六話
「布巾持ってくるから、座っててよ」
鴨居が買い物袋を机に置いて、台所へ行こうと立ち上がった時、服が突っ張った。
顔をそちらに向けると、荒野が何か言いたげな顔をしている。
服を掴む小さな手は震えていた。
「あの、さ……」
鴨居は、その様子から察して「あぁ」と言うと目を細めた。
「良いよ」
目を輝かせる荒野に、鴨居は吐息を漏らして微笑んだ。
嘘つきの証のようになってしまった、人差し指の黒い点に穴を開ける。
息を詰めて待つ荒野の前に差し出せば、手首ごと掴まれ、しゃぶられた。
規定の量は、とうに過ぎている。
夢中で舐める荒野の舌先に、くすぐったさを覚えながら鴨居は思った。
――目の前の、この人は荒野なのだろうか。
日に日に増える吸血時間。
当初より、若干強くなっている気がする噛む力。
鴨居は、机に置かれた袋から覗くシュークリームをちらりと見た。
荒野が以前より甘味を欲しがらなくなったことに、鴨居は気づいている。
荒野の担当医の表情は以前より朗らかだった。
おそらく荒野は、鴨居のしていることを見抜いて口裏を合わせている。
当初、不安に駆られた鴨居が、病室から出てきた荒野に目を向けた時。
荒野は優しく笑っていた。
病院側から、まだ隠ぺいは指摘されていない。
それが証拠だった。
(もしも僕が死んだなら、この荒野は悲しむだろう)
でもそれは、友人として?生餌として?
「君は、何荒野ポイントなんだろうね」
こぼした言葉は、部屋にすぐ融けていった。
先の見えない暗闇と離したくないこの熱を、すべて甘味で紛らわせて、今日も彼らは生きていく。
後戻りはできなかった。




