26話「君のための盾」
進んだ先に見えた光。それは、アルを包み込んでいく。
ゲートのようなものから放出されたアルは草原に受け身をとって着地、一瞬にして顔を上げて状況確認をする。
一気に切り開かれた光の先には、それまた森林が広がっていた。あの結界の先らしい。しかし、アルを中心に円型に木々が一切ない草原のようなスペースができていて、自然にできたものとは考えがたい。
「アル……ここって……」
「小佑!とりあえず近くには飛ばされたか。あの結界の奥というのには違いないだろう」
「結界突破成功?とは言えミミとかと合流できねぇだろ……どうやら一方通行らしいしな」
アルの隣には、仰向けに倒れた小佑が何とか震える足腰に力を入れて立ち上がっていた。
小佑が振り向いたのを見てアルも振り向けば、後ろのワープゲートのようなものは既に閉じている。
まだ現実世界ではないだろう。学園に帰れたという感覚がしない。実際に、空にはうっすらと虹色に輝くガラスの膜のようなものが見えていた。
「まだ現実世界じゃない。周りを見れば何となく理解できる。警戒を怠るな。ここはアルビアの世界だ」
現実世界では無い世界、それはアルビアの魔法陣の中だ。アルビアが感覚的にアル達の行動を観察していてもおかしくはない。なんならば、それに妨害を加えることも可能だろう。
実際、アルビアはアル達が教会でヒントを得た瞬間にやってきた。アルビア自身も教会の位置やジェノスの居場所を知らなかったのだろう。アルが教会に訪れた瞬間に来たのだ。
「ここにもアルビアがいるかもしんねぇってことか……アル、お前がいてほんとに良かったよ」
「……急に何を言い出す?唐突だな」
「母ちゃんの記憶みて、殺したのがアルビアだったって確信してから、俺は一矢報いてやりたいと思ってる。けど、やっぱり権限者相手じゃ俺は力不足だ。……だから、お前がいてほんとに良かった」
小佑は、決意と共にどこか儚くそう言った。うっすらと、アルを見つめれば小佑のくしゃっとした笑顔が、アルの心を揺れ動かす。
小佑の思い、それは親の敵討ち。あの学園にいた頃からの目標だったことを再確認した。
ーーーやらなきゃいけない、自分を揺らすよりも先に。まだうっすらとした『誰か』のための戦いに決心を付けるために。
「ーーーあぁ、もしかしたらそれが僕の……」
「こんばんは、やっと来たのかしら。想定より30秒早かったわ」
唐突な後ろからの声、それを聞いた瞬間にアルは小佑の腕を手に取って引っ張りながらもバックステップを入れる。
アルの目の前に現れたのは、黒く、そしてどこか紫が入ったローブとマント、そしてフードによって顔が隠れた女性。そのフードをゆっくりと取る女性から現れたのは綺麗な肌と大人の雰囲気を出してる顔。少し暗く、紫がかった唇と共に長いまつ毛がその風格を示している。
驚く小佑は空いた口を塞げないまま硬直しているが、アルは目を細めて一瞬にして理解する。
「ーーーアルビア。あんたは新しいアルビアか」
「あら、察しが良くなってきたかしら。でも違う。私は『アルビア・ニヒル』、『魔』の権限者の原点」
アルは警戒の目をしながらも、その言葉に既視感を感じた。
アルビア・ニヒル。それは、エルダが語っていた衛兵本部に襲撃に来た女だ。
それに加えて『原点』とも言っていた。
ーーーこいつが原点ならば、アルビアの合計は恐らく三体。
「ーーーあなたは、今アルビアが三体と考えたでしょうけど、残念ながら違うわ。この世界には私を含めて五人アルビアがいる。その中心が私ということなの。リーダーが直々にお目にかかったということよ」
「なっ、五体……だと……」
思考を読み取られたのかとはっとするアルにアルビアは微笑み、語りかければ、アルビアの人数を言い出した。
五体、それはアルにとってもかなりの激戦をしなくてはいけない。
「そう、五体。でも全員がここに居るわけじゃない。だから完全な力を取り戻したあなたなら私は敗北する可能性があった。でもあなたはまだ子供。ただの子供だったのよ。それなら私の方がずっと強い」
