案内人とクルイ
武は権藤と顔をあわせてもすぐに動こうとはしなかった。それどころか、まるで世間話をするように核心に迫る言葉を口にする。
「いや、お前のことは権藤と呼ぶべきではないのだろうな……。そうだろう? 案内人」
「やはり、お気付きでしたか……」
「気付いたというより、思い出したっつーべきだな。この城に入った途端に全てを理解したよ」
「なるほど。それは何よりです」
案内人。武があの白い空間で目を覚ました当初からずっと武に声だけをかけていた人物。武は正体も姿すらも不明だったその声の正体を権藤だと言い放ち、権藤も素直にそれを認めた。
「それで? 天成曰くお前が助っ人らしいが、お前は何をしてくれるんだ?」
「言わずとも既に承知しておられるでしょう」
「確かにな。愚問だったか」
武はくくっと喉を震わせるように笑う。権藤は何も言わない。武はそんな権藤を見てもう一度だけ笑うと、話を再開する。
「さて、長話もなんだ。とりあえず会いにいこうか。愛しくて愛しくてたまらない『彼女』にね」
武がそう言って歩き出すと、権藤は無言でついていく。彼らの今の目的は一つだ。ならば、行き先などとうの昔に決まっている。
武は前回は足を運ばなかった三階へ向かうために階段を上がる。三階へと上がると武は閉じられた襖を目にする。三階は階段とその周囲の廊下をぐるりと覆うように作られた一室しかなかった。
武は平然とその襖を開ける。すると、眼前に紫の小さな光が見えた。その光は小さかったが、同時にとてつもなくまぶしかった。その様子はまるで武を強く警戒しているように見えた。
それを見た武は瞑目し笑う。
「そう怯えるなよ。俺にお前への害意はない。それくらい、お前だって分かってるだろ?」
「……」
光はいくらか暗くなった。しかし、それ以外に何の変化も見られない。
「やれやれ。さっきよりはいくらかマシになったが、随分と警戒されているようだな。そんなに俺が信用できないのか? クルイ」
武が静かにそう尋ねる。しばし静寂が続いた後に光が突然肥大化する。光量は変わっていない。だが、明らかにただ事ではない事態に武も権藤も動じる素振りを見せなかった。
光が消え、その場にいたのは武にとって見覚えのある少女だった。水色の髪を持つ美しい少女。武は少女を見た途端にそれまで見せたことがないほど穏やかな笑みを浮かべた。そんな武を見て、少女は不満そうに頬を膨らませて言う。
「武……。遅い」
「悪い悪い。俺もいろいろあってな。今回は水の姿をしているんだな」
「ワタシは何者でもあり何者でもない。そんなことを聞くことに意味があるんだ?」
「はいはい。無駄話をして悪かったよ」
ふくれっ面で明らかに拗ねているクルイに武は苦笑いをしてしまう。同時に武は彼女が最初に姿を見せなかったのは怯えていたのではなく、長い間姿を見せなかったために拗ねていたのだと気付いた。
だが、それを指摘すればさらに面倒なことになるのは目に見えているので何も言わない。今回の武の目的は彼女だ。事を円滑に運ぶためにも余計なことは言わない。
「まあいいさ。それで? 何でこんなわけの分からないことをしてるんだ?」
「決まっている。ワライの目的を成し遂げるための力になるためさ」
「ワライの目的……」
思い当たる節が山ほどあった武は思わず考え込む。だが、その中でもっとも可能性が高いのは一つだけ。
権藤がその可能性を口にする。
「ワライ様は復讐をなさろうとしているのだと思います」
「やはり、そうか」
それ以外にありえないとは言わないが、どう考えてもワライは憎んでいる。どうしようもなく苦しむほどに。
それならば、彼がやることなど一つしかない。それ以外にすることなど彼にはないだろう。
「まぁ、俺も奴がやろうとしていることについて否定するつもりはない。おそらく俺のせいなんだろうからな」
武は先ほどの穏やかな笑みを消し、どこか陰りのある表情になる。どうやら、彼には何か悔いがあるようだ。
「違うよ。武のせいじゃない。分かってるでしょ? 本当に悪いのはあいつらだってことを」
「確かに奴らも一因を担ったかもしれないが、そんなもん些細なことだ。あいつにとてつもなく重い業を押しつけちまったのは他でもないこの俺だろ?」
「それを言い出すのならワタシもだよ。だけど、あいつはワタシたちが思っているほどワタシたちを恨んではいない」
「そうか」
武は小さく嘆息する。だが、その表情に安堵の色は見られなかった。ただ後悔の色だけがその表情を支配していた。
武は深呼吸をすると、表情を一変させ再び穏やかな笑みを浮かべる。だが、その笑みが無理して作られた物であることは明らかだった。しかし、クルイも権藤もそれを指摘するような無粋な真似はしない。
「この話はここまでにしよう。そろそろ本題に入ってもいいか?」
