それは恋なんかじゃなくて ⑥
中間テストが終わると間もなく席替えがあった。
私はホッとした。
なぜなら純也と席が離れたから。
そのまま隣の席なんかにいたら私の「好き」がバレてしまう。
それは大いにマズかった。
せっかく純也と友達?みたいな関係になれたのだから、このままがいい。
純也にもクラスのみんなにもバレたくなかった。
もちろん野口大成にもだ。
でも、まわりのほとんどが純也に好意的だったりするから、私の気持ちの変化なんて気づかないかな?
もし気持ちがバレてしまったらひいたりするのだろうか。
どうなんだろう、そこのとこ。
とにかく席は離れているにこしたことはない。
ほとんどの教科の答案が返された中で今回も英語が一番よかった。
98点。
そりゃそうだ。たくさんの時間とお金をつぎ込んでいるんだもの。
オンライン英会話に英語のアプリに通信講座。英語の成績アップに繋がりそうなものは次々に手を出し、 テストがないときでも3時間は勉強するようにしている。
幸い、親も私に口は出さないけど(関心もたぶんあまりない)、お金は出すという親なのでいくらでもお金を英語につぎ込むことができる。
将来、英語を使った仕事をなんて今のところ考えていないけど、今のところ私にはこれしかない。
ひとつでもすがる物があってよかった、なんてときどき思う。
本当のことを言えば、芸術的な才能とか運動能力が欲しかった。
絵とか文章とか音楽とか踊りとか短距離とかね。
でも早くも小学校で私はそれらがないことを悟った。
歌も楽器も下手だし、体育の授業の簡単なダンスさえなかなか覚えられないし、絵も文章も特別うまくない。走るのだって遅かった。
神様はどうして何一つ私に特別な才能を与えてくれなかったんだろう。
いろんな種類の才能を持っている人もいるのに。
でも仕方がない。
世の中には仕方がないことがいっぱいある。両親があまり家にいないことも、学校の用事を母親ではなく叔母さんが出ることが多かったことも仕方がないことなのだ。
5年生から通い始めた英語教室で、勉強すればするほど上達できることを知った。
私にも頑張ればみんなよりできるものがある。
それだけで嬉しかった。
英語教室でも家でも頑張って勉強した。
そんな思いが攻して中学でも英語だけはトップクラス。
今回のテストでも教師が答案を返すときに「頑張ったね」と言ってくれた。
まわりの席からも「すげぇ」と驚きの声。
いい気分だった。
これだけどね。
「すごいじゃん」
私が英語のテストで間違ったところを確認していると頭の上から声がする。
純也だった。
純也は席が離れてからも何かと声をかけてくれる。
「まあね、英語だけなんだけどね。そういうキミは何点だった?」
「96点。最後の問題のアレ、ぜったい引っかけるつもりだったよね。やられちまったって感じ」
「それでもすごいじゃん。家で相当勉強してんの?英語塾に行ったりとか?」
「通信とアプリくらい。そんなにやんないよ」
「へぇー」
私は感心する。
たぶん純也は私みたいに嘘は言わないだろう。
微熱のあるときでも、3時間は紫紫死守!と命かけて英語をやっているのに、「そんなにやんないかな。でも好きだからなんとなくすぐ頭に入る」なんてつまらない嘘は。
純也はまっすぐだ。
だから純也の笑顔にみんな疑うことなく安心できるのだと思う。
そして何でもできる。
弱小サッカーチームだけどレギュラーになるほど運動神経もあって、美術の時間にチラッと見たけど絵も結構うまくて、一緒にカラオケに行ったコが言うには歌もうまいらしい。
私とは違う。何もできなくて、何ももってないから妙に性格がひねている私とは大違いだ。
いろいろなものをすぐ疑うし。
純也を見ていると「綺麗な魂」なんて言葉が浮かんでしまう。
私の魂がグレーだからかな。
「また家に行ってもいいかな。親に言ったら写真撮らせてもらえ、だって」
思いがけない言葉に私はほっこりする。
「いいけど。お土産はチーズケーキでいいよ」
「OK」
私は古びた屋敷の奥でバンパイアが純真な男のコの血を吸う絵を想像しておかしくなった。