「勝手に決めつけるな。僕は少なくとも負ける気など全くしていない。あまりにもそれは楽観的じゃないか?」
「だったら、あなたを絶望させればわかる?私はここまで、あなたをおびき寄せるために策をねった」
「僕を?」
アルビアの言葉に疑問が生じる。アルビアは、ここまで来るのは計画のうちだと言うのだ。
「結界を事前に貼り把握させ、仲間を作るために部下を配置。ワープゲートを通り、魔法陣の中で魔力無限の完全体の私に会わせるためにアルビアすら配置した。仲間は増えすぎたようだけど、別に何人居ても変わらないわ。最終的に、私が逃した小佑、あなたを釣れることにも成功した。完璧でしょ?実に」
アルはその言葉に冷や汗が一つ出る。あまりにも順調すぎる道のりに、違和感を感じていた原因がわかった。アルビア・ニヒルが、その道のりを築いていたのだ。
「ま、まじかよ……あまりにもできすぎてやしねぇか……?」
「あなたを逃したのはとても私にとってはミスだった。力ある存在をあそこまで絶望させたのに、なんで私は仲間に入れるどころか殺すことすら忘れてしまったのでしょう、って。あぁ〜!今すぐその血を確かめてみたいわぁ〜!」
アルビアは同じく汗ばむ小佑を見て、頬を赤らめながら手を添えて、獲物を見る虎のように小佑を見つめて高く大きな声を上げた。
小佑はその姿に口を開けて汗を流していて、見てわかる恐怖が、彼を襲っていた。
「……それで、僕らをここに呼んだ理由は仲間への勧誘ということか」
「ええ、もちろん。話は聞いているでしょうけど、あなた達に勝ち目は無い。なら話は早いわよね〜?二人の優秀な坊やを私は歓迎するわ」
「か、勝手に入れんじゃねぇよ!!俺も、アルもてめぇの仲間になんかならねぇし負けたりもしねぇ!」
アルも小佑も固い意思を持っている。それはアルビアに砕けるものでは無い。力負けするのならば超えればいい、真の自分の力を引き出すしかない。
「そう?やっぱりそうなのかしら。そうしたら話は第二ステップにいくわ」
「第二ステップ……?まだ朝じゃねぇぜ?」
「簡単よ……あなた達をここで殺すことで、死体や能力というのは私の体内で存在し続ける。つまり、力というのは吸収可能かもしれないわ。そして、朝に私に勝てる存在もなくなる。完璧でしょ?」
その言葉に、アルは目を見開いた。
相手の言い分は簡単に言えば殺す、つまり戦闘態勢に入ったということだ。それに、このワープゲート内であれば力の吸収も相手にはあるらしい。
そして、一番は秘宝の錬成が簡単になること。阻むものは今この瞬間が一番少ないのだ。
ーーー完全な計画通り、ということらしい。悔しさと、これからどうするか思考をフル回転しながらどうにか打開策を考えなくては。
「でもあいにく、あんたは今一人しかいない。僕と一騎打ちに勝つ自信が余程あるらしいな」
「ふふっ、なんの考え無しにあなたとぶつかると思う?私も、あなたの力には恐れているの。なにせ最強の権限なのだからね。だからーーーここを選んだの。戦う場所を」
「……っ!?な、なにする気だ!!」
アルビアは裏があるようにそっと微笑めば、両腕を上げて一気に腕をクロスさせ、それをアルビア自身の顔の前に持ってきた。そして、その腕は黒く染まり、手には闇の球体が生成されていてーーー
「ーーー『魔』の権限、『奥義』、終焉魔覇」
「ーーー!奥義だと!?」
その腕を一気に横へ展開すれば、地面は黒く染まり、一瞬にしてアルの視界は紫の闇の空間に包まれた。結界のようなものが、アルと小佑の上空から横までを大きく覆ったのだ。
「ここには無限の魔力が存在する。なら話は簡単よ、一撃であなたを葬ってみせる。さあ地獄の悲鳴すらも飲み込む闇の一撃を喰らいなさい!エルデ・アナストラル!!」
アルビアの上空に闇の大きな球体が生成された。そこから衝撃波や、地面からは柱、そして横から鎖などが飛んでくる。
「うあっ!?ぐっ!」
小佑はその様々な障害物に一瞬にして固定されたが、アルはそのフィジカルで避ける。だが、それも死までの時間稼ぎにしかならない。
