6.過去語りの終わり
賊の男の言葉を信じ、私は帝国の砦へ向かって走り出す。
魔獣頭は賊の男を無視することが出来ず、こちらを追いかけることができない。
なぜ助けてくれたのか、賊の男は先ほどの『礼』と『詫び』だと言っていたが、実際どれが本心なのかは分からない。何らかのタイミングで私が女王であると知って、褒美目的で助けた可能性もある。それでも、どんな理由であっても助けられたのは事実だ。この機会を逃すことはあってはならない。
砦に向かいしばらく走ると、目的の方角から近づく兵士の姿があった。その兵士の鎧は帝国の物であり、その胸に刻まれている帝国の国章はその頼もしさを露わにしていた。
「先ほどの光は貴女の物ですか?」
兵士は私の存在に気が付くなり距離も気にせず声をかけてきた。
「そうです! 魔獣の頭の被り物をした集団に襲われて、二人が引き付けている間に私だけ逃げてきました」
「魔獣の頭の被り物……! わかりました。私は急ぎその者たちのもとへと向かいます。あなたは砦にいる兵士たちに同じように説明をしてください」
「はい!」
兵士はそれだけを言い残し魔獣頭のもとへと向かっていった。
それにしても魔獣頭は何者なのか? 最初に出会った時点で私やライトのことは知っていた。人数からしても森の中で長時間監視していた奴らだ。真っ先に私を殺しに来た時点で、目的の一つに私の殺害があることは間違いないだろう。
私という人間は必ず誰かの恨みを買っている。何せ、霊葉フェニルを手にするために。王女の権力を悪用し様々な者を配下にしてきたからだ。恨んでいる人間は一人から不特定多数、変なアサシンを送り込むほど恨んでいる人間もいるに違いない。
私は魔獣頭に襲われた原因を考えつつ歩みを進め、砦に手で触れられる距離まで来ていた。門の前でもないところで息を切らして座り込む私を見て、不審がった兵士たちが続々と集まってきた。
「お嬢さん、この砦の門は一番近くてももう少し東側だ、そこまでいけるかい?」
顔は厳つくとも紳士的なその兵士は、私に手を伸ばし立つように促す。私はその手を取りゆっくりと立ち上がると、先ほどの兵士に言ったことをそのまま伝えた。
すると、いつの間にか集まっていた兵士たちの表情が一瞬で変わり、ものすごい剣幕で次々と別の兵士を集め出した。
「あっあの、魔獣頭はどういう人たちなのですか?」
「災難だったのは同情するが、今はその説明をしている暇はない。お嬢さんは砦の中で休んでいてくれ、仲間二人のことは私たちが助けると約束しよう」
紳士的であった兵士は、静かな怒りを全身に収め、他の兵士同様魔獣頭のもとへと向かった。
足止めをされ、ユリーラ様から離れどの程度たってしまっただろうか。少なくともこの魔獣の頭をした者たちの実力は並ではない。私ですらも二人を相手どるので限界だ、三人も相手にユリーラ様が長く持つはずもない、すぐにここを突破し助けに向かわなければならないだろう。
その瞬間、空に白い光が現れ、直後ものすごい爆発音が轟いた。私は瞬時にそれがユリーラ様の魔法と魔石爆破であることに気づき、まだ生きていることに安堵する。
しかしその安心も長く続くものはない。今この瞬間にユリーラ様が殺されている可能性すらある。にもかかわらず、二人相手に隙を作る事すらできずにいる現状がとても腹立たしい。
私はとっさに剣を鞘に納め、袋に入っていた残りの魔石すべてに魔力を溜めた。
それを二人の足元と眼前に投げつける。とっさに守りの姿勢に入り、予想通りの効果を見せた相手に私は剣を抜き突き刺す。これであとは一人そう思った瞬間、帝国の鎧に身を包んだ兵士がもう一人の背中を深く切り裂いた。
「ご無事ですか!」
敵を倒した兵士は剣を握る手を弱めることなくこちらの無事を確認する。
先ほどの光と音を感知したであろう兵士は現状を理解しているかのように話を進めた。
「女性の方から魔獣頭の者に襲われたと伺っています。もう一人の仲間も心配ですのでしょう、すぐに援護に向かいます」
状況説明をしたのはユリーラ様で間違いないだろう。だが、だとすれば三人を相手している私たちの謎の仲間とは一体何者なのだ?