「ああ。分かっている。要はさっさとこの村の人間を皆殺しにしろということだろう?」
「その通りだ」
武はクルイの言葉を肯定する。今回の村で起こっている大量不審死事件。任務はこの問題を解決せよというものだった。武は最初この任務を村人たちを助けるというものだと解釈したが、冷静に考えれば冷酷非道な祓い師たちが――彼がそんな殊勝な任務を与えるわけがない。実際に受け取った任務書には有宝村の村人の命を救えとは書かれていなかったし、天成もそういったことを一言も言っていない。つまり、問題の解決が指す意味とは村人の救済ではなく村人の抹殺だ。
「だが、今の状態では早期決着は難しい。そこで俺と権藤――案内人の二人が呼ばれたというわけか」
「ご明察。さっそくで悪いが力を貸してほしい」
クルイの言いたいことは分かっていた。そして、彼女が二人に何をしてほしいのかも分かっていた。
それゆえに、武は何のためらいもなく自身の右手をクルイの左手に重ねる。
「案内人。調整は任せる。俺はこいつに力を注ぐ」
「かしこまりました」
武の指示を受けて権藤は人差し指と中指を立てた状態で右手を武の方へと伸ばす。刹那武と権藤の二人から白い呪力が迸る。クルイは目を閉じてその呪力を受け入れる。
瞬間的にクルイから絶大な呪力が放出され、城の部屋を一瞬だけ真っ白な光が包む。光が消え、クルイの全身に白い呪力が纏われているのを視認した武はいたずらっこのような笑みを浮かべた。
「これだけあれば、たかだか二千万人程度なら一瞬で殺せるだろ?」
「もちろんだ」
二千万人。それが有宝村のおよその人口だ。二千万人もの人間が住んでいるとなれば相当な大都市だが、彼らにとっては何の障害にもならなかった。
「さあ、楽になれ。愚劣な有宝村の民たちよ」
どこか芝居がかった調子でクルイは謳う。その瞳には慈悲が込められていた。
どうしようもない。救われない魂を慈しむようにクルイは静かに謳う。
須臾にも満たない時間、クルイは呪力を肥大化させる。その呪力は異空間を抜けて有宝村全体を包み込む。
呪力は一瞬で消滅する。その後に有宝村に残ったのは静寂とむなしく照らし続ける照明器具だけだった。
有宝村にいた人々の終わりはあっけないものだった。最初は武も終わったかどうか分からなかったほど自然に彼らの命は終わった。
「これで任務完了か?」
武は静かにそう尋ねる。クルイは小さく笑いながら頷く。
「天成や空我が言ったことが事実ならそうなるな」
「そうか。なら、これから少しの間暇になるな」
武は両腕を上げて伸びをする。体のあちこちが凝り固まっている。どうやら、この村での一件で記憶と力を全て取り戻したことで相応に疲労しているらしい。
「まぁ、しばらくは休むか。退屈になったら、あいつが何か催しをしてくれるかもしれないしな」
「そうだね。多分本格的に動きはじめるのが一ヶ月後くらいだから、それまでは適当にのんびりしていたら?」
「やっぱり、『あの日』に照準を合わせてんのか」
「ワタシはそう聞いてるよ」
武は小さく肩をすくめる。心底呆れた顔で言う。
「まったく。終わらせようと思えば今すぐにでも終わらせられるだろうに。それだけ、あの日にこだわっているということか?」
「こだわっているというより、終わらせたいと言うべきでしょう。ワライ様もサケビ様もあの日を悔いなかった日はありませんでしたから」
「そうか」
過去は二度と取り戻せない。武は自分がやったことに後悔はなかった。あれこそがあの時一番正しいことだと今も信じている。だが、それでもあんな悲しい怪物を作ったのは自分の行動が原因なのだろうと思っているのも事実だった。
結局、自分の弱さが全ての元凶なのだ。今と同じくらいの強さを持っていれば、きっとこんなことにはならなかった。
「過ぎたことは仕方ない。今を精一杯生きるより他にないんだ」
武は自分に言い聞かせるように言う。そして、さらに一言。
「だから、俺は自分の信念を貫くために生きるとしよう。たとえ、それがひどく独善的で救いようのないものだとしてもな」
武はそれだけ言ってクルイに背を向け、部屋から出ようとする。
「これからどうする気だ?」
クルイはそう言って武を呼び止める。武はクルイの方を振り向くと小さく笑う。
「言ったろ? しばらく休む。八月になったらまた動くよ」
今日は六月二十五日。休息時間はたっぷりとある。それだけあれば思考時間としても使えるし、暇つぶしに何かをやってもいい。
「じゃあな。クルイ。また藍岸で会おう」
「分かった」
「行くぞ。案内人」
「かしこまりました」
武と権藤は悠然とその場から去っていく。クルイは二人の後ろ姿を微笑みながら見つめていた。
目的達成の時まであと一ヶ月――。
次回、第四章最終話です




