番外編1-3
「あ! いた! 早くきてくれ、鴨居!」
「?」
鴨居が、カゴを片手に荒野を探しつつ、フロアを見て歩いている最中、荒野は両手いっぱいにトップスとボトムスを抱えて走ってきた。
その服たちの何枚かカゴに突っ込むと、鴨居の手を強く掴んで、どこかへ引っ張っていく。
鴨居は、必死な荒野に圧倒されながら半ば走らされる。
「荒野? どうしたの?」
他に客がいなくて良かったと、内心ほっとした鴨居は、視界を通り過ぎる壁掛け時計に顔を向けた。
(確かに時間は迫っているけど)
――まだ少し余裕がある。
鴨居は訳が分からず、首を傾げた。
「連れてきましたっ!」
息を荒げた荒野が鴨居を連れてきたのは、レジ横の試着室前。
先ほどの店員が待っていた。
「こうやくん、叔父さん連れてきてくれて、ありがとう」
そう言って店員は荒野に笑いかけると、申し訳なさそうに鴨居の方へ向き直った。
「すいません、試着したいみたいなんですが、以前お子さんだけで試着した時に服を破損した事があって。中学年までのお子さんは保護者の方と同伴をお願いしているんです」
(僕らはどちらかというと壮年だけどね)
鴨居は内心笑いながら「わかりました」と頷く。
荒野はその様子を見届けると、早く来いとでも言わんばかりに鴨居の腕を引いた。
「今時の試着室って広いんだね」
鴨居は興味深そうに周りを見渡した。
通された試着室は、保護者同伴を謳うだけあり、子どもと大人一人ずつとベビーカーは十分入れる広さだった。
「こういう店なんだから、子連れのことを考えてだろ」
そう言う荒野は「それよりカゴを渡せ」と手を出し、鴨居は「はいはい」と従った。
荒野はカゴを足元に置き、着ているシャツをゴソゴソ脱ぎ始める。
「……何見てんだよ」
試着室に置いてある丸椅子に腰掛け、着替えを見てくる鴨居に荒野は言った。
「いや、店員さんが注意するくらいだから見守った方がいいかなと。別に学生時代散々見てきたから平気だよ?」
「俺が平気じゃねぇんだよ、この変態」
荒野は、はぁ、とため息と吐くと、諦めて脱ぐ作業を再開した。腕を袖から抜いて、襟から頭を潜らせたところで動きが止まる。今の荒野には腕が短すぎて、一人で脱げない。
(お風呂の時に服を脱がせてるのは誰か、忘れたかな)
鴨居はシャツの裾をひょいと軽く引く。
無事服から抜け出せた荒野は、顔を赤くして鴨居を睨んだ。悔しそうに口を震わせると、ぺちんと鴨居を叩いた。
試着した服はピッタリだった。
大きな鏡には、見た目より少しだけ背伸びをしている服装の少年が映っている。
「似合――」
鴨居が言いかけた時だった。
「中学年って、どれくらいだったっけ」
荒野が鏡に映る自分を見ながら言った。
鴨居は戸惑う。
後ろポケットからスマホを取り出し、微かなタップ音を響かせて検索窓に言葉を打つ。
「小学校三年生から四年生、だって」
荒野は深く息を吐いて、視線を下げる。
「――見えちまうんだな、今の俺は」
荒野は薄ら笑いを浮かべた。
「酔っ払いなんて、気にしないで逃げれば良かった。出張先が地元で、少し舞い上がってたかな」
荒野は肩を落とす。
「次の日が土曜だったからさ、一泊して久々に親に顔でも見せて、小言言われて帰る筈だったんだよ」
鴨居は黙って荒野の元へ近づくと、何も言わずに背中を摩る。
「――お前の血を舐めなきゃ良かった」
荒野は鴨居の肩口に顔を埋める。
小さく鼻を啜る音がした。
「……君は、悪くないよ。舐めちゃったのは事故だしね」
微かに目だけ荒野に向けた。
「迷惑だと思ってないから」
「すいません、着たまま眠ってしまったみたいで。このまま、お会計出来ますか?」
鴨居は片手に荒野を抱え、逆の手で買い物カゴを持った状態で、少しよろめきながらレジに来た。
閉店時間間際にも関わらず、店員は「あらあら」と微笑んだ。
「お会計大丈夫ですよ。お尻のポケットにバーコードがあるので」
声を潜ませながら、店員はレジスキャナーでピッとバーコードを読み込んだ。
手元の商品一覧とカゴの商品を読み込んで合計金額が出る。
鴨居は手間取りながらも、財布を取り出し、無事に会計を終えた。
「ありがとうございました。お気をつけて」
「……ありがとうございます」
鴨居は軽く会釈をして、自分の車へ戻っていく。
「――子どもの良いところはこういうとこかもね」
鴨居の声が闇に消える。
抱えられた荒野は、踵で鴨居の尻を軽く蹴った。
ちなみに、下着の刺繍に気づいた荒野に鴨居が殴られた事は言うまでもない。




