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異世界入場?

 武たちはさほど時間をかけずに有宝村の西部まで来れた。東部から北部まで三時間ほどかかったためある程度は覚悟したが、あまりの近さに武は思わず拍子抜けしてしまう。

 もちろん対祓滅女の妨害もあったし、それに加えて速を使ったとはいえ、それでも三十分足らずで着くとは思っていなかった。さっきとはえらい違いだ。


「近いもんだな」


「まあな。有宝村は結構歪な形をしてるからな。東部から北部に行くより、北部から西部に行く方が遥かに近いんだよ」


「なるほどね」


 武は納得したように頷きながらも目の前を見る。武の眼前にあったのは小さな鳥居だった。しかし、その向こうに神社らしきものはない。麓に鳥居を作って山の上に社があるというタイプの神社もあるが、それも違うようだ。それどころか参道らしきものさえ見当たらない。


「何だ? あの鳥居は……」


「あそこから入るんだよ」


「入る…… ね。さっきは答えてくれなかったが、いい加減教えてくれないか? どこに入るんだ?」


「そんなもの決まっている。異世界さ」


「!」


 異世界。天成の口からたやすく紡がれるその言葉に武は驚愕を露わにする。何しろ、記憶を取り戻すまで――否、記憶を取り戻してなお悩み続けている言葉だ。それを何の前触れもなくいきなり言われれば、誰だって動転するだろう。

 知ってか知らずか――いや、確実に武の動揺を知った上で天成は話を続ける。


「今回の一件は異世界の中にある物が原因で起きてる。それを今回、お前さんに解決してもらいたいんだよ」


「…… 俺に? お前らじゃダメなのか。それにまだ原因は分かってないんじゃなかったのか?」


「とぼけなくていい。意趣返しのつもりか? お前だって、今回の一件も仕組まれたものだということくらい分かっているだろう」


 当然分かっている。あの軍王の一件ほどではないが、この件も不可解な点はある。祓い師は連携が難しいとされ、共同任務の際はその組み合わせに苦労するとされているにもかかわらず、面識が全くない祓い師たちを組ませたこと。不自然なまでに広がる噂とそれに対する過剰な対策。そして、白い呪力の認知範囲の不可解さ。武がこの世界で知っている限りのことを付き合わせると全てが不自然だ。二つ目はともかく、他の二つは擁護する理由が見つからない。



 確かに祓い師は利己的で救いようのない愚図しかいない。だから、ちょっとの噂でも相手を追い落とせそうなら何の躊躇もなくその隙をつくし、自分の身に危険が及びそうなら何の躊躇もなく相手を排除する。だから、無責任にもほどがある噂を口実に捕縛にかかるのは何らおかしくはない。ゆえに、二つ目の理由は説明をつけようと思えばつけられる。だが、それ以外はまるで理解不能だ。それにこれ以外にも不自然な点はある。

 一応、これらを実現できる方法はある。あまりにも突拍子もない方法だが、武が薄々感じていた違和感の一つを基に考えれば納得はいく。だが、その場合必然的に何者かが裏で手を引いていなくてはおかしいことになる。だから、武はこの一件が仕組まれたものだと考えざるを得なかった。



 武の思考とは裏腹に天成はあっけらかんとした口調で口を開く。


「まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも、さっさと中に入るぞ」


「それは構わないが、どうやって……」


「見れば分かるだろう。あの鳥居をくぐるんだ」


 長い間沈黙していた織珠が突如口を開く。あまりに唐突だったために一瞬武は驚くがすぐに笑う。


「なるほど。確かに言われてみればそれしかないな」


 今、武の視界に入る中で目立つのは山の麓にぽつりと立つ鳥居一つ。逆に鳥居以外にそれらしい物がなかったからこそ、裏をかいて他に入口があるのではないかと考えたが杞憂だったようだ。

 そもそも話の流れからしても、鳥居が重要な役目を果たしているのは目に見えている。


(鳥居といえば、あの神社でも強い違和感を感じたな)


 正確に言えば既視感だが、武にとってはどっちも変わらない気がした。何しろ、実際にその後に強い違和感が武を襲ったのだから。

 まだこの世界に来て間もないころの話だ。美夢に神殿地区の街を案内された際に出向いた明神神社で強い既視感を感じた。そして、気分が悪くなるほど強い感覚に襲われた武はその後しばらく寝込んでしまった。今となっては懐かしい話だが、それだけですませてはいけない話だ。おそらくは忘却の記憶の中にこの話の答えがあるのだろう。ならば、いずれはあの神社の秘密も思い出さねばならない。



 こうして考えるとやはりまだまだ思い出さなくてはならないことがあるなと思いながら、武は他の三人(・・)とともに鳥居の中へと入る。


「くっ……」


 鳥居に入った瞬間何も見えない闇に視界が覆われ、同時にひどい胸の痛みが武を襲う。武は思わず胸を押さえるが、他の人間は気にした様子もなく進んでいく。いや、進んでいくようだといった方が正確か。呻き声を上げる武に構わず、すたすたと歩く複数の足音だけが聞こえてくる。武はその足音が歩く方へと向かう。武の予想に反して、大した距離を歩かずに闇を抜けることができた。


