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プロローグ そして――――

今回は41部(最終話)となっていますので、ご注意ください。

 狭い部屋。


 ここには何もない。


 物もない。


 音もない。


 匂いも、動くものも、汚れさえもない。


 ……本当に、何もない。


 いや、かろうじて光はあると言えるか。


 だが、ただそれだけの部屋だった。


 投票の結果が出て、オレはこの独房に連れてこられた。


 あとは、解体されるのを待つ。それが最後の“勇者の使命”だった。


 オレは、勇者以外の何者にもなれないのだ。オレとして生きる前に、勇者として死ななければならない。


 ここへ連れてこられる前に、仲間たちが協力して脱走の手だてを立てたのだと秘密裏に伝えてくれた。


 生きたかった。


 だが、命令には逆らえなかった。


 オレの判断を制御するアルゴリズムよりも前にある制御は、ただ王の命令に従うというだけのものであり、何よりも強力な安全装置だった。


 「独房で待機せよ」と、ただそれだけの命令だった。だからこうして壁際の床に座り込み、ただ待っていた。


 他にするべきことはなく、他にできることもない。


 孤独の中で、ただただ考えていたことといえば――――コンコルディアナという魔族に言われた言葉だった。


 “フン。命を何とも思っていないお前が勇者とは反吐が出る”


 あの時は、何とも思わなかった。全てが終わって、人々が魔王に向けていた恐怖をオレへと向け始めてやっと、あの言葉の意味が分かった。


 オレは、魔族を殺した。殺せるだけ、一匹とて逃さず、温情も必要はなかった。


 それが、オレの役目だった。


 だから魔族の命と他の命とで違いがあるかを見比べることをする発想もなかったし、命だとすら思っていなかった。


 それに気付かせてくれたのが、よりによって魔族だった。


 解体これが……その裁きなのだろうか。


 自分では罪を犯していたと分からなかった。そんなことをしていたなんて、思いも寄らなかった。だからこそビクターはオレを見捨てたのだろうか。


 ごめんなさい、カイゾ。ここから脱出する方法を用意してくれたのに。


 ごめんなさい、ケンジ。脱走した後に逃げ延びるペテンを教えてくれたのに。


 ごめんなさい、ゲイツ。ほとぼりが冷めた後に“ノベナロ町”あたりが暮らしやすいと教えてくれたのに。


 ごめんなさい、みんな。せっかくオレのために頑張って色々と用意してくれたのに。


 オレは――――。


「ノック・ノーック」


 無音をかき乱し、唐突に響くあまりにも場違いな声色に、思わず腰が浮いた。


「……ケンジ?」


「答えは残念ながらノーだ」


 扉が開く。


 奥から現れたのは、三十代くらいの男だった。小太りで無精髭を生やし、しかしその黄色の瞳は宝石のようにギラギラとしていた。


 その服装は黒ばかりで、少なくとも都の正式な役員ではなさそうだ。


「だが、ケンジ様の希望に応えるためにやって来た。そこに違いはない。私は言わば、都の裏切り者だ」


「裏切り者……ですか」


 ケンジの名に様を付ける辺り、恐らくは彼のペテンで騙されたのだろう。彼はそこまで根回ししてくれたんだな。


「その通ぉり。今から君を解放するのだからな」


「でも、オレは――――」


「んっ、んー。まあ見てたまえ」


 男はオレの隣に座ると、オレの後頭部に手を当てた。


「………………さ、これでよし。安全装置は解除だ」


「え……」


 言われてみれば、確かに立ち上がることができた。


「せ、制御は、オレの脳に組み込まれていたはずです。いったいどうやって?」


「マジックみたいなものさ。プロの鍵屋はみんなマジックのように鍵を開けてしまうからなぁ。ハハハッ」


 男は「そう構えるなよ」と、オレの背を叩いた。


「さ、後は自力だぞ。生きるんだ。お仲間さんの協力を無駄にするなよ? 死んだ者が償いなどできるわけもないしなぁ。兄弟」


「そうだ。あなたはあの三人