25:似ている二人
翌朝になって、コウキの部屋を覗く。
コウキはまだ、難しい顔をしていた。
「コウキ、少しいいかしら?」
「っわ、びっくりした! もう、突然姿現すのやめてくださいよ、心臓に悪い……」
「あら、ごめんなさいね。こういう存在だから諦めて頂戴。……朝から難しい顔をしてたけど、どうしたの」
カグヤは正面からコウキと話すことにしたのだ。
思考は読まない。
何があっても、コウキとは対等でいたかった。
初めてカグヤの話し相手になってくれた相手への、誠意でもあった。
「いやあ、なんか、言いづらいんですけど……」
コウキが口ごもる。
カグヤはすっと身構えた。
「明後日退院って言われたんっすけど、家帰ってからの食事どうしようか悩んでて。食事作れないし、外食の試算したらすごい数字出るし。無職の人間にはほんと、辛い世の中ですよー……」
体の力が抜けるのを、カグヤは感じた。
思わずその場に座り込む。体が震えるのを感じた。
「え、カグヤさん、どうしたんっすか?! 崩れ落ちるとかそういうキャラじゃないっすよね? とりあえず、病院の床なんて汚いから立ちましょう?!」
「ふ、ふふ! コウキ、あなた、やっぱり、ふふふっ!」
「うわ、また俺のこと笑ってるよ……かぐやさん、知りませんよー、そろそろ回診の時間ですからねー、先生入ってきますよー、変な人だって思われますよー」
カグヤはひとしきり笑うと、立ち上がる。
「いいのよ、私は今、あなたにしか見えてないから。変だと思われるのはあなたよ」
「うぇ?! まさか、今日は他の人にも聞こえてるんですか?!」
口を押えて囁き声になったコウキに、また笑いがこみあげてくる。
「そんなわけないじゃない。カーテンを開けたら、あなたの声が聞こえるようになってるわ」
「うわ、なんだよ、びっくりしたー。カグヤさん、本当に性格に問題ありだと思いま……いえ、なんでもないっす」
チラリと視線を合わせると、慌ててコウキが口を閉じた。こみ上げる笑いを押し殺して、カグヤはコウキに向き直る。
「明後日、退院なの?」
「そうっす。昨日の夕方に先生が来て、そろそろ退院しよっか、ってかるーく決められました。特に不都合もないんでいいんっすけど」
「そう。富岡があなたの退院日気にしていたから、伝えておくわね」
「助かります」
「あなたが元気なのもわかったし、富岡の所に行ってくるわ。そうそう、工藤がね」
「いやいやちょっと待った! カグヤさん、プライバシーの侵害っすよ! ダメっす。そういう話は、マスター本人から聞くんで!」
「あら、そうなの。まあいいわ。とにかくうまくいったから、私はそっちも見に行ってくるわ」
「あ、そうっすか。良かったっす」
「ここから少し遠いのが難点ね」
コウキがあれ? というような顔をしてカグヤを見た。
「カグヤさん、某ネコ型ロボット的な、どこでも行けちゃう道具、ないんですか。てっきりあるのかと思ってましたけど」
「ああ、どこでも行ける扉の事ね。そういう力はないの。時空を歪めることは、私にはできないことよ。知りたいことを『見る』ことはできるけど、その場に行くには物理的に動かなければならないわ。見るだけでもいいのだけれど、臨場感を求めるには、やはり現場に行かないとね。見ているだけだと、声は伝えられないし」
思ったことは叶うが、時空に関することだけは、カグヤのできる範疇を超えている。過去に行くことも未来に行くことも、時空を越えることなので、できない。
永遠の命を与えることは、カグヤの力を使って、命の期限を無くしているからできる。だが、失われた命を再生することは時を巻き戻すことになるのでできない。そして命を作ることもできない。
「はあ、なるほど。千里眼はあるけど、ワープはできないってことっすね」
「ヒトの言葉でわかりやすく言うと、そうなるわね」
「カグヤさんも全知全能ってわけじゃないんっすねー」
コウキはへえ、と言いながら頷いている。
自分自身が何者かについては最近考え始めたから、本当の所はよくわからない。けれど、それを言うのはなんだか癪なので、カグヤは黙って頷いた。
「私にもできないことくらいあるわ」
「まあ、人間から見たら魔法みたいに色々できて、羨ましいっすけどね。空とか飛んでみたいっすよ」
「飛べるわよ」
「ですよねー、やっぱ無理っすよねー……今なんて言いました?」
コウキが急に真面目な顔をして聞き返してくるので、また笑ってしまった。
「だから、できると言っているの。飛ばすくらいなら理には外れないわ。それを他のヒトに感知させなければいいのだもの」
「え、じゃ、じゃあ」
「そうね、あなたの快気祝いにでも、空のお散歩をしましょうか」
「よっしゃあ! っいててて」
コウキがガッツポーズをするように右腕を振り上げたが、骨折した場所に響いたらしい。
