天使様
本当に疲れたような声を出すので夏希の脳裏には会社帰りの親父が浮かんだ。草臥れたスーツに身を包みながら電車に揺れて家に帰ると子供も奥さんも先に寝ている、という図だ。
「疲れるですと。な、なんとまあ、ご愁傷様です」
「夏希のことなんだけどね」
その時、まるで雷が全身を走ったような衝撃を受けた。
そのまま、ゆっくりと膝をついて倒れるが誰も起こしてくれない。
「あわわわ、私といると疲れるですとな」
「うん」
更なる打撃を受けて夏希は膝を抱えて座った。
そして床にへのへのもへじを書きだす。
「私といると疲れるんだってぇ。なら早く戻せよなぁ。早く戻ってハンドボールがしたいなぁ」
ねえ床さん、と床に話しかける夏希を見て兎さんとアベルはひいた。
しかし見捨てなかったのはジョージ。さすが夏希の許嫁である。
兎さんの腕から抜け出し、静かに夏希の側に寄って夏希を見上げる。それに気づいた夏希はジョージを抱きしめた。
「ジョージ、君だけだよ。ありのままの私を受け入れてくれたのは」
あまりの嬉しさにジョージの首元にキスをしてしまった。
その途端にジョージが淡く光って夏希の両手に重みが増してジョージを持っていられなくなった。
びっくりした衝撃で瞳が閉じる。
だが何か生暖かいものがくっついているのを感じ取って目をあけると、そこに天使がいた。
「ほぅえぇぇぇぇ!?」
金髪の美少年は赤い目を嬉しそうに輝かせながらも色白の腕を夏希の首に回した。
「え、えぇぇぇぇぇ!?」
頭がついていけずに悲鳴を上げる。
しかも、ちらりと下を見るとこの少年は裸だ。首元に絡みつく腕はすべすべしていて肌触りが心地よい。
「会いたかった、夏希」
「はぅわ!なななな、なんて完璧な美や」
見た目にして小学生程の少年はまるで地上に降り立った天使、いや女神様や。少年という年頃でありながら、すっとした鼻筋や甘いマスク、まだ肉という肉すらない少年を見ると将来が楽しみだ。
だが待て、君は誰だ。こんな美少年なんて見たことないぞ。
あわわとアベルと兎さんを見るが2人も突然現れた少年に驚きが隠せないようだ。
「夏希、夏希、夏希」
何だか少年だというのにこんな色っぽい声を出せるなんて、で、できる。この子できるよ。
「え、えと、どちら様でしょうか?」
途端に天使の瞳が曇る。
「ああ、ごめんねごめん。お姉さんが悪かったね」
こんな美少年を泣かせるなんて年下好きの友達が見ていたら殺されていたところだ。
「夏希、僕のことが分からないの?」
「い、いや覚えてますとも。ほら、あれでしょ、あれ。えとこの間、会ったっけ?」
苦し紛れに言うと少年はついに泣き出してしまった。はわわ、綺麗な瞳に涙が。
「ごめんね、お姉さんが悪かったよね。だから泣き止んで」
「やだ」
「ふえぇぇん。お姉さんも泣きたいよ」
「じゃあ、チュウして」
「ふえ?」
「チュウしてくれたら泣き止む」
涙目ながらのお願いは夏希のハートを貫いた。まさしくキューピットの矢がズキュンと夏希の心臓を貫抉り取ったようだ。
「鼻血が、ぐはぁ」
鼻を押さえながらきめ細やかな頬に近づこうとした時、夏希の頭が掴まれて少年と離された。




