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沈む海鳴  作者: えるま
6/9

六話

「布巾持ってくるから、座っててよ」


 鴨居が買い物袋を机に置いて、台所へ行こうと立ち上がった時、服が突っ張った。


 顔をそちらに向けると、荒野が何か言いたげな顔をしている。

 服を掴む小さな手は震えていた。


「あの、さ……」


 鴨居は、その様子から察して「あぁ」と言うと目を細めた。


「良いよ」


 目を輝かせる荒野に、鴨居は吐息を漏らして微笑んだ。



 嘘つきの証のようになってしまった、人差し指の黒い点に穴を開ける。

 息を詰めて待つ荒野の前に差し出せば、手首ごと掴まれ、しゃぶられた。

 規定の量は、とうに過ぎている。


 夢中で舐める荒野の舌先に、くすぐったさを覚えながら鴨居は思った。


 ――目の前の、この人は荒野なのだろうか。


 日に日に増える吸血時間。

 当初より、若干強くなっている気がする噛む力。


 鴨居は、机に置かれた袋から覗くシュークリームをちらりと見た。

 荒野が以前より甘味を欲しがらなくなったことに、鴨居は気づいている。


 荒野の担当医の表情は以前より朗らかだった。

 おそらく荒野は、鴨居のしていることを見抜いて口裏を合わせている。


 当初、不安に駆られた鴨居が、病室から出てきた荒野に目を向けた時。

 荒野は優しく笑っていた。


 病院側から、まだ隠ぺいは指摘されていない。

 それが証拠だった。


 (もしも僕が死んだなら、この荒野は悲しむだろう)


 でもそれは、友人として?生餌として?



「君は、何荒野ポイントなんだろうね」


 こぼした言葉は、部屋にすぐ融けていった。

 先の見えない暗闇と離したくないこの熱を、すべて甘味で紛らわせて、今日も彼らは生きていく。


 後戻りはできなかった。

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