左腕で右腕をさすりながら涙目になっている。
「あなた、本当に面白いわね」
「いつかその言葉、カグヤさんに返してやりたいです……」
「いつになるのかわからないけれど、あなたが死ぬまで待っていてあげるわ」
勝算低すぎっす! とコウキが嘆いている間に、部屋の外から数人が歩いてくるのを感じ取った。
「言ってた回診かしら? 私は一旦外に出るわね。またね、コウキ」
「わかりました。ばあちゃんによろしく伝えといてください」
「わかったわ」
カグヤは姿を消すと、建物の外へ出る。
外から見ると、ちょうどコウキの病室に数人の医師が入る所だった。
それを横目にふわりと上昇する。
昇ってすぐのところに富岡の病室があるからだ。
富岡は起き上がっていた。
「体調はもういいの?」
カグヤが外から飛んでくるのに気づいていたようだ。
姿を消しているカグヤと視線が合ったので、遠慮なく病室に降り立った。
「ああ。痛み止めの薬に体が馴染んでくれば眠気はなくなるとは言われてたんだ。まだ少し眠気はあるが、少しいいよ。熱も、解熱剤を飲んでだいぶ良くなった」
「そう、それは良かったわ」
「それでなんだい。何かコウキの事でわかったのかい?」
「退院日が、明後日に決まったそうよ」
富岡はそうかい、と頷くと、少し考えこんだ。
カグヤは部屋の窓から見える景色を眺めていた。
あまり気にしていなかったが、この病室からは中庭が見えない。
少し、残念だと思う。
「……明日、コウキに会いに行く。時間は看護師と相談になるから、看護師から伝えてほしいとお願いしてみるよ」
「わかったわ。コウキにはそう伝えておく」
富岡は再び黙り込んだ。
「あなたはそれで、大丈夫なの」
ふと口をついた。
富岡はゆっくりとカグヤと視線を合わせる。
「大丈夫じゃなくても、やらなきゃいけない時はある。……そりゃ伝えるか悩んだけどね。伝えたからこそできることがたくさんある。あの子とはもう八年、会えなかったんだ。残りの一か月くらい、いや、もう三週間と少しだね。それくらい一緒にいてもらわないと、割に合わないよ」
「割に合わない、ね。……あなたは、そういう人ね」
「もうこれでウン十年生きてきたんだ。今さら変えられることじゃないよ」
「わかったわ」
カグヤは頷いた。富岡はカグヤを見つめながら、念押しするように言った。
「言っとくけど、覗くんじゃないよ」
「いやよ」
富岡が眉を顰める。
カグヤは座っている富岡を見下ろしながら、続けた。
「コウキに秘密にしろと言ったのはあなた。そのせいで、私はコウキに嘘をつくことになったわ。どれだけ心が痛んだか。明日あなたが本当のことを伝えて、隠していたと責められるのは私よ。だから、私もその場所に同席するわ」
「……屁理屈じゃないかい」
「何を言ってるの。何かをしてあげたら何かを返してもらわないと、割りに合わないわ」
しばらく二人は見つめあったが、富岡がふっと視線を逸らした。
「……好きにしな」
カグヤは頷くと、ふわりと浮き上がる。
「あなたの邪魔はしないようにするわ」
「……全く、ヒトだったら容赦しないとこだよ」
「同じようなことを言われたことがあるわ。『おまえが女のなりしてなきゃ、殴ってるとこだ』って」
「そりゃ、言いたくなる奴もいるだろうさ」
「そういうものなのかしら。それでも、私はあなた達と関われることが嬉しいわ」
富岡が苦虫を噛み潰したような顔をした。
カグヤはその顔が、難しい顔をしていたコウキそっくりだと思った。
そう思うと、自然と口角が上がる。
「また、来るわ」
笑みを口元に残したまま、カグヤはコウキの病室へ向かった。
「コウキ」
スマートフォンをいじっていたコウキが、少し肩を震わせた後、カグヤを見た。
「……なんだか、突然の登場にも慣れてきた自分がいるっす」
「それは良かったわ。富岡は明日、来るそうよ。時間調整するから、看護師に時間を知らせてもらうって言ってたわ」
「そうっすか。ありがとうございます」
コウキは一瞬渋い顔をしたが、首を振って頷いた。
「どうかした?」
カグヤが尋ねると、困った顔をしながらコウキが笑った。
「ばあちゃんが来るのは怖いですけど、話すのはやっぱり嬉しいな、と思ったら、ちょっと複雑な気分になっただけっす」
「……たくさん、話せるといいわね」
「そうっすね。この間も色々話しましたけど、まだまだ聞きたそうにしてましたから。あーまた怒られるかもなあ」
そうね、とカグヤも笑った。
早く富岡がコウキに伝えればいいのに、と思う。
隠さねばならないことがあるというのは、こんなに落ち着かないものなのか。
反面、コウキが、できるだけ傷つかないほうがいいとも思う。
気持ちを切り替えるように首を振って、また来ると伝え、部屋を後にした。
少し雲の多い空は、日の光が遮られて少し肌寒いが、気分を変えるにはちょうど良かった。




