対峙する武と座子
座子がいると思われる旅館に入っても武は容赦がなかった。ずかずかと入ってくる武を呼び止めようとした受付の女性たちを惨殺し、そのいざこざを聞いて駆けつけた警備員の首も遠慮なく引きちぎった。ロビーで叫んでパニックを起こす客のうち自分の進路を塞ぐ者を殺すとそのまま中へと入っていく。普通に考えればとても目も当てられないほど残虐非道な行為だが、二人はその様子を――天成は面白そうな顔で、織珠はつまらなそうな顔で見ていた。この二人の肝も大概座っているようだ。
中に入り、追いかけてきた警備員たちを排除しながら突き進むとすぐに座子がいると思われる部屋の前に到着した。
「ここに奴がいるのか」
「そのようだな」
武の呟きにどこか投げやりに天成が答える。武はそんな天成を見て思わずくくっと忍び笑いをしてしまう。
そんなことを確認することに意味はない。
そんなことを尋ねることに意味はない。
結局、何もかも全てに意味がない。
意味があるとすれば、それは救いようのない独善だけだ。
それが分かっているからこそ、武はあえてそんな無意味なことをしたのだ。別に大した動機があるわけではない。ただ何となくそんなことをしてみたいと思っただけだ。
武は戸を開ける。昂ぶりを抑えきれないという表情で。獲物を逃さないという表情で。そして、中に開けると座子があぐらをかいて待ち受けていた。
「思ったより早かったな」
「そんなことはないさ。何しろ、あそこまであからさまに呪力をぶつけられていながら三時間もかかっちまった」
座子が呪力を放出したのは武がこの施設にやってきてからだが、あえてそんなことを言う。徐々に意味もないことをしはじめているのは、武が元に戻った証だろう。
自分が正しいと思ったことをやる。
だが、その正しいこととは何なのか。それを探すために武は無意識の内に無意味なことをやるようになっていた。けれど、それは他の人間とて同じだ。人は皆無意味なことに意味を見出す。だから、武がこういったことをやるのは人間味を取り戻した証でもあった。
「まあいい。それで覚悟はできてるんだろうな?」
座子が醜悪な笑みを浮かべてそんなことを聞いてくる。武は薄ら笑いを浮かべ、その問いに答える。
「ああ。お前を殺す覚悟ならもうできてる」
「よく言った!」
両者は同時に飛び出す。生身のまま、互いに拳を振るい空いた手で相手の拳を受け止める。膂力は武の方が上回っていたが、座子は衝突寸前に拳を発動させパンチ力を強化させたことによって互角の押し合いを演じる。
しかし、それは逆にいえば――。
「覚悟はしてたが、マジで馬鹿力だな。拳で強化した程度じゃお前の生身のパンチ力と五分にしかならねえってか」
「怖じ気づいたのか?」
「んなわけねえだろ!!」
座子は体をひねって武の両手から離れると脇腹めがけて蹴りを放つ。武がそれを受け止めようとしたところで座子は蹴りを止め距離をとる。
(蹴りは間合いをとるためのフェイクか)
武は内心舌打ちしながらも余裕の表情を浮かべる。今の立ち合い。完全に武が優勢だった。まだ座子の力の底をみたわけではないがそれでも負ける気はしなかった。
だから、思わず笑みをこぼしながら挑発する。
「どうした? あの弾丸を使わないのか?」
「ああ。渉との戦いで見せた奴か。見たいなら見せてやるよ」
座子は呪符を取り出し、自身の周囲に無数の弾丸を生み出す。一発しか出していなかった渉戦とは違い、数十発もの弾丸を周囲に浮かび上がらせ従わせる様は圧巻だった。武はわずかに驚きを見せるが、すぐに笑みを浮かび直し白い呪力を放出する。それを見て座子は弾丸を一斉に撃つ。武は左腕で横薙ぎに払った際に生じた衝撃波だけでその弾丸全てをかき消す。座子は予想がついていたのか、第二手を打っていた。
「!」
「かかったな」
武は突然体が動かなくなる。それどころか白い呪力が消える。
「俺の祓己術は相手の呪力を操るものなんだよ。だから、不用意に攻撃を受ければそこを起点に相手の自由を奪うことすらできる」
完全に油断していた。かつての歓楽戦副将戦でも似たような状況になったのに武は再び同じ過ちを繰り返してしまった。だが、そんなことは今の武にとって関係のないことだった。
「…… それがどうした?」
「!!」
武は無理矢理体の自由を取り戻すと両手を大きく広げる。そして、先ほどよりも大きな白い呪力を放出させる。
「もう関係ないんだよ。お前にはいろいろ聞きたいことがあったが、まあいい。どうせ、もう少し待てば嫌でも分かるだろ」
武はそれきり黙り込む。そして、絶大な呪力を纏った左腕を振りかぶると座子の方へと思いっきり振るう。
それだけで十分だった。座子はどうすることもなく武の左腕から放たれた巨大な呪力と衝撃波に飲み込まれ姿を消した。同時に旅館にも大きなダメージが加えられ、たった一撃で崩壊寸前になる。
しかし、残された三人のいずれも慌てる素振りを見せなかった。
「あーあ。これ、結構犠牲者が出るぞ。確か部活の合宿か何かで複数の大学の生徒たちがここに泊まってるって話だしな」
「どうでもいい。さっさと行くぞ」
