20:それぞれの約束と思いと
翌日、カグヤはあの喫茶店にいた。
店に来る前に、ちゃんとコウキの様子を見に行った。
富岡がいつ来るかわからず、戦々恐々として面白かったので、少しからかって遊んだ後、屋上へ飛ぶ。
いつものように、中庭を眺めた。
中庭の桃色は、昨日より色を濃くした気がする。
後一週間ほどで咲くだろうか。
日に日に近づく春を感じながら、日向ぼっこをしてのんびりした後、街へ出てきた。
時刻は夕方だ。工藤は店の中で自分のいれたコーヒーを飲んでいた。
朝からずっといたのか、ごみ箱にコーヒーの使用済みフィルターがいくつも捨てられている。
姿を消しているので、工藤にカグヤの姿は見えていない。
険しい顔をして床を見ている。
ずっと見ていても面白くないので、カグヤは壁を抜けて外へ出ると、ふわりと空へ飛んだ。
今日も月が綺麗だ。
昨日より少し太った月を眺め、煌めく街の光を見下ろし、物思いに耽る。
この光の下で、たくさんのヒトが生きて、そして死んでいる。
カグヤは、ヒトが嫌いだった。
カグヤが好む景色や四季を破壊していくから。
あの部屋の窓から見る、風景画をただただ汚してしまう存在だと思っていたから。
けれど、シムルがカグヤを止めた理由も今ならわかる気がする。
ヒトが生きる時間は短く、訪れる死は儚い。
だからこそ、ヒトは一生懸命生きている。
その短い時間を、信じるもののために生き、輝き続ける。
そうして、死を儚いだけでなく、美しいものへと変えてゆく。
風景画を汚しているかもしれないけれど、一人一人を見れば思わず愛おしく思ってしまう、そんな存在だったから。
ヒトの終焉を、カグヤは望んでいた。
この世に生きる全てのヒトを滅ぼすことを。
望めばすぐにでも叶う。
それこそ、自らが望んでいたように、派手な終焉を与えることだってできた。
けれどその終焉では、カグヤが見届けたい者達の人生が全うできなくなってしまう。
見送らなければいけない死は、寂しくて、切なくて、悲しい。
そして、途絶えた命はもう、永遠に戻ってはこない。
だが、永遠ではないからこそ、意味があるのだ。
カグヤはコウキには言えなかった。
永遠を、あなたにあげてもいい。
けれど、あなたが歩み始めた、キラキラした人生を見ていたい。
永遠を得れば、コウキは地上では生きられない。
だから、あげることはできない。
あなたとの別れを考えると、とても寂しくて、切なくて、悲しい。
何もできない自分と、訪れるであろう別れの予感に泣いてしまったのだと。
カグヤは、ヒトとは離れた存在だ。
今まで望んで叶わなかったことはなかったし、こんなに矛盾した気持ちを持つこともなかった。
けれど、地上に降りてから、様々な感情を得た。
まるで、ヒトのように。
新たな感情に、カグヤ自身が振り回されていた。
理を侵さなければ、望めばなんでも叶うのに。
「やっぱり、ままならないわね」
呟いた声は、夕闇に溶けていった。
夜も八時を過ぎたころ、喫茶店のドアを叩く男がいた。
保坂だ。
姿を隠したまま、カグヤも保坂と一緒に店に入った。
「すまない、遅くなった」
「いや、悪いな、来てもらって」
「ここが、おまえの店か……」
「ああ。十年前からここで始めた。家を出てから十五年だな」
「そうか……」
二人の間に沈黙が降りたが、どちらからともなく顔を見合わせる。
「……それで、どうするか決めたのか」
保坂がゆっくりと工藤に問いかけた。
その顔は不安と、少しの期待が入り混じっている。
「ああ」
工藤は頷いた。
そして、どう切り出そうかと考えるそぶりをし、そして、ゆっくりと保坂を見つめた。
「……一度、帰ろうと思う。会うかどうかは、行ってから決める」
「そうか。そうだな。それがいい。俺だっておまえに最初っから全部心を整えていけ、なんて言えないから」
保坂は頷いた。一番求めていた答えではないが、及第点、といったところのようだ。
「俺だって警官だ。いろんな奴に会ってきた。時間を置けば置くほど、色んな事が難しくなるのも見てきたさ。……それで、いつ行く」
工藤は顔を顰めた。
まだ、いつか決めていなかったようだ。
「まだ、決めてない。俺にとっちゃ、行くってこと自体が決断だったからな」
「そうか……では、明後日にしよう。俺が非番だから、おまえの足になってやる。おまえが決めたことも、ちゃんと見届けてやるよ」
明後日、と工藤は口の中で呟いた。