その答えは意外にも、すぐにわかることとなった。
「お前らのちんけナイフじゃあ、俺の体は切れねえゾオ!」
その見覚えのある男は相変わらずの速度で斧を振るい、それを見た隣の兵士は……。
「ベベルガ隊長!?」
私とは別のことに驚いていた。
私と兵士は急ぎベベルガ隊長と呼ばれた賊に近づく。
「おん? キーパにさっきのグレイッシュの小僧か!」
「魔獣頭三人の相手をしているのを見ると、ユリーラ様を逃がすために手を貸してくれたというのか? なんの風の吹き回しだ?」
「風の吹き回し? 俺はただ吹く風に流されてみただけだ」
さてどうしたものか、多分だがユリーラ様が回復魔法を使ったことに対して恩を感じているのだろう。わざわざ敵に回す必要もない、ここは一時休戦としよう。
「ベベルガといったな。悪いがこの不届き者どもの退治に手を貸してもらうぞ」
「結構! これで三対三だ。さすがに逃がしはしまい」
「僕も協力する前提ですね、拒否権がないやつだこれは」
三者三様の構えをとると、魔獣頭は分が悪そうな顔をしはじめた。
魔獣頭は逃げる機会を伺いつつもこちらと戦う気はあるようだ。
「嫌な偶然が重なりますね。元国境警備騎士団団長ベベルガ、セルブラム王国最年少上級騎士ライト・グレイッシュ、モブ兵」
「おい、俺だけ文字数がおかしいだろ! 他二人の名前より少ないじゃないか!」
そう言いつつも、兵士は魔獣頭に攻撃を加える。
先ほども思ったが、この兵士の動きは並のモノではない。帝国流の剣術とは少し違う、どこかの剣術に例えるのであれば、我がグレイッシュ家の剣術に近い。
流れるように振るわれる剣の予測が難しいのか、魔獣頭の一人は随分と手間取っている。さて、私も戦うとしよう。
剣を抜き相手を見定める。最初に現れた奴かそれとももう一人か……。
「どいつもこいつも同じような動きばかり、どれを相手しても大した差はねえな」
「では右をもらう」
相手を決めると私は一息に距離を詰める。
剣は北北西から南南東に向かい切りかかるが、魔獣頭の横一線に振られるナイフによって受けられてしまった。
アサシン、まさにその名に相応しい身のこなしだ。正面を切った戦いであればこちらが有利かとも思ったが、これまでのアサシン擬きどもとは練度が違う。
こちらがにらみ合っている間に彼方は終わってしまいそうだ。向こうの魔獣頭は先ほど戦った二人と同程度といったところか。ベベルガ、三人同時に相手したせいかこいつの力量を見誤ったな。
「魔獣頭、口にするには少し長い気がするな。ま、魔サシンで良いか」
「そのネーミングセンスには感服いたします。さて、ここからは立場が逆転してしまいますね。最悪の三対一になる前に撤退すると致しましょう」
魔サシンはそうつぶやくなり、数十本のナイフをこちらへと投擲する。誘導のつもりなのだろう。しかしそれがわかったとて、魔サシンから視線をそらさずに捌き切ることは不可能だ。
私は逃がすことを承知の上ですべてをたたき伏せた。
「見事な剣術ですね、さすがグレイッシュ家。私が参考にしただけはあります」
「兵士さんの剣術はグレイッシュ家が大本でしたか、どおりで既視感があったわけだ」
「告げ口とかしないでくださいよ? 試合で見ただけで直接教わっていないんですから」
なるほど参考にしたとはいえど見ただけであの完成度とは、父上に話せば是が非でも欲しがりそうな才能だ。なぜ国境の警備などしているのか……。それとも彼ですらも国境警備に当てるほど人材があふれている? どちらにせよ、私が超えるべき壁がまた一つ増えてしまった。
「終わったようだしさっさと帰るか」
ベベルガはつまらなそうにあくびをしながらこちらへと近づいてきた。
「ベベルガ“元”隊長、あなたは帝国から追放された身なんですから砦内にも入れませんよ」
「ッチ、仕方がないか。小僧、王女の嬢ちゃんには適当に礼を言っておいてくれ」
ベベルガはそういうと袋を私に投げつけてきた。
「取ったはいいがやっぱり俺に盗賊の才能はねぇな。チャラにしろとは言わないがそいつは返しておくぜ」
手を振りながらベベルガは早々に去って行ってしまった。
「では、我々も砦の方に戻りますか」
兵士の提案で、私は女王の待つ国境の砦へと向かった。
