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situation.10 姫と騎士

 渡辺の涙が落ち着くのを待って、二人で昇降口へ向かう事にした。渡辺がきょろきょろと周囲の様子を伺っている。彼女の話によれば、十日程前から嫌がらせが続いているのだそうだ。最初は上履きに土が詰められ、次に体操着を泥だらけに。そして今回は化粧ポーチが無くなっている。本人曰く昼休みまではあったことを確認していた。無くなったのは午後の授業から放課後までの短い間になる。


「しっかし、今時そんな嫌がらせをする奴、まだいたのかよ」和田は怒りをポケットに突っ込みながら振り返った。「本当に心当たりないんだよな?」

「うん……嫌がらせもあるんだけど、私最近誰かに見られている気がしてならないの」


 怯えたように自分の両腕を抱きしめる。無理もない。和田は憐れみながらさり気なく彼女の肩に手を回し、下駄箱へとエスコートした。


「俺が開けてもいいか?」


 躊躇している渡辺を押し退け、和田が一気に下駄箱の戸を開けた。開けた瞬間、砂がぱらぱらとこぼれ落ち、無惨にもズタズタに引き裂かれた赤いポーチが砂まみれで横たわっていた。


「まただ……」渡辺が再び涙を流した。「もう嫌! なんなの、これ。どうしてこんな事するのよ!」


 その場で泣き崩れてうずくまる。和田は取り敢えず中の砂を払うと、ポーチを取り出して中身を確認してみた。中にも砂が混在しており、ペンみたいなのが数本折られている。もうめちゃくちゃだ。


「こりゃひでぇな……質が悪すぎるぜ」


 和田は苦い唾を飲み込むと、他の生徒に見られる前に戻ることにした。渡辺を無理矢理立たせて引きずるように教室に連れ込む。こんな可愛い子を虐めるなんて、許せねぇ。やることが陰険過ぎる。渡辺はここまで恨まれるような人間ではないはず。一体、誰が、何の目的でこんな事をしたんだ。


「この事、他の奴は知っているのか?」


 渡辺が首を横に振った。


「成瀬や、木元にもか?」


 今度は縦に大きく振る。こんな悪質な嫌がらせ、容易く友達に話せる訳がないか。和田はどうしたものかとため息をついた。まさかクラスで一番の美女、渡辺ありさが虐められていたなんて。さっきまで渡辺と仲良くなろうとしていた自分が急に情けなくなった。


「とりあえず、少し落ち着こうぜ。もう少し詳しく話を聞かせてくれ。誰かに見られているってのも気になる」渡辺を椅子に座らせると、財布を持った。「ちょっと飲み物買ってくるわ」

「待って、一人にしないで!」


 渡辺が素早く和田の制服の裾を掴んだ。和田が慌てて振り返る。乱れた髪に、崩れた化粧の泣き顔が一瞬初恋の少女を思い出させ、和田を戸惑わせた。


「お、おう……悪い、気が効かなかったな」


 渡辺の手を黙って握ると、一緒に廊下へ飛び出す。ぐんぐんと二人で長い廊下を突き進む。気分はまるで姫を守るかっこいい騎士だ。渡辺より若干背が低いので、見栄え的には悪かったが。

 身勝手ながらも和田はこの展開にわくわくしていた。よくわからないが、クラス一の美女が自分に助けを求めてきている。渡辺の弱みを、自分だけが知り得ている。その報酬がこれなのだ。和田は得意になって一階の自販機の所までやってきた。


「僕が奢るよ。何飲みたい? 炭酸系じゃない方がいいかな?」

「う、うん。ごめんね、ありがとう」


 渡辺が恥ずかしそうに手を放す。和田は気にせず小銭を入れて適当にジュースを二本買った。


「渡辺は何も悪いことはしていない。そうだろ? だったら堂々としていればいいさ」


 いい言葉をかけてやったとばかりに振り返る。渡辺が照れ臭そうに「そうだね」と言った。


「和田君って、今まで軽いイメージしか持てなかったけど、意外と頼りになる所もあるんだね」和田からジュースを受け取ると、プルタブを開けて飲み出す。「女にだらしないだけだと思っていたよ」


 ようやく渡辺の表情に笑が戻る。和田も照れ臭そうにジュースの缶を開けた。


「そいつは心外だなぁ。僕は困っている人をほおって置けない質なんでね」


 そう言いながらも、渡辺がブスで陰険な女だったら、自分は確実に無視していた。手を差し出すのは見返りが欲しいからだ。その身体に触れてみたいからだ。和田は渡辺がジュースを飲み干す時の口の形を見て、よからぬ想像を働かせていた。そうとは知らずに、渡辺が指先で雫を拭う。


「少し落ち着いたわ、ありがとう。突然泣き出しちゃってごめんなさい」

「いやいや、女は感情的な生き物だから、泣いた方がスッキリしていいよ」和田は缶ジュースを持ったまま歩きだした。「早く教室に戻ろう。また悪さでもされたら大変だ」


 念の為に周囲を見渡す。部活動の掛け声が遠くから聞こえてくるだけで、付近に生徒は見当たらなかった。渡辺の敵は自分の敵だ。どうせ渡辺に嫉妬した女子の仕業だろう。目星は大体ついていた。

 和田はかつて女同士の醜い争いに巻き込まれた事があった。自分の彼女と浮気相手が互いの持ち物を隠したり、壊したりと悪質な嫌がらせをし合う仲に発展してしまったのだ。和田が見兼ねて「どちらともまともに付き合うつもりはない」と告げた所、双方の怒りをまとめ買いする形で制裁を食らったのだった。今回もそれと似たようなものだろう。


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