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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第二章 救出ごっこ
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理由

 文大に強い力で殴られた武が目を覚ましたとき、すでに陽は落ちかけていた。目を覚ました武は自分の部屋にいた。後で来た空我の話によると、どうやら、権藤の手によって、武はここまで運ばれていたらしい。しかし、不可解なことに権藤が駆けつけたときには既に、武の体は完全に回復していたらしい。現にあの重い一撃を食らって数時間しか経っていないにもかかわらず、武はぴんぴんとしていた。

 武はあまり食欲がなかったがせめて夕食だけはとり、シャワーを浴びた。日課である夜の修練を行う気になれなかった武は部屋の布団で寝そべりため息をつく。武は横になりながら、この二日で起こったことを思い起こす。

 最初は空我が部屋に突撃してきた。次は文大が部屋にやってきて、よく分からないことをいって去っていった。そして、美夢に相談を持ちかけられ、夕方には前回とは一見全く関連性がないように見える夢を見た。翌日、様子のおかしい美夢を連れた文大に絡まれ、謎の力を使われて殴られた。こうしてみると、なかなか濃い二日だったな、などと思う。だが、感慨にふけっている場合ではない。


「はっきり言って、どうしようもない…… か」


 武は小さくため息をつく。頭の中では嫌な違和感がこびりついているが、正直何もできることはない。武はこの家に居候させてもらっている身だ。そんな奴がふわふわとした曖昧な理由で、今回の婚約の件に首を突っ込んでいいわけがない。だが、今回の件を放置すると、何かまずいことが起こるのは明らかだった。それは、あの男が意識を失う前に垣間見せた態度からも、うかがえる。しかし、武に何ができるというのか。

 婚約の件以外にも、できれば夢の方も考えたいが、今はそんな気分にはなれない。


「軽く外の空気に当たってくるか」


 武は襖を開けて縁側の外に出ると、武用に置いてあるサンダルを履いて、軽く庭をぶらぶらする。こうしてみると、本当にこの庭は広い。何気にきちんと見たのは初めてな気がする。とはいえ、あまり無秩序に歩き回るわけにはいかないので、武の部屋周辺だけに留めておこうとする。一応、今日は快晴だったとはいえ、昨日は結構な雨が降っていたのだ。下手にぬかるみなどにはまったら目も当てられない。

 外に出て、軽く空を見ると、昼間とは一転、夜空が雲で覆われていたが、ところどころに晴れ間が見えた。この分だと、おそらくもうしばらくは雨が降らないだろうと判断する。

 武の部屋の裏は多くの木が植え付けられ、さながら森のようだった。スギや檜、針葉樹。さまざまな種類の樹木が無秩序に植えられている。だが、その全ての木が完璧に調和している様は、武にはどこか見覚えがあった。ふと、一つの木の前で立ち止まる。それは、何の変哲もないただの月桂樹だった。比較的香りは強かったが、そこまで特筆すべきところはない。しかし、武はこの木を見て、何か思うところがあるのか、少し考え込む。

 だが、やがて首を振り、そのまま先ほど来た道とは逆の方向へとまた歩いていく。

 森を抜けて、開けたところに出ると、見知った顔の人物が岩場で寝そべっていた。


「やぁ、こんな時間にどうしたんだい?」


「クウ……」


 武は思わずそう呟く。空我は武の方に顔だけを向けてくる。その瞬間、晴間から月明かりが空我のいる岩場を照らす。その幻想的な光に当てられ、中性的な美貌を持つ空我は大変美しく見えた。だが、武は目もくれずに、口を開く。


「お前こそ、こんな時間に何をしているんだ?」


「僕は岩に軽くごろんと寝転びに来たんだよ。この岩、ちょうどいい感じに斜めってるし、ツルツルしてるから、くつろぐにはちょうどいいんだよ」


 武は空我が横になっている岩を見る。人一人分寝ることができる程度の面積を持つその岩は、傾斜も緩く、表面も綺麗だった。確かに横になるにはちょうどいいのだろう。


「だが、昨日結構雨降ってただろ? 汚れてねえのか?」


「平気だよ。ちゃんと水気や汚れは祓術で取ったからさ」


「そこまでするほどのものなのか?」


「お前もここで横になれば分かるさ。本当に休憩するにはベストスポットだよ、この岩は」


 んしょっという声を出しながら、空我は体を起こすと、武の方をじっと見る。


「それで、武は寝なくていいの? もう、十一時過ぎてるよ」


「もう、そんな時間になってたのか」


「気付いてなかったの?」


 空我は呆れ顔で武を見てくる。だが、そんな顔で見られていても、事実武は今の時間は分かっていなかった。あまり考えることがなかったわりには、どうやら、結構長い間物思いにふけっていたようだ。


