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21:伝えられない真実

いつもお読みいただきありがとうございます。

お待たせいたしました。再開です。

 富岡の病棟に着く。病室を探してうろうろしていると、川島が廊下を歩いていた。

 久しぶりに見かけて、少し懐かしい気持ちになる。

 しばらく探していると、ナースステーションの近くの部屋に富岡がいるのを見つけた。

 四人部屋だったが、それぞれカーテンが引かれていたので、カーテンの中で姿をゆっくりと現した。他の患者に声が聞こえないよう、力を使う。


 富岡は眠っているようだった。

 心なしか顔色が悪い。

 ベッドサイドには車いすが置かれ、いつでも使えるようになっているようだ。


 起きないかと見ていると、瞼が震え、ゆっくりと富岡が目を開けた。


「ああ、あんたかい。そんなところに立って、びっくりするじゃないか。声くらいかけなよ」

「眠っているようだったから、声をかけるか迷ったの」

「そうかい。それで、なんだい。まさか、コウキに何かあったのかい……?」


 富岡が体を起こそうとするが、力が入りづらいようで顔をしかめた。


「体が辛いのでしょ、横になったままでいいわ。コウキは大丈夫よ。昨日来なかったあなたを心配していたから、私が様子を見に来たのよ」

「ああ、昨日行くって言ってたもんね。だが、見ての通りさ。一昨日コウキの所から帰ってきたくらいまでは良かったんだが、どんどん足が痛くなってね。先生に、がんのせいで骨が痛んでるから、トイレ以外寝てなさいって言われたんだよ。それと痛み止めを増やしたのさ。足以外も、痛い所が増えててね……。そのせいで眠いんだよ。それに今日は熱もあるんだ。体がだるくて仕方がない」

「そうなの……大変だったのね。コウキに、あなたの病気については伝えていないのね? あの子、知りたがってたわ。私から伝えてもいいのだけれど……その様子だと、だめみたいね」


 カグヤの話を聞いていた富岡は横になると少し目を閉じて、あの子には、と続ける。


「あの子には、まだ伝えてほしくないんだ。先生に言わせりゃ、このだるいのも薬で良くなるし、眠気は体に痛み止めが慣れてきたら治まるって言ってたから……もう少しまともな状態で会いたいよ。それより、あんたに確認したいことがある」

「なにかしら」


 富岡がゆっくりと目を開けた。


「一昨日、あんたは私に後ひと月だと言った。それは、本当に正しいんだろうね」


 うつろな眼差しでカグヤを見つめてくる。

 急に変化した病状が不安だと、視線が伝えてくる。

 カグヤも富岡を見つめ返した。


「恐らく後ひと月、と言ったわ。けれど、その間意識が保てるのかはわからない。あなたはすでに、辛い痛みと闘っている。もしかしたら、最後まで意識を保てるかもしれないし、最後の数週間はまどろみの中にいるかもしれない。私は、今現在起きている事象なら、望むことは全てわかる。あなたに伝えたのも、あなたの状況と私が知りえる知識全てで出した答えだもの。けれど未来を予知することはできない。予知はできないけれど、かなり正確な予想をしている、と思ってちょうだい」


 カグヤが言い終えると、富岡はふい、と視線を逸らした。


「そうかい……じゃあ、今すぐ死ぬわけじゃないんだね。コウキには、あの子が退院する前に話しに行くよ。ちょっと先生と相談してみるさ。先は短いんだ、少しくらい、許してくれるだろうよ」

