お姫様ではないのです
久しぶりですな^^
ひとしきり泣いた後、フィナにまるで子供をあやすかのようによしよしと頭を撫でられていると落ち着いて真っ赤に腫れた目でフィナを見上げるとフィナの煌びやかな服が夏希の涙で大きな染みを作っていた。
ああ、涙で世界地図ができた。じゃなくて、ああ、服が。服があ。
「服が・・」
「胸が気持ち悪いわ」
「あぅあぅ」
「別に気にしてないって」
今にも爆発しそうな胸には似つかわしくない染み。服の色をより一層濃くしてしまっている。申し訳ない気持ちでいっぱいだがフィナの寛大過ぎる心の広さにときめいた。
男だったら君の心にメロメロさ。
「じゃ、行きましょうか」
感慨にふけているとフィナがぽそりと呟くが、どこに行くのか見当もつかずに頭を傾げる。フィナも夏希の動きに合わせて首を傾げるが夏希の子供っぽさとは違い、どこや妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「どこに?」
「王宮に決まってるじゃない」
「・・はい?」
夏希の思考回路は凍結した。
フィナの言っている意味が分からない。王宮に行くって王宮!? 王宮ってフランシスがいるとこだよね。先程夏希が逃げてきた。
「い、や、だ」
「あなたに否定権なんてないわよ」
「人権を侵すことはできない」
「大丈夫。私、動物だもの」
「ぐっ」
そうだよ、ここは動物王国じゃないか。いつも皆が人間の姿になってたから忘れてたよ。
だが、はたと思う。フィナは何の動物なのか。全く分からない。聞くべきか、いや蛇とか言われたらもう抱きつけない。
うん、知らぬが仏だ。
一瞬の逡巡のあと笑顔をつくって自分の問いに蓋をした。知りたいという生命を脅かす問題に目を瞑り、平穏な日々を過ごそうではないか。
「さっさと行くわよ。私も用事あったし、丁度いいわ」
「それは嫌ぁ」
逃げ回ろうとフィナの膝から立ち上がろうとしたが、それよりも早く腰をもどされる。それでも夏希は逃げようと腰に回された手をどかそうと踏ん張るがびくともしない。
そんな馬鹿な、夏希は毎日腹筋背筋、腕力、持久力をつけているのに。目の前の労働などしらぬどこかの令嬢のようなフィナに負けるとは思っていなかった。
第一、腕の細さが一緒なのにどうして、この手は動かないのだ。違うのは夏希の日に焼けた腕とは違い、とても白いだけだ。
「馬鹿ね、強いのよ」
愕然とする夏希に対しフィナは悠然と微笑みかける。当たり前でしょう、とすら言葉が聞こえてきた。
「ぬぬぬ」
どうあがいても鎖のようにびくともしないフィナの腕に夏希は白旗を上げるしかなかった。
無駄な足掻きを止めた夏希の膝の裏に手を回して、もう片方で夏希の背中を支える。どこにそんな力があるんだと、聞きたいが目下の問題はそれではない。つまり、今の体勢だ。
「こ、これは所謂おおおおおお、お姫様ででででは」
「そうとも言うけど、あんた別に姫じゃないんだからお姫様じゃないでしょ」
「・・ふむ、では夏希抱っこかな」
「・・・そうね」
なんだか上から深い溜息が聞こえた気もするが、そこは長年培ってきたスルースキル、聞きたくないものは聞き流せ、だ。
こうして夏希は夏希抱っこでフィナに抱えられ王宮へと連れていかれた。