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それは恋なんかじゃなくて ⑦

 まだ買い物があるから、と言う野口君とスタバの前で別れ、再びバスに乗って駅に向かった。

 すごく頭が混乱していた。

 本当は歩いてクールダウンさせたいところだったけど、熱さで断念した。


 野口君はやはり純也が好きだった。

 予想はしてたけど、目の前ではっきり野口君の口から聞くと強烈なインパクトがあった。

 例えるなら2Dの世界から現実にその事実が飛び出てきた感じ。

 

 もちろん私が純也を好きになる前だったらこんなにショックではなかったと思う、


 私はBLの映画もドラマも興味なくて見る気はしなかったけど、世の中にいる同性が好きな人に対し偏見がない方だと思う。

 純也と野口君を、美形同士で爽やかで、まぁいいんじゃないって応援する気持ちにもなったかもしれない。


 でも今は、純也のことが寝ても覚めても好き、っていう状態になってしまっているし、野口君にも見破れるほどだし、こんなときに野口君のあんなまっすぐな”告白”は本当にきつい。


 それに、私なんかの”好き”とはぜんぜんレベルの違う”好き”を目の前で突き付けられたようで参ってしまう。

 あの様子だ好きというより”愛している”って言った方が正しいかもしれない。

 そう、例えば純也のためだったら自分は死ねるみたいな。

 

 そもそも純也は野口君をどう思っているんだろう。


 友達として好きなことは間違いないと思うけど、それ以上はあるのか?

 教室で笑いながらアイコンタクトを取る場面が浮かぶ。

 私が純也を好きだと気付いた場面でもある。

 もし野口君がいなかったら私はずっと気づかずにいたかもしれない。


 恋のきっかけの場面はそんなで、ライバルは男のコで、ライバルだけ勝った方が純也のところにいく、なんてことはほとんどなさそうで、、、こんなケーズ、ほんとレアだよ。

 本当に参ってしまう。

 と思っているうちにバスは駅に着いた。


 

 家に帰る前に叔母さんの家に向かう。

 家から歩いて20分のところにある母の妹の聡子おばさんの家は不動産屋が売り出した30件余りの住宅街の中にあった。

 銀行員の夫と若い頃は幼稚園の先生をしていた叔母さん、バスケをしている中学生の男の子、柴犬1匹というどこにでもある家庭だ。


 電話をしていたので家にいるはず。

 私がショッピングセンターから買ってきたマカロンは美味しいと評判でクラスの女子たちにも人気だ。 きっと喜んでくれるに違いない。


 美味しそうなお菓子を見つけては月に1度ぐらい叔母さんの家に行くのが習慣だった。

 いろいろ気にかけてくれる叔母さんへのお礼の気持ちもあるけど、肉親と繋がっている、そんな安心感を私は求めているんだと思う。


 母の妹の聡子おばさんはいい人だ。

 明るく優しく他人の痛みを自分のことのように感じる人だ。

 100人のうち、5人が善人で5人が悪人で残りは普通の人だとしたら善人のうちに入ると思う。きっと私の母がおばあちゃんのお腹の中にいるときに忘れてきた情を全部持って生まれてきたんだ。


 幼い頃からよく学校の行事の多くを母に代わって行ってくれた。

 家が近くだったから、中学生までは夕飯も食べに行っていた。

 いつだって迷惑そうな顔をしたことがない。仕事ばかりで放任に近かい母を非難する気持ちもあったと思うけど口に出したことはなかった。


 でも私はそんな叔母さん甘えたり何か相談することができない。ずっと迷惑をかけてはいけないというのが一番にあった。そしていつもいいコに見られたかった。


 私は早く自分の家から出て自立するのが夢だ。

 そして何かきちんとした仕事を見つけて、経済面でも人間関係でもりっぱにやっていくのだ。

 「あなたたちは娘をほったらかしにしたけど、こんなにりっぱに成長した」

 と両親に言ってやりたい。もちろん心の中でだけど。

 両親は大人になった私のそんな姿を見ても何も思わないかもしれないけど、それは私の意地だった。


 それには人とうまくやっていかないといけないと思うので、明るく、人に親切に振舞うようにしている。たぶん家を出るのが夢だと思った中学生の頃から心がけていることだ。


 私のこの作戦はたぶんうまくいっているようで、小学校の頃を知る人からは「明るくなって印象よくなったなんて言われる。

 でも野口君は、私が自分を嫌いなように見える、って言ってたっけ。それほど私の作戦は成功してないってこと? まあいい。

 私はやめるわけにはいかない。

 早く自立して、人とうまくやってきちんと生きてみせる。


 聡子おばさんとの絆も大事なポイントだ。

 もし、叔母さんとの繋がりがなくなったり世間の誰もが私に好意を抱いてくれなかったらアウトだ。

 そんなことになったら、私はきっとどうやって生きていったらわからなくなってしまうだろう。

 