「……っ!クソっ!こんなの避けれないぞ!アル!アルにも奥義があんじゃないのか!?それをぶつけないと、ここから脱出なんて無理だぞ!」
「僕にもあるが……こんな短時間で放てるものじゃない!事前に溜めていた奴の方が先だ!」
ーーーダメだ、全部が潰される。あの球体が自分たちにぶつかればもちろん命は無い。この結界から出るにも時間がかかる。奥義で対抗しなくては、あんなものは跳ね返せない。
全部、詰みだ。全てが終わった。有村望を救う前に、こんなところで終わるのか。
「何かを得るには何かを失わなければないの、エルデ・アナストラル!私の欲望のためにあなたの命を捧げて!!」
死にたくない。あんなにも、絶望から這い上がって、あの希望の少女に救われて、今度はその少女を救うために向かっているのに。
神無月無唯斗、お前の時からそうだった。お前の時から、僕はずっと不幸だ。
でも仲間ができた。希望に出会えた。それは、唯一の幸せだったのかもしれない。
アルは、闇の球体が拡大し、衝撃波がアルを吹き飛ばすほど強くなれば、小佑の横に吹き飛ばされた。
それでもアルの表情は、どこか諦めたような、少し微笑みを出していた。
ただ、望への謝罪と、世界への恨みを乗せてーーー
「ーーーやっぱり、やるしかないか。ここで、終わりたくなかったんだけどな」
「……?なにする気だ?あんなのは壊せないぞ、とっくに」
小佑の囁きに、顔を上げたアル。
なにが、なにをしようというのだ。こんな状況で。
「諦めた顔しやがって。どいつもこいつも、諦めるにははえーよばーか。俺の願い、希望も、夢もアル、お前に全部託した」
「な、何を言ってる……」
「俺が命をかけて全部の魔力を注ぐ。魔力消費ってのは、魔力が無ければ命や寿命から削られる。つまりーーー全部をあいつにぶつける。命の価値はこの世界は一番上だ。奥義を超えるにはこれしかねぇ」
小佑は少し微笑むと、アルビアに向かって顔を真剣な眼差しに変えた。それは、決心が着いていた男の顔だ。
「アルは今全力で、『無』の結界を自分にだけ貼れ。自分だけなら、助かるのだって容易だろ」
「待て!正気か……!自殺行為なんだぞ!僕は、助かる方法すら諦めて……全てを捨てようとした。そんな奴を生き残らせてどうする……」
「……これから、変わればいいんじゃねーの?俺の母ちゃんもそう言ってたから。少なくとも俺の願いはアルにしか叶えられねぇ……だから、
ーーー全部頼んだぜ、アル」
「なっ、おい待て!!小佑!!」
下を向いたアルに、動けないはずの小佑は魔力を消費し鎖や柱を抜けたのか、アルの肩に手を添えた。その触れた手の重みは、誰の手よりも重かった。
次の瞬間、小佑は飛び出していきアルビアの正面まで容易に突破した。魔力を注ぐ量が常人の比ではない。権限者にすら、届きそうな勢いだ。
「ーーーっ!?なに!?」
アルビアもその速度に驚き、対応しようとするが、小佑の方が早い。
両腕を盾のように合わせて、その腕を正面に伸ばして、
「再盾!戦擊!!激震!!!」
そう叫んで、闇を切り開く輝きがアルビアやアルを包み込んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
包まれた光に、景色が写った。
俺は、罪を少しでも償うことが出来たのか。母親の無念や夢を、叶えられただろうか。
俺の手の血は、拭くことができただろうか。
「母ちゃん。母ちゃんが言ってたこと……俺、何となくわかった気がする。『誰か』のための盾。それは、罪を同じように重ねてたアルに全部やる」
それが俺の夢も、願いも、自分の大切な人達も守る盾になってくれるなら。
「母ちゃん見てるか。いまの俺……母ちゃんが見たかった俺に……なれてたか?」
俺の成長した姿、見ててくれたかな。今が一番輝いてるんだぜ、俺。
輝いて、光が周りを包み込む先に、
ーーー写る景色には、微笑む母ちゃんが居たんだ。
「ーーーっ!ひひっ!じゃあな!アル!!」