バンパイアは私だ。
もうすぐ夏休みという日曜日、私は駅からバスで10分ぐらいのところにあるショッピングセンターに向かった。
夏のブラウスと文房具、それに叔母さんのところに持っていくマカロンを買うためだ。
強烈な日差しと入道雲。
梅雨明けが早かったから、もう十分夏を満喫できているんだけど、夏休みが目前というワクワク感は抑えられない。
そんな気持ちが手伝ってタンクトップに短めのスカートという恰好で家を出てきてしまった。
それに麦藁のチューリップハットに白いサンダルといった夏の装いだ。
いつもはまわりの視線が面倒っだからあまり露出した格好はしないんだけどね。
でもバスに乗っている若い女のコを見るとみんなそんな感じ。
高校生ぐらいだけど化粧をしているコも多い。
私はシミなんかないし色も白い方だから化粧はしない。
赤いリップだけを塗ってきた。
ショッピングセンターは2階建てのお店が連なっていて、通路はオープンエア。地面にはタイルが敷き詰められていて、ヤシの木が植えてあったり、ワゴンでアクセサリーを販売するお店があったり、ベンチが置かれていて、西海岸のイメージだ。
ブランド品のお店が多くて、100円ショップなんかはない。
古びた駅ビルとは大違い。
私はあまりここに来ないけど、外国の町に来たような風景を見て、着いたときはすごく気分が上がる。でもすぐに下がる。歩いているのは高校生も含めてカップルとか家族連ればかりだからだ。
ほんと、いい若いコがこんなとこプラプラして嫌のなるよ、と毎回思う。
本当は由利と一緒に来たいんだけどなかなか時間が合わないんだ。
どんなときでも気分が上がったり下がったりしない自分が欲しいと思う。
でも今のところそれは実現できていない。
頭に描いていた必要な物の買い物を済ませて歩いていると、知った顔が遠くに見えた。
私が一番会いたくないやつ。
野口大成だった。
背が高いくて姿勢がよい彼は遠くからでも目立つ。悔しいけどカッコイイ。
小さな紙袋を片手に持ってひとりで歩いている。
大きな書店があるからそこへ来たと見た。
Uターンしたい気分だがそれも変だよね。軽く挨拶してすれ違うことにしよう。
そう思って前に足を進める。
野口君が私に気づいた。
私を睨むようにして見る。
ゾゾッ! ありゃ絶対私を嫌っている目だよね。
近づいてから、めいいっぱい平静を装って
「あれ?こんにちは。 買い物?今日はサッカーないんだ」
と手をひらひらさせながら通り過ぎようとした。
クラスの中で話したことないし、これ、普通だよね?
駆け出したい気持ちを我慢する。
でも、「待て」と呼び止められた。
命令される筋合いはないんですけど、と不機嫌に振り返ると、そこにはやはり野口君の鋭い目があった。
「お茶でも飲みませんか?」
と今度は敬語だ。しかし相変わらず顔は怖い。
「ごめん、ちょっと急いでて」
野口君が出すオーラに怖気づいてそう言う。
「時間取らせないし、おごるから」
「いいけど」
一応クラスメートだから、これ以上断ったら学校でも気まずいだろう。
「じゃ、そこのスタバで」
野口君は私の返事を待たず、近くのスタバに向かってスタスタ歩き出した。
仕方なく私はついて行く。
スターバックスの店内は空席がちらほらあり、それほど混んでなかった。
PCに向かう若い男性、イヤホンをしてテキストを広げている女子大生、お洒落ををしたママ友のグループ、いつもながらのスタバの風景だ。
「何にする?」
「アイスカフェラテぽいので、真ん中のサイズのやつ」
スターパックスのメニューは名前がやこしくていつもイライラする。
考えるのも面倒で私がそう言うリクエストに大成は「OK」と答え、「先に座ってて」と言ってレジの方に向かった。
大丈夫なんだろうか? まぁ、いいや何でも。
目の前には希望どおりのアイスカフェラテミディアムサイズが置かれている。野口君も同じものを注文 したらしい。
数分経っても野口君はほとんど黙ったままだ。
「暑くてサッカー、大変そうだね」
など社交辞令的な問いかけに、まあね、なんて短く答えるだけ。