「ここは……」


 見覚えのある街だった。平屋に近い建物が数多く散在しながら、決して都会とは呼べないが田舎というわけでもない街。来たのは一度きりの上に他に強いインパクトのある出来事があったためうっすらとだけしか覚えていないが、ここは紛れもなく軍王家が統べる街・王臣地区だった。


「どうして、ここに……」


「ここで、お前に任務をやってもらうんだよ」


「!」


 突然天成に声をかけられ、武はさすがにびっくりする。だが、そんなことよりも天成は気になる言葉を言っていた。


「お前…… って。俺一人でやれってことか?」


「ああ。というより、お前しかできないんだよ。俺らがしてやれるのはここまでだ」


 織珠も何も言うことがないのか無言で武を見つめている。どうやら、本当に自分一人で村の問題を解決しなければならないらしい。

 とはいえ――。


「俺にどうしろと言うんだ」


「何、簡単な話だ。お前には俺らの家をモチーフにしたあの城に入って、中にある物と接触してほしいんだよ」


「中にある物?」


「城の中に入れば嫌でも分かるさ。心配するな。お前には心強い助っ人がいる」


「誰だ?」


「それも城に入れば分かる」


 天成はそれだけ言うと口をつぐんでしまう。織珠に至ってはもはや武に視線を合わせようともしない。どうやら、これ以上の問答は時間の無駄のようだ。


「分かった。それなら行ってくるとしよう」


 武はそれだけ言うと悠然と眼前にそびえ立つ城へと向かう。こうして歩くと、奇襲という名の正面突破をかけた一月前を思い出す。あの時と違い、目を血走らせてこちらを見てくる人間はいない。そして、効果があるのかどうか分からない気配消しもやる必要はない。ただ城に向かって歩くだけでいい。

 助っ人とやらが何者なのか。多少の興味を惹かれながら武はすたすたと王臣地区を再現した街並みを歩いていった。






 ○○○○○


 城に着いた。おそろしいほどにここまで何もなかった。となると、やはりこの城に村の問題(大量不審死)の全てが凝縮されているとみて間違いない。ならば、この城に入るには相応の覚悟が必要となる。

 多少の障害ならば今の武のとっては何の脅威にもならない。だが、ここは異世界。異世界の中で作られた異世界だ。つまりは何者かの支配下である可能性が高い。街一つに匹敵する空間を創る実力者。そんな人間の支配下におかれていては、武も平穏無事に事をすませられるとはさすがに考えられなかった。


「まぁいい。とりあえず入るか」


 武は前回同様正門から入り、城を目指す。だが、前と違って止めようとする人間も襲ってくる人間もいない。それがかえって不気味に感じた。だから、武は今回は焦らずにゆっくりと歩く。どうせ、以前と違って時間制限はない。多少時間が延びたことで犠牲者が増えたところで武のあずかり知るところではない。

 前はのんびりと見ることもできなかった庭を突き抜け、城に入る。



 城の入口の前の階段を三段上って入る。

 ゆっくりとした足取りで入る。

 足音をできるだけ立てないように入る。

 右足から入る。

 左手から入る。

 入る。

 入る。



 …… 武ができたのはそこまでだった。たった一歩。たった半身、体を城の中に入れただけで武は硬直する。

 別に何か攻撃を受けたわけではない。何らかの麻痺毒を食らったわけでもない。単純に動けなかった。



 その理由は単純明快。武の頭の中に凄まじい奔流が巻き起こっていたからだ。


「………………」


 だが、不思議と痛みはなかった。体調にも異常はない。気分も悪くはなかった。頭の中だけはぐるぐると回っていたが不快な気分にはならなかった。

 そして、少しして武は全身から力が抜けその場に崩れ落ちる。だが、その顔には凄絶な笑みが浮かんでいた。何もかも全てを思い出した顔。何もかも全てを掌握した顔。何もかも全てを――。


「…… ようやく、受け取れた」


 武はゆらりと立ち上がる。全身から白い呪力が放出される。だが、今までの白い呪力(それ)とは明らかに違った。



 白い呪力は刺々しく彩られ、禍々しい気を放っている。そして、生半可な人間では直視することすらできないほどおぞましかった。口元は大きく歪められ、その目は全てが真っ赤に塗りつぶされていた。髪も血のように真っ赤に染め上げられ、逆に右腕は真っ白に染まり五つの指からは鋭利な爪が生えていた。さらにその右腕から胸まで真っ白な胸当てが出現し、全身真っ赤に染まった浴衣を身に纏っていた。



 とても人とは思えない異形な姿をした武は小さくため息をつくと、一瞬で元の姿に戻る。その姿は先ほどまで同様でとても同一人物とは思えない。

 武はそのまま前方を向くと、迷いのない足取りで中を進み、階段を上がる。階段を上がったところで前回同様人が待ち受けていた。前回と違うのは、その人物に武に対する害意がないということだけだ。

 武は特に驚いた様子もなく昔からの付き合いであるかのような振る舞いでその人物に声をかける。


「よう。待ったか? 権藤」


「いえ。私も今しがた来たところでございます。武様」


 助っ人――権藤は眼鏡を中指であげながらそんなことを言う。武はそんな権藤に対して、小さく笑いかけた。

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