砦に到着した後、兵士たちに事情を説明すると私は砦の一室にて待機しているように言われた。
この部屋は木造で、外観とは異なりかなり温かみを感じられる。今は時期的にも使われてはいないが暖炉もあり、兵士たちの休憩スペースというよりかは応接間のように感じ取れる。
しばらく私が室内を見物していると兵士二人が部屋に入ってきた。
「お待たせしました。今お連れの方が参りましたので、詳しいお話をお聞かせください」
二人の兵士で見えなかったが、後ろにはライトの姿があった。
「ユリーラ様、ご無事で何よりです。それと、お守りすることが出来ずに申し訳ありません」
ライトは深々と頭を下げる。その姿は見ているこちらが申し訳なくなってしまうほどだ。というよりも、守るよう無茶を言ったのは私の方であり、さらに言えば私を狙っていたはずの魔獣頭と戦わせてしまったのだから非は私の方にあるはずだ。
「頭を上げてくださいライト様、あなたが謝る必要などありません。それに、私を一番近い町まで連れてくる約束は確かに守られました」
ライトに合わせるように深くお辞儀をすると、しばらくその状態から話が進まなくなった。しかしその空気に耐えられなくなった先ほどの兵士が、ため息をつきながら流れを断ち切った。
「まあ、無事ということなら何よりです。それじゃあこちらの話も進めますよ」
「時間を取らせたな。私たちでわかる事なら何でも話そう」
「ではお名前を」
兵士は話が長くなることを予想して席に着き、対面の椅子を手で指した。
「なるほど、つまり貴女はセルブラム王国の第二王女、ユリーラ・ヘル・ブラム様で、お転婆に森に入ったら帰れなくなってライト・グレイッシュ様に助けられたと。そしてもうすぐここに着くというところであの魔獣頭どもに絡まれ今に至る」
しばらく目をつむり、グリムと名乗った兵士は天井を仰ぎ考える。パット目を開いてこちらを見ると、その動きをなかったことのように首を振り、天井を仰いだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああいいえ大丈夫です。ちょっと上への報告をどうしようかと検討中でして……」
「そうですか、悩ませてしまい申し訳ありません」
「はぁ。とりあえず貴方達を一般市民と偽って、ベベルガ様は偶然通りかかっただけだと報告しましょう。上も魔獣頭の一件だと話せば、登場人物なんてどうでもいいでしょうから」
随分と偽りだらけな報告書が完成しそうだと思ったが、それと同時に魔獣頭の話を聞き改めて兵士たちの反応が気になったため、グリムに聞いてみた。
「グリム様、改めて助けていただきありがとうございました。それで一つ気になるのですが、魔獣頭の存在が皆さんを煽っているようですが何かあったのですか?」
私がそう聞くと、ライトも気になっていたのか食いつくようにグリムの顔を見つめた。
するとグリムは、少し話しづらそうな表情をしたが、ここまで来たのだからと話し始めた。
「今から数週間ほど前にですね、王城の中に侵入者が入ったんですよ。人数は五名で、特徴的な魔獣の頭の被り物をしていたので発覚から遭遇まではそこまでかかりませんでした。問題なのは目的の方で、侵入が発覚した原因と同じ王子の暗殺。ナイフで刺殺された王子が王城内で見つかって大騒ぎですよ。結果として、侵入者を見逃してしまった王城内警備騎士のリーダーであるグリムという男がクビにされ、王子を殺した魔獣頭は国家指名手配になり帝国の目の敵になったんです」
「クビになったグリムというのは……」
「はい。俺です」
なぜかライトは驚きつつも、どこか納得したような表情をした。
しかしそれにしても王子の暗殺が帝国内で来ていたとは……王子の暗殺ともなればセルブラム王国にも情報が来ると思うが、きっと情報統制がされているのだろう。
「王子が亡くなられたにしては、随分と国の動きがお粗末ですね」
ライトは疑問が帝国への疑いとなってか、すこし怒気を強めに言葉を出した。
「そうですね。実際に王子が死んでいるにしてはこの国は平和です。何しろ、王子今も元気に生きておりますから」
その言葉が私とライトの頭を混乱させた。
「ちょっと待ってください! 王子は亡くなられたんですよね?」