 白木のドアの横のチャイムを押すと、インターフォンの答えがある前に聡子おばさんがドアを開けてくれた。

「いらっしゃい。暑かったでしょ、入って入って」

 40歳という年齢よりだいぶ若いはずんだ声でいつものように迎えてくれる。

 私は家に上がり、私専用のスリッパを履く。


「もうすぐ夏休みよね。泊まりに来ていいのよ」

「うん。旅行の予定なんかないからそうしようかな」

「嬉しいな。買い物や映画に行ったりもしましょうね。俊はもうぜんぜんつき合ってくれないから。男のコってほんとつまらない」

「俊は優しい方だと思うけど、生意気にそんななの?」

「なぜかスーパーにはつき合うのよね。服を買ってあげるからパームツリータウンに行こうよって言っても乗らないのよ。不思議よね」

 と私がさっき行ってきたショッピングセンターの名前を出す。


 マカロンを食べながらのたわいもない会話。小さく流れるピアノの曲とへちまの葉っぱを通してレースのカーテンに降り注ぐ夏の光。

 落ち着く。

 ここに来て私はやっとクールダウンできたような気がした。



 翌日学校で、夏休み暇だな、英語の夏期講習でも受けようかな、なんて休み時間にぼんやり考えていると、純也が

「ここの和訳、納得いかないんだけど教えて」

と私のところにやってきて、机の隣の席った。「一馬は?」

 隣の席の男のコの名前を言う。

「隣のクラスの彼女のとこでしょ。今最高に盛り上がってるらしいから」

「そっか、青春だねー」と言って笑顔を見せる。

 ドキドキドキ。心拍数が2倍になった気がする。平静を装わなくちゃ。

 

 純也はたびたび英語の問題をもって私の所へ聞きにくるようになった。今日持って来たのは私も受けている通信講座の問題集だった。

 「それは単語を補って訳してあってね、、、」

 と何とか質問に答えることができた。よかった先に進めておいて。

「そうか、なるほどね。じゃ、次の訳は、、、」

 次の問題を考える純也。

 なんて長いまつ毛なんだろう、なんてキラキラして大きな目なんだろう。あごの線なんてまさに芸術的。つい見とれてしまう。

 ドキドキドキ。私の心拍数はさらに上がる。


 それにこの近さがありがたい。

 この一瞬が幸せだ。

 好きな人が近くにいるだけで幸せな気分になることを最近知った。

 一度でも「離れた方が気が楽」と思ってしまった自分を殴ってやりたい。


 やはり離れると寂しくて、クラスにいないときは「早く戻ってきて」と願ってしまう。

 授業以外は一緒にいる野口君が羨ましい。というより憎たらしい。

 そういえば野口君は? とまわりを見ようとしたそのとき、私の机の上にバンッと単行本が置かれた。

 東野圭吾の新刊だった。

 

 見上げると野口君だった。

 ゲッ。今目で彼を捜そうとしていたはずなのに、目の前に現れると気まずい。


「昨日、ファンだって言っていたから貸す」

 もう決まったことを断言するような言い方だった。

 近くにいたクラスメートの視線が集まったのを感じた。その空気は「あの野口君が何事?」と言っているようだった。


 純也の方を見ると、??な顔をしている。

 そういえば、昨日スタバで野口君の持っている紙袋の中身の話題になったとき、東野圭吾?いいねと言った気がする。いいねと言ったけどファンだとは言ってないし、新刊を読みたいとも言ってない。

 でもとてもそんなことを言うような雰囲気ではない。


「すごい、もう読んだんだ。ありがとう。なるべく早く返すね」

 と言って私は真新しい単行本を受け取った。

 純也の方を見ると、いつもの笑顔。プラス友達と友達が仲良くなって嬉しい、みたいな?


「いつでもいいよ」

 それだけ言うと、野口君は純也の前の席に座り、純也の説いている問題集を覗き込んだ。そして敵は

「ここの通信、俺もやってる。わからないとこ、俺に聞けよ」

 なんて言うではないか。

 さすが、「俺の純也を取るな」と言う男だけのことだけはある。

 感心している場合ではない、と私は全霊を込めて野口君を睨みつけてやる。


 純也は

「そうだったんだ。じゃ時間が空いている方に聞くよ。てか、おまえ俺より英語の点数悪くなかったっけ?」

 とそつなく、平和に答える。

「それは今回の期末でその前は俺が上だった。よければなんだけど、3人で協力して英語頑張る?」

 と野口君。

 

 どういうこと? 本貸してくれたり、3人で英語頑張ろうとか。

 私を近くに置いて、純也を取らないか監視するためだよな、コレ。


 すぐにこんな風に考えるのはやっぱり私の性格が悪いからだ。

 



 

 

 




 

 

 


  

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