12.派手にいこうぜ!
木製の扉を破砕し、なお余る衝撃とそれに伴う轟音。
砕けた木片が飛び散り、テーブルや偶然入り口近くにいた客はそれらを浴びると同時に衝撃で薙ぎ払われるように吹き飛ぶ。
『い、いっでぇぇぇぇぇ!?』
『なンだ、軍か!?』
『ここに踏み込んでくるなんて、どこの馬鹿だ!』
『緩衝地帯だろぉが! 他の組織は何やってやがる!?』
『知らねぇよ! あぁくそ、いてぇよぉ!』
痛みに呻く者。
戸惑う者、怒鳴る者。
突然起きた事態に、客の悲鳴や怒号が行きかう。
しかし。
その中に、アイリスたちの声はなかった。
「え――」
事態の変化から1秒の間もなく、迷いのない動作でオルビスがテーブルを蹴り倒し、その陰に――入り口から死角になる場所に身を滑り込ませ、ルイも、アイリスの服の襟を掴みながらそれに続く。
「ぇ、あ、わぷっ!?」
状況を理解するより先にテーブルの陰に引きずり込まれ、戸惑いに声を漏らすが、オルビスとルイはそれに気を遣う様子もない。
「――こコガァ? 【ミスマス】っテのはァァァ」
聞こえたのは、ざらついた、怒気を纏った低い声。
襟を掴まれて無理やり伏せられているアイリスにはその声の主は見えなかったが、声と、荒々しい息遣いだけで恐怖を感じるには十分だった。
「……誰か、分かる?」
アイリスを抑えたまま、ルイが囁くような微かな声で尋ねる。
緊張した空間には不似合いな落ち着き払った問いに、僅かに顔を覗かせてテーブルの向こうを見たオルビスは首を振った。
「いや、この辺じゃ見ない顔だ。
俺たちがいない間に来たヤツか……まあ、わざわざ殴り込む場所に選んだのがここの時点で、十中八九"新参"だろうな」
二人が声量を抑えるのを見て、事情を悟ったアイリスも声を潜めて尋ねる。
「今、来た人は誰なんですか?」
「それは……あ、ごめん。その姿勢じゃつらいよね」
問いに答えるより先に、ルイは抑えたままの姿勢であったことに気づき、手を放す。
テーブルの向こうに悟られないよう気を付けながら、そろりそろりと身を起こすアイリスを見ながら、ルイは言った。
「たぶん、<来訪者>……あなたと同じ、この世界に来たばかりの新参者」
「見るからに、腕っぷしって感じだな。
<ゲート>からこの<都市>に来られたのも、大方壁外を走ってる<運び屋>を襲ってアシを奪ったんだろう」
続けて答えたオルビスに軽く促され、少しだけ顔を出してテーブルの向こうを覗いたアイリスは、
「……っ」
見えたその姿に、息を吞んだ。
四肢を持ち、地に立つ姿、それだけを言えばアイリスと変わらない。
ただ、それ以外は異様だった。
体は、自分たちより二回りほど大きく、手足は無理やり肥大化させたような不自然に盛り上がった筋肉が皮膚の上からでも見て取れる。
全身の皮膚は青みがかっており、腐敗した泥だまりのようにブクブクと泡立つように伸縮を繰り返し、まるで無数の生き物が蠢いているようだった。
極めつけに、何かしらの武器であろうか、手足や肘、膝、肩など各部位には様々な形状の無機物のようなモノが埋め込まれており、さらにそれらには体の一部位としているような一体感をもっていた。
武器人間、とでも言いそうなその大男は、こちらもまた無機物を融合したような目でギョロギョロと辺りを見ながらホールを歩き回っている。
ホールの隅やテーブルの陰に隠れた客に目をくれる様子もなく、手近な酒瓶や、運悪く近くにいた客を殴り飛ばしながら、言葉ともつかない叫びをあげている。
「あ、ああいう<訪問者>、さんもいるんですね……」
「まあ、な。
言っただろ、ヒトのカタチの定義なんて、決まっちゃいない。
流れ着くヤツには、ああいうのだっている」
それに、とオルビスは大男を顎で指しながら言う。
「あの手の輩も、別に珍しくない」
「どういう方ですか……?」
「力づく上等、そこが知った場所であれ知らない場所であれ、腕っぷしで成り上がろうってヤツだ。
おそらくは、この店のことも誰かを脅して聞き出したんだろう」
「それは……強引というか、なんというか……」
若干引き気味なアイリスに、オルビスは特に気にする風もない。
「そういうのも、いるんだよ。
力で何とかなる、そういう生き方をしてきた……いや、そういう生き方しか知らなかったのが、な。
……だから、この世界に流れてきたんだろうが」
「……?
それは、どういう……」
耳にした、気になる言葉。
だけど、それを問い返そうと顔を上げた矢先、見えたそれに、アイリスは怪訝そうな顔をした。
「どうして――」
聞いていたオルビスの声は不愛想そのものだった。
なんということも無いように、そもそも目の前で起きていることに何の感慨も抱いていないかのように、淡々と話していた。
が、しかし、
「――どうして、オルビスさんは笑ってるんですか?」
目の前の男は、笑っていた。
口の端を笑みの形に歪めながら、話していた。
目も、声も、笑っていない。
「ヤツは、何も知らないんだよ」
ただ、口元だけが、笑っていた。
「見たところ、ヤツは一人だ。
一人で、一人だけの力でやってきたんだろう。
この世界に迷い込んで、この<都市>に来るまでも、ずっと。
実際、もといた世界なら、それで十分だったのかもしれない」
だが、とオルビスは言う。
「ここは、違う。
ヤツが今までやってきた場所とは、何もかもが違う。
しかも、ヤツは、よりにもよってここに、【ミスマス】に来た」
「……たぶん、すぐ、片付く。
わたしたちは、ここでじっとしていればいい」
「えっ……は、はい、わかりました」
先ほどからずっと落ち着いて話す二人に気圧されるように、色々と尋ねたい気持ちを押し殺してアイリスは頷くが、
「さっギから、こソこソコそコソなニしゃべっテンだァァァ!?」
ざらついた怒鳴り声と同時、自分たちを隠していたテーブルが、消えた。