「お亡くなりになってますよ。でもまあ殺して死ぬような魂でもありませんから、あの王子」
「ええっと……つまりこの国の王子は?」
「不死です不死」
その軽い返答にこの国の情報統制能力が随分と低いことを感じさせられた。
「そもそも、ミスして侵入者出して王子が殺されたら、俺が生きているわけないでしょ?」
ごもっともだ。城内の警備を担当している騎士は相応の腕が無ければならない。だが、そんな実力者でも権力には勝てない場面がある、それが護衛の失敗などだ。この件ではさすがにお咎めなしとは行かずに僻地への移動となったようだが、それでも実際に死んでいた場合に比べれば軽いものだ。
それに、王子が生きているのなら訃報が国に届かないのも納得がゆく。
私とライトはお互いに顔を見合わせ、お互いにこれ以上聞くことがないとわかった。
「国家の重要なお話まで聞かせていただきありがとうございます。これ以上深く聞くと失礼になりそうなのでここまでにいたしましょう」
「そうですね。俺もスイッチはいっちゃって話しましたけど、バレるとまずいんで内密にお願いしますよ」
「もちろん」
私とライトは会話を終え、そのまま砦を出ていこうとした。
「あ、そうだ。なにか困ったときは頼ってくださいね。俺、実力はあるんで、護衛ぐらいは引き受けますよ」
グリムはそういうと軽く手を振って送りでしてくれた。
「さて、ユリーラ様。この後は急ぎヘルブラムに連絡を取り護衛たちの遺体の回収でよろしいですか?」
「そうですね。少し砦内で時間を使いすぎましたが、まだ間に合うはずです」
私はグリムからいただいた帝国内の大まかな地図を確認し、国同士をつなぐ転移陣を管理している建物へと向かった。
「ヘルブラムまでお願いします」
「20ゴールドだ」
「高いですね……」
「文句があるならこの国の王様でも向こうの王様でも呼んでこい!」
この転移陣を作ったのは各国の王族の命によるものであり、金額も目的の国によって違う。この規模の魔法であれば国ごとの距離にコストの差はなく、どちらかといえばその国の情勢や転移陣の有用性、維持費が高くつくのだ。
「その王族が今目の前にいるのだぞ?」
「王族? お前がそうだったりするのか? 随分とみすぼらしい格好だな」
「私程度がそうであるわけがないでしょう……」
「王族ではないがあなたも公爵家でしょう」と言いたくなったが私は言わずにいた。この手の人物には自己紹介をしても無駄である。証明できなければいつまでも疑ってかかるタイプだ。
顔を見ればすぐにでも通されるのではないかと思うだろうが、実際そんなうまい話はない。私は確かに毎年この国とヘルブラムを行き来する。だがその移動手段はすべて馬車であり、この転移陣を使ったのは何年も前だ。その上、通行料の受け渡しをしていたのは使用人、万が一にも顔を覚えているなんてこともない。
「さてどういたしましょうか、ユリーラ様」
「通れないのであれば無理をいても仕方がないでしょう。通る権利を持っていない私たちにも問題はあります」
「こっちに非はねえよ! お前たちが金を持っていないだけだろ? これから貴賓がやってくるんだ、冷やかしならどっか行ってくれ」
「不敬ですね、今すぐにでも殉職の準備をさせましょうか?」
ライトは不満な感情を隠そうとしているが隠せておらず、表情には切ると書かれている。
騎士の家系だからここまで忠誠心が高いのか、それともこの数日で仲が深まったのか、何方にせよ慕ってくれているのはよくわかる。だがここまで殺伐とされては迂闊に会話もできない。もしや数日寝ていない疲れが今になって出てきたのか? それであれば先にどこかで休憩すればよかった。
「不敬かどうかは一度おいて置き、そんな理由で首を切っていたら迂闊に外など歩けませんよ」
「それはそうですが……」
「諦めましょう。無理を言っているのはルールのもとに動けていない私たちの方です」
「ユリーラ様……」
ライトの表情は一段と沈み、そのさきにため息を吐きを吐く姿は少し見ていると苦しくなる。
私もまたこの先どうするかについて思考を巡らせていると
「何か問題でもありましたかな?」
僅かなタイミングの重なりにより、そんな頼もしい声が私の耳に届いた。