急だ、と思いながらも、そのくらいの勢いが大事かもしれない、との二つの感情が入り混じっているようだ。
「工藤、いいだろ。今まで俺にも心配かけてきたんだ。ちょっとくらい、俺のお願い聞いてくれたっていいじゃないか」
真剣な顔で保坂が工藤を見つめている。
それを見ながら、工藤は笑いがこみあげているようだった。
「……おっさんのお願いなんて、気持ち悪いがな。今まで俺の事覚えていてくれたんだ。聞かないわけにはいかないだろ」
保坂はあっけにとられたような顔をしたのち、破顔した。
「そうかそうか! じゃあ、早速予定詰めよう!」
「わかった」
二人で笑いあう。
工藤がコーヒーを淹れるために席を立った。
その隙に、保坂が涙をぬぐったのをカグヤは見逃さなかった。
「おまえが決心してくれて、本当に嬉しいよ」
心の底からの呟きに、背を向けた工藤が振り返らずに、言った。
「……今まで探してくれて、ありがとな。もう、俺の事なんて、みんな忘れちまってるもんだと思ってた……まさか、おまえが警官になってまで探してくれてるなんて、思わなかったよ」
「当たり前だろ。俺たち、幼馴染で親友じゃないか。何年経とうが、大人になろうが、変わらないものはあるんだよ」
お互い、顔を合わせずにそうだな、と笑い合った。
穏やかな空気に、カグヤは少し安堵する。
工藤が行かないと言ったらどうしようかと思っていた。
行くと言っても、行くのが遅くなって間に合わないなんてことも、ないとは限らなかった。
工藤が決断をして、日程が決まったことにほっとする。
これなら、間に合うだろう、と。
ヒトらしい感情に戸惑いながらも、それが心地よいと感じる自分もいる。
工藤がちゃんと母親に会えるのか、会って何を話すのか、確かめよう。
プライベートに口を挟むな、と怒られてしまうだろうから、こっそりと。
カグヤは二人を眺めながら、そう決めた。
翌日も病院を見回った後、コウキの元へ行く。
コウキはすでに大部屋へと移動していた。周りに聞こえないようにヒトの認識を調整しながらコウキに話しかける。
声をかけると暇っすね、と呆れた顔で言われたので、ヒトに必要な活動がカグヤにはないのだから、いつも通りだというと、驚かれた。
「それって、飯も食わなくていいし、夜も寝なくていいってことですか?」
「そう。夜は星空を眺めながらぼんやりしたり、遠くまで美しい景色を見に行ったりしてるわ。食事は、食べようと思えば食べられるけど、存在するのに必要なものではないもの。ヒトで言う嗜好品ね」
「はあ、そうなんっすか。べんりっすねー」
コウキは昼食を食べている所だった。
右利きのだがケガをしているため、左手でおにぎりを持ち、食べている。
どうやら、食べやすいような食事に変更してもらったらしい。
箸なんて絶対使えないっす、と言っていたから、良かったのだろう。
「それで、昨日、富岡は来たのかしら?」
「富岡って……おれも富岡なんですけど、ま、いっか。昨日は来なかったんすよ。一昨日あんなに元気だったから、絶対来ると思ってたんですけど」
「あら、そう……一昨日無理しすぎたのかしら?」
「いやあ、ちょっとその辺は。ばあちゃんの病名聞いても教えてくれなかったし。『私の事なんていいんだよ! 元気に見えるだろ!』って。あれ、ばあちゃん、結構やばめな病気だったらどうしようって、急に心配になってきました。カグヤさん、何か知ってます?」
不安そうな顔でコウキが聞いてくるが、カグヤは答えて良いものか悩んで、隠すことにした。
「そういうプライベートなことは他人に言っちゃだめって、あなた一昨日言ってたじゃない」
「うっ……そうですけど、身内ですしー」
「富岡があなたに話していいって言うようだったら、話してあげるわ。ちょっと様子見てくるわね」
「ぐうの音も出ない正論です。本当は俺が行けばいいのかもしれないんですけど、病棟知ってるのカグヤさんだし、ばあちゃんの病室行っていいのか、ちょっと迷うっていうか……すいません。お願いします」
コウキが頭を下げた。
カグヤはそれに頷くと、姿を消して富岡の病棟へと移動を始めた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
所用で一週間ほど更新ができなくなります。
毎日更新を謳っていたのに、申し訳ありません……。
再開は6月25日(月)を予定しております。
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