夢2
またあの夢を見た。いや、内容は明らかに違うのだが、武には前回の夢と本質的には同じ物であると本能で理解していた。つまり、これも武が見たことのあるものが元になっているということだ。
今度はどこかの浜辺のようだ。砂浜が熱く感じる。周囲の人間の多くは水着を着ており、海水浴やサーフィンなどをする者もいれば、ビーチパラソルの影でくつろいでいる者もいた。しかし、彼らはなぜかある一方向だけを見ている。
「今度はいったい何の夢なんだ」
身構えながらも、武はどこか浮き足だっていた。海だからという理由ではない。ここもおそらくは来たことのある場所だ。そして、ここは武にとって、いつだって来たいと願っていた楽園のような場所だったようだ。なんとなくそんな気がした。
(まぁ、ここで遊びまくってたんだろうな。ここまでワクワクしてるってことは……)
それだけではない。ここしばらくは、まともに夢を見られていなかった。少なくとも、記憶には残っていない。だが、今回は意識がはっきりしている。前回のあの女性の夢と同じだ。それなら、何かしらのヒントが得られる可能性がある。願わくば、あの女性の正体が分かる手がかりを得たいところだ。
しかし、そんな思惑とは全く異なる展開が武を待ち構えていた。
武の前にいたのは一人の男の子だった。かなり元気がいいらしく、砂浜を走り回っている。そんな彼に一人の女性の声がかかる。
「こら! 危ないでしょ!」
「はーい」
男の子は素直に走り回るのをやめ、女性の下に行く。どうやら、女性は男の子の母親らしい。男の子はあんなに走り回っていたわりには、それなりにはしつけが行き届いているようだ。
「もう。あまり目立つことしちゃダメよ。せっかく、あの子も来れたんだから」
「うん」
男の子はしょぼんとした様子で女性に手を引かれながら歩いていた。武はその様子を見ながら、前回の夢との相違点について考えていた。
まず真っ先に思いつくのは、人の顔が見える点だ。前回はそもそもあの女性一人だったので、どうしようもなかったのかもしれないが、今回の夢ではさほど重要ではないとみられる人物たちの顔ははっきりと見ることはできた。だが、おそらく重要人物であろう親子の顔は例によってみることはできなかった。前回の女性は白い霧のようなモヤがかかってまともに顔が見えなかったが、今回は浜辺を照らす日光によって二人の顔が隠されていた。
(今回はあの二人に注目しろってことか? いや……)
武は彼らの行く先に目を向ける。武が注目するべきはあっちだ。武は何も考えず、そこをただじっと見ていた。いや、見ざるを得なかった。
そこには、二人がビーチパラソルの影で涼んでいた。当然ながら二人の顔を見ることはできない。一人はそれなりにガッチリとした体格の男。おそらく、男の子の父親だろう。その隣にいた一人の幼い少女。武はその少女に目を向けていた。そして、それは周囲の人間も同じだった。先ほどから彼らはあの少女を見ていたのだ。
「何だ? あの子は?」
武に幼女趣味はない。そんなものは間違っていると切り捨てている。いや、切り捨てていたはずだった。だが、武はまだ幼いその少女に引き込まれていた。否、強制的に引き込まされていた。どういう理屈かは分からない。
本来ならばありえないはずだ。顔をまともに見ることができない少女に目を奪われてしまうなど。だが、現実に起こっていることだ。
男の子と女性がビーチパラソルの下に着くと、男の子は少女の頭を優しく撫で始める。少女の隣にいた男はそんな様子を微笑ましく見守りながらも、やがて、深くため息をつくと、右手で頭を押さえて口を開く。
「はぁ……。やはり、ダメか」
「いえ、そんなことはないわよ。だって、前はもっとひどかったんだもの」
女性の言葉に少女は顔を俯かせてしまう。そんな少女に女性は慌てた様子で取り繕う。
「あ。ひーちゃんが悪いわけじゃないのよ! ただ……」
「いいよ。ママ。ひーちゃんはわかってるから……」
ひーちゃんと呼ばれた少女はその年齢に全く見合わない痛々しげな顔をしながら、小声でそう言う。武の見立てでは、まだ五つか六つの少女だ。そんな少女が、あんな顔をするということは相当なものを抱えているのだろう。他の三人はそんな少女を苦痛の表情で見ていることが分かった。
「…… ごめんな」
「ううん。パパが謝ることじゃないよ」
少女は顔をぶんぶんと横に振って、日光で隠されてなお、目を奪われてしまいそうな満面の笑みを浮かべ、父親を励まそうとしていた。そんな様子に、周囲の人間は歓声を上げる。あまりの場違いさに、武は思わず頭を抱えてしまいそうになる。
確かに、あの少女の笑みは素晴らしいものなんだろう。日陰に入ってなお、日光に邪魔されて顔が見えない自分でも思わず見とれたのだ。顔が見える周囲の人間には相当かわいらしく映ったのかもしれない。それは分からなくはない。だが、時と場合を考えようぜ、などと思わず口から漏れでてしまう。けれど、その声は誰にも届かない。
四人は身を寄せ合い、父親、母親、男の子の三人は少女を守るように抱きしめる。しかし、周りの人間は構わず、少女の下へと全力で走り出す。
「おいおい。何してんだ! こいつら!」
武は思わず大声でそんなことを口走ってしまう。誰もその声を聞こうとしない。いや、そもそも聞こえていない。これはしょせん夢だ。そして、その夢に武は干渉することができない。
「ねぇ、君! 俺たちと遊ばない!」
「何寝惚けたこといってんだお前。お嬢ちゃん、そんなチャラチャラした連中なんかとより、俺らと遊んだ方がよっぽど楽しいぜ」
「何言ってんのよ。この子はアタシたちと遊ぶのよ!」
「あの! 芸能事務所の者ですが!」
それは、地獄のような光景だった。一人の幼い少女の下に、老若男女問わずに大勢の人間が群がる。そんな醜くもありえない光景に武は呆然としてしまう。
「な、何だ! お前らは! どけ!」
父親が大声で怒鳴りつけるが、誰も聞く耳を持たない。必死に、三人で少女の身を守っているという状態だ。だが、それも数の暴力の前では無力で、やがて……。
○○○○○
そこで、武の目が覚める。
「…… なんて夢だ……」
武はため息をつく。そこで、体中が汗びっしょりであることに気付く。呼吸も荒い。どうやら、相当うなされていたらしい。
「前回よりもわりと長い夢だったからな。その反動かもな」
適当なことを口走りながらも、着替えるために上着を脱ぐ。手早く着替えを済ませ、再び布団に潜り込むと、先ほどの夢について考える。
(前は湖でただ女と会っただけの抽象的な夢だったが、今回はやけに具体的だった。だが、もちろん、あの四人に俺は全く覚えがない)
武は夢を思い出す。前回の夢同様はっきりと覚えている。前回よりも、視界が克明に映し出され、前回は何も聞こえなかった声も聞くことができた。だが、登場している人間は明らかに前回の女と違う。
(あの女も謎だが、今回でさらに謎が増えたな。何なんだ。あの少女は……)
明らかに異様だった。どう考えてもまともじゃない。だが、その正体については全くつかめないままだ。
「考えていてもしょうがない…… か。とりあえず、頭の片隅に置いておこう。そういえば、今、何時だ?」
時計を見ると、六時少し前だった。一時間ほど寝ていたらしい。外はもう雨が止んでいた。
「もうすぐ夕食か。ちょうどいい時間に起きれたんだな」
武はそう呟き、目覚ましのために、顔を洗いに浴室へと向かった。