「わかったわ。では私からコウキへは伝えないようにする。今の状況をどう言えばいいかしら?」


 そうさね、と富岡は少し考えてから答えた。


「色々検査をしている所で、しばらく医者の許可が下りない、とでも言っておいておくれ。それから、コウキの退院日を教えてくれないかい」


 カグヤは頷く。


「コウキの退院はまだ決まっていないようだけど、近日中だとは聞いているわ。わかったら、教えに来るわね」

「ああ、すまないね、よろしく頼むよ」

「ええ……あら、面会かしら? また来るわね」


 こちらへ来るヒトの気配を感じて、カグヤは姿を消した。富岡には見えてしまうから、カーテンの外へ出る。

 入れ違いで、大学生くらいの若い女が入っていった。


「おばあちゃん、お見舞い来たよー」

「ああ、いつも来てもらってすまないね」

「いいんだよ。今日は講義も早く終わったし。だいぶだるそうだね。……え、熱あんの? 氷枕ぬるいじゃん。変えてもらってくるよ」


 チャポチャポと音がして、突然シャッとカーテンが開いた。

 一瞬カグヤを見たような気がして、慌てて天井へ飛びあがる。

 若い女はきょろきょろと辺りを見回したが、気のせいか……と呟き、ナースステーションへ向かっていった。

 カグヤは何となく、息をついた。

 まったく、富岡の周辺は勝手が違って仕方がない。

 あの女も富岡の肉親だろう。もしかしたら、コウキが言っていた妹かもしれない。カグヤに気づくヒトにこれ以上会うのは面倒だ。

 チラリと病室を覗くと、富岡は目を閉じて休んでいるようだった。カグヤはそのまま、窓を抜けて外へ出た。




 日はまだ高い。このままコウキの所へ、と思ったが、一度屋上へ行くことにした。

 いつもの場所から、中庭を眺める。

 日に日に濃くなる薄紅色が、毎日の楽しみだ。


「こんな小さなところにも、春はやってくるのね」


 カグヤが見てきたのは、大きなくくりでの四季だった。春夏秋冬で変わる山や海の色、都市を覆いつくす白い雪、青い空に大きくできた入道雲。

 そういったものに、美しさを感じてきた。

 今、カグヤがいるところからは、あの大きな窓のように広く見渡すことはできない。

 あの窓は見たいものを見せてくれる。小さな春は、以前のカグヤが見たいものではなかった。


 中庭という小さな世界で訪れる、春。

 桜は、この国で春を知らせる。この国のヒトにとって特別な存在だ。

 一年かけて芽吹き、花を咲かせ、そして散る。

 たくさんのヒトに見守られながら、散っていく。


「まるで、ヒトの人生の様ね……」


 風はまだ冷たいが、日差しは日に日に暖かくなっている。

 その日差しがゆっくりとカグヤを温めるのを、静かに感じていた。




 コウキの所へ向かうと、遅いっす!と怒られた。

 他の患者を気にしてか、慌てて口に左手を当てている。

 力を使っているから他の患者に声は聞こえない、と言ったら、早くいってください!とまた怒られた。

 本当に遠慮がなくなっている。


「もう、カグヤさんが行ってから心配で心配で……。ばあちゃん、大丈夫でした?い、生きてますよね……?!」


 その必死な様子がおかしくて、思わず笑ってしまいそうになる。けれど、コウキの真剣な顔を見て、カグヤも真剣な顔をした。


「なんか、なんかあったんすか」


 ごくり、と唾を飲む音がする。

 カグヤは表情を崩さず、ゆっくりと伝えた。


「検査を色々している所で、今は医師から外に出てはいけない、と言われているそうよ。また折を見て来るとは言っていたけど」


 コウキは一瞬理解できない、という顔をした後、はあ、と大きく息をついた。


「もう、びっくりさせないでくださいよ。カグヤさんの真顔、すごい迫力あるんっすから。まあいつもだけど。あー、めっちゃ心配したのに、なんか損した気分っす」

「なんだか、聞き捨てならないことが聞こえたかしら?」

「あ、いえいえ、美人が無表情は迫力ありますからね! 決してカグヤさんがどうのこうのとかそういう訳じゃないですからね!」

「そうかしら……まあ、いいわ。まだ検査段階なのだから、結果が出てから安心しなさい」

「そうっすね。まあ、ばあちゃんなら大丈夫っすよ。すっごい元気だったし。カグヤさん、様子見てきてくれて、ありがとうございました」


 コウキはほっとした様子で笑った。

 ちくり、とカグヤの心が痛む。こんなに笑顔で祖母の健康を信じているコウキに、カグヤは真実を伝えることができない。

 もし、コウキが本当のことを知ったら、何というだろうか。

 カグヤを責めるだろうか。なぜ、本当のことを教えてくれなかったのかと。


 カグヤはただ、頷くだけだった。




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