「まぁ、どうでもいいけどさ。そんなことよりも、武は何を悩んでいるの?」


「悩んでる? 俺が?」


「悩んでるだろう? その顔を見れば明らかだよ」


 そんなに自分は分かりやすいだろうか、と武は思う。だが、よく考えれば、自分はそこまで感情を隠せるタイプではないなと思い直す。意図してやることはできなくはないが、気が抜けているときまで、無表情をつらぬくことはできない。


「まぁ、どうすればいいのか分からないという気持ちはあるといえばあるか」


「何それ。美夢が愛おしくて愛おしくて仕方ないってこと?」


「さあな」


 空我の軽口を武は笑って受け流す。

 はっきり言って、武にはどうしたらいいのか分からない。それは事実だ。胸の中に嫌なざわめきがある。だが、普通に考えてそれだけの理由で今回の婚約に介入するわけにはいかない。しかし、なんとしても介入しなくてはまずいことになると本能が告げている。

 しかし、今日の昼頃までは武はこの件に関わるつもりは一切なかった。だが、昼の一件でその認識がぐらつき始めている。このままにしておいていいものかと頭の中で無意識の内に葛藤してしまっている。それが、武にはひどくストレスに感じた。


「お前は本当に何も分かっていないんだね」


 どこか諦観したように空我はそう呟く。なぜ、そんなことを言われるのか武には理解できなかった。空我は再び岩に寝そべり、空を見る。


「そういうときは試しに本能したがってみるのも手だよ。案外うまくいくかもしれない」


「軽く言うなよ。下手すりゃ、処刑どころじゃすまないぞ」


「お前の中では僕らはどういうイメージなのさ」


 空我がどこか不機嫌そうな顔で武を問いただす。武はその問いに迷わず即答する。


「他人の命なんざどうでもいい冷酷な殺し屋集団」


「ふふっ。それは、否定できないね」


 無礼極まりない武の持つ祓い師のイメージに対して、空我はおかしそうに笑う。何がおかしいのやらと思いながら、武は空我が笑い終えるのを待つ。空我はまだ少し笑っているが、それでも多少は笑いを引っ込め、しゃべりはじめる。


「でもまあ、一応表向きはああ言ったけど、君も薄々気付いている通り、放っておくと、かなりやばいと思うよ。文大は根は悪い人間じゃないけど、相当な女好きでね。結構な数の女の子を泣かせてきたらしいんだ。だから、できれば、あまりそういうチャラチャラしたクズに愛しい妹は出したくないんだよね」


 オブラートに包むこともせずに辛辣な評価を下す空我に武は思わず呆れ顔になってしまう。


「ひでえ言いぐさだな」


「事実だからね。兄弟揃ってなんとやらってやつさ。それに、暴力沙汰や殺人だって何度かやってる。実際、お前だって昼頃に文大にぶん殴られたって聞いたけど?」


 空我の言葉に武は黙り込む。痛みや傷はもう消えているとはいえ、殴られた際のダメージはかなりのものだった。もし、あれを美夢に振るったらと考えると少し考えが傾いていってしまう。


「まぁ、暴力や殺人は祓い師ならそう珍しいことでもないんだけどね。でも、さっきも言った通り、僕個人としては美夢と文大の結婚を手放しで後押しする気にもなれないんだ」


 空我はそこで一息おいて、無邪気な笑みを浮かべる。


「そういうことだから、お前も遠慮なくやりなよ。いろいろと理由をつけて、自分の正しいと思ったことをやらないお前は、らしくないよ」


 かすかにトーンを下げて言った空我の最後の方の言葉に武は大きく目を見開く。空我は穏やかな笑みを浮かべ武を見つめている。そんな空我を見た武は無意識のうちに口を開いていた。


「お前……。どこかで会ったか?」


「何を寝惚けたことを言ってるんだい? ここに来てから、かれこれ一月近く、毎日のように会ってるじゃないか」


「あ、いや。すまん。変なこと言った。忘れてくれ」


 武は顎に手をやり、考え込む仕草を見せる。空我はそんな武を見て、クスリと笑う。


「この家に入ってから、だいぶ早く寝るようになったみたいだし、そのせいで、この時間には眠くて眠くて仕方なくなっちゃってるんだよ。頭がうまく回ってないんだ。もう寝たら?」


「ああ。すまない。そうさせてもらう。またな」


「うん。おやすみ」


 武は空我に背を見せ、そのまま自室へと戻っていく。そんな後ろ姿を空我はしばらくの間見つめていた。

 空我は気付いていた。考え込んでいた際に一瞬武の瞳に灯った白い炎に。そして、それを見て瞬時に理解した。これで、準備は整ったのだと。

 空我は空へと視線を戻す。相変わらず、雲が多く、月も星も何も見えない真っ暗な空だ。そんな空をしばし見つめて一つため息をつく。


「何やってんだか。これは本当はお前の役目だろう?」


 空我はどこかうんざりとした表情でそう呟き、その場から姿を消した。誰もいなくなった岩を、植えられた草木たちはただ静かに見つめていた。

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