第7話 群がる捕食者たち
冷泉トオルの敗北宣言から一週間。学園には表向きの平穏が戻っていた。公式な謝罪文が掲示板を飾り、僕とアイリの特待生資格は回復。琴音の家の借金も、冷泉家が「寄付」という形で処理した。
だが、あの日流れた血の香りは、僕たちの肌にこびりついて離れない。
「紫音くん、ネクタイ曲がってる。……あ、動かないで。私が直してあげるから」
登校中の廊下。琴音が至近距離で僕を見つめる。その瞳の奥には、リオナを刺した時と同じ、底なしの暗い情熱が揺らめいている。
「……ありがとう、琴音。でも、学校ではあまり目立たないようにしよう」
「どうして? 私たちが勝ったんだよ? 紫音くんを傷つけるゴミは、もう誰もいないんだから」
彼女の独占欲は、もはや隠すことすら放棄していた。
その時、背後から無機質な声が割り込む。
「水瀬さん。公共の場での過度な接触は、朝霧くんの『清廉なイメージ』を損なうわ。管理責任者として、これ以上の接近は認められない」
アイリがタブレットを手に、二人の間に割って入る。
リオナを制圧した「共犯者」となった彼女は、今や僕のスケジュールから食事の栄養素までを完全に掌握しようとしていた。
NTRルートは回避した。だが、そこは安息の地ではなく、二人の少女による「紫音争奪戦」という名の、より過酷な戦場だった。
――そして。
壊れた世界の均衡を破るように、新たな「影」が学園に現れる。
「……へえ、あんたが朝霧紫音か。噂よりずっと、美味そうな顔してるじゃないか」
中庭の噴水前。派手なスカジャンを羽織り、鋭い眼光を放つ男が立ちはだかった。
鬼灯ヤマト。
原作では圧倒的な「強者のオーラ」を纏った男。冷泉が知略の怪物なら、この男は剥き出しの暴力と野生の化身だ。
「……誰だ、君は」
「鬼灯だ。冷泉の奴が不甲ねえ負け方したって聞いてな。……俺はあんなスカしたやり方はしねえ。力で奪って、力でねじ伏せる。それが俺の流儀だ」
ヤマトが僕の胸ぐらを掴もうとした瞬間、横から鋭い蹴りが飛んだ。
「――っ!? 誰だ!」
「そこまでだよ。うちの紫音に手を出そうなんて、いい度胸してるね」
割って入ったのは、ショートカットの活発そうな少女、瀬戸内レナ。空手部の期待の新星であり、その正義感の強さから学園の隠れた人気者だ。
「レナさん……。危ないから下がって」
「朝霧先輩! 大丈夫ですか? 私、先輩が一人で冷泉たちと戦ってたの、ずっと見てました。……すっごく格好良かったです!」
レナの瞳が、尊敬と、それを超えた熱っぽい輝きを放つ。さらに、校舎の陰から一人の少女がおずおずと姿を現した。
「あ、あの……朝霧くん。これ……お礼です」
図書委員の早見リュカ。
内気で目立たない彼女だが、実は冷泉の嫌がらせを受けていたところを、僕の「副次的な行動」によって救われていた一人だ。
彼女の手には、丁寧にラッピングされた手作りのクッキーが握られていた。
「……私、朝霧くんみたいな、強くて優しい人……初めてで……」
冷泉を倒したことで、僕は学園の「救世主」として祭り上げられ始めていた。
琴音の漆黒の独占欲。
アイリの狂信的な管理。
レナの真っ直ぐな憧憬。
リュカの秘めたる恋心。
そして、獲物を狙う狼のような鬼灯ヤマトの視線。
「……面白くなってきたじゃねえか。朝霧紫音、お前を地獄に引きずり込むのは、この俺だ」
鬱ルートを回避した先に待っていたのは、僕を奪い合う少女たちの激化する愛と、理性を脱ぎ捨てた新たな宿敵による、より直接的な「略奪」の嵐だった。




