部を雲が覆っている。

 月の光を反射して、雲が青白く波打つ様子が良く見えた。


「すっごい、綺麗っすね……」

「今日は満月だから、雲の波が綺麗に見えるわね。秋になれば町を雲海が覆って、朝日に照らされて黄金の波が立つの。上から見たことがあったのだけれど、本当に美しかったわ」

「それ、見てみたいですねぇ……」


 しばらく二人は言葉なく、刻一刻と変わる目の前の景色を見つめていた。




お読みいただきありがとうございます。

毎日更新が厳しくなってまいりましたので、更新日はしばらく不定期となります。

申し訳ありません。

精進してまいりますので、今後ともよろしくお願いします。

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