天成の軽口を織珠は咎める。武は無言で部屋から抜け出す。二人もその後を追う。
その後は阿鼻叫喚の嵐だった。ちょうど行事の休憩時間のタイミングだったこともあり、運悪くこの旅館に来ていた三百人もの客やスタッフが為す術なく崩れてくる瓦礫の下敷きになっていく。
崩落に対する客たちの反応はさまざまだった。何が起きたか分からずに無反応で瓦礫に脳髄を潰された者。崩落に気付き死にものぐるいで逃げようとしたものの、逃げ切れずに瓦礫の破片に全身を切り刻まれ押しつぶされた者。神に祈りながら巨大な瓦礫の山に飲み込まれた者。面白いほどにその反応はバラバラだった。
一つだけ共通していたのは、なぜこんなことになったのか誰も理解できずにその命を散らしたということだ。死者七百人越え。生き残った者は一人もいなかった。
だが、武たちはこの惨状を外から見ていてなお何も思うところはない。むしろ、天成に至っては愉快そうに顔を歪めて笑っている。
「絶景だねぇ。本当に惜しい。できることなら、酒の肴としてのんびりとこの素晴らしい映像と音楽を楽しみたかったんだが」
「あんた成人してるのか?」
「してねえけど、これでも十九だぜ? あと二月で二十歳だ。酒飲んでも文句はねえだろ」
少し離れたところにいるとはいえ、二人の会話幅に似つかわしくないほど呑気なものだった。今、三人は有宝村北部の市街地にいたが、突然の崩落事故にこちらも混乱に陥っている。そんな中で落ち着き払って、のんびりとしている三人は誰の目にも異常に映った。
しかし、彼らに構っている暇は誰にもなかった。いつ崩落してきた旅館の瓦礫などが下の街に落ちてくるかも分からないのだ。できるだけ遠くに逃げるより他にない。
「さて、意図しなかったとはいえ大量殺人をした気分はどうだ?」
「…… 別に。いつも通りだよ」
にやにや笑いながら聞いてくる天成の問いに対する武の答えは素っ気ないものだった。武は旅館に多くの大学生たちが宿泊していたことなど知らない。崩落すればどうなるかの予想はさすがにつくが、たかだか拳一発で大きな旅館が崩落することなど予想しようがないし、そもそもそんなこと知ったことではない。武のやることはただ一つだけだ。
だから、彼が特に何も思っていないのは事実だ。多くの人間を無差別に殺した程度で彼の信念は揺らがない。
そもそも、この程度で揺らいでいては武は前世を生き残ることなどできなかった。
「そうか。じゃあ、ひとまず第一段階は終わったことだし次に移ってもいいか?」
「ああ」
そう。これでまだ彼らの任務が終わったわけではない。彼らが受けた任務は二つ。一つ目が対祓滅女を牛耳っていた座子を始末すること。そして、もう一つがこの村を苦しめている謎の大量不審死の問題を解決することだ。
先ほど大量の死人を出しておきながら、大量の死人が出ている問題を解決しようなどと甚だ滑稽な話だったが、そんなことを言って水を差す人間はこの場にはいなかった。
「それで、不審死事件を解決すると言ってもどうするんだ?」
「そうだな。とりあえず西部に向かおう。本来はあそこから入るつもりだったが、あの騒ぎじゃ少々面倒だ。それにどっちからでも結果に変わりはない」
「入る? どこにだ?」
「お前もよく知ってる場所さ」
「俺のよく知ってる場所?」
疑問符を頭に浮かべる武を置いて、二人は歩き出す。武は怪訝そうな顔をしながら、二人の後をついていった。
○○○○○
レジャーランド施設があった山の山頂。そこに藍岸にいるはずの空我の姿があった。その右手には缶コーヒーが握られており、一口飲んでからぽつりと呟く。
「やれやれ。本当に容赦がないなぁ」
空我は思わず苦笑してしまう。温泉旅館、プール、遊園地、動物園、カジノの五つが存在する有宝村でも有数の複合商業施設。その経済効果は大きく、有宝村の発展に多大な恩恵をもたらした施設『有宝ランド』。
二十年近くもの間多くの人間に親しまれてきた施設がたった一晩――いや、たった十分ほどで壊滅に追い込まれた。その原因は有宝ランドの中で唯一高台にそびえ立つ温泉旅館『有宝旅館』が崩落したことにある。
土砂崩れのようになだれ落ちてきた旅館が下にあった他の四つの施設を押し潰し、旅館にいた三百人はおろか他の施設にいた四百人もの人間の命をも奪いながら全壊の道を辿った。
「生存者ゼロか。そうなるように仕向けた部分があったとはいえ、さすがに圧巻の一言だな。お見事」
目を覆いたくなるような惨状に対して空我が述べた言葉は紛れもない賞賛だった。彼もまたどうしようもなく壊れているのだ。だから、この有様を見て平気で褒めたたえることができる。
そして、すぐに興味をなくしたといった様子で空を見上げる。
「さて、そろそろ詰めの段階かな」
空我はそう言って再び缶コーヒーを口に含む。微糖であるためかそこまで苦くはない。むしろ甘ったるくさえ感じる。
缶コーヒーを飲み干すと袖で口を拭う。
「さあて、どうあがくのか見せてくれよ。主人公」
空我は凶悪な笑みを浮かべてそう呟くと飲みきった缶を右手で握り潰し、適当な場に放り投げる。その缶が地面にカランと音を立てて落ちるころには、空我はその場から姿を消していた。