私はまたほかの話題を捜す。
純也と野口君を羨ましく思っているのは私。なのに、何で私が気を使っているんだろう。
だんだん理不尽に思えてくる。
突然、
「あいつは俺のものだ」
と野口君が言う。
もちろん誰を言っているのかわかった。
「だから取るな」
そうきたか。静かだけどきっぱりとした口調だった。
やっぱりな。
それがその言葉を聞いたときの第一印象。
最近は純也や野口君たちを見ることは控えるようにしていたけど、やっぱりわかってしまうものなのか。でもそれは野口君だから、のような気もした。
「取らないし。ていうか、純也と付き合いたいとかそんなこと思ってないし。気持ち伝える気もない。でも私の純也に対する気持ち、何でわかったの?」
「篠田さんさ、ときどき俺のことすごい目で睨んでたろ? でも、純也を見る目はあんなだし」
「そんなだった?ぜんぜん意識してなかった」
「バレバレだよ。俺だけかもしんないけど」
そうだろうそうだろう。みんなに知られちゃこまる。純也にも。
野口君とはクラスでもほとんど話したことがなくて、”俺様”の雰囲気があって近寄りがたかったけど、話してみてもイメージそのままだった。
それに加えて人に命令する横柄なとこあるし。
でも野口君の言うことにそれほど腹が立たなかった。
それに不思議な包容力がある。怖いんだけど何でも話せるような。
「純也のこと好きなんだねー」
私は野口君の目を見てからかうように言ってみた。
「ああ」
ああ、だって? そこは否定はしないまでも照れるとこでしょ?
私はその率直さに圧倒される。
「ずっと?」
「中学生ぐらいからかな」
「長いね」
私は野口君の長い悲哀みたいなものを想像してせつなくなる。
「うん。だから取るな」
「だから取らないってば」
「どうして?」
「だって私、こんなだし。つき合うとかないと思う」
「色も白いし、スタイルはいいし、顔は小さくて俺はいいと思うけど」
野口君は私のタンクトップの胸元を見てそう言うもんだからドギマギしてしまう。
「野口君て、そんなこと言うんだね。すごく意外なんですけど」
「性格も自分で思っているほど悪くないと思うし」
どちらかというとこっちの方にビックリした。
「だっていつもそんな顔してるし。世界中で自分が一番嫌いですみたいな」
やばい、絶対あなどれない、こいつ。
基本、私はあまり他人から見られたくないし、わかって欲しくないんだ。
たぶん、純也以外からは。
「おかしいな。私はできるだけ人に気を使って明るくしているつもりなんだけどな」
とごまかした。
「私のことは置いて置いてさ、純也って心がすごく綺麗だと思うんだよね、生まれながら。そういう人って少ないけどたまにいるでしょ?私の心ってまじでぐれーなんだよ、黒いとは言わないけど。それに私は、何もないけど、純也はいろんな才能あるし、いろいろかなわないよね」
「恋愛は勝負じゃないんだから、そういうの関係ないんじゃないの? 応援はしないけどね。あいつは人の好意を受け止める。思いに応えるとか応えないとかは別にしてとにかく受け止める。そういうやつだ」
「うん」
理解できる、と思った。
でも私は臆病だ。
そして、純也のあのまっすぐさにはやっぱりかなわないと思ってしまう。
「とにかく、私は今はいっぱいいっぱいで。それは島君にも関係あるんだからね」
そうなんだ、たまに純也と島君のことを考えると頭が爆発しそうなときがある。嫉妬どころか恨みの気持ちさえある。
だから、わけがわからんという顔をしている野口君につい聞いてしまった。
「やっぱ純也とセックスとかしたいと思う?」
「したい」
こっちも即答だった。
「でもそんな気持ち知られたら俺は生きていられないと思う」
野口君は静かに言った。
「悲しいよね」
「すごく」
本当に思いがけずなんだけど、野口君と気持ちが通じ合ってしまった気がした。
セックスは別にして。
嫉妬も恨みも消えないとは思うけど。
もうすぐ夏休み、というのが救いだった。
しばらく純也とも野口君とも顔を合わせないで済む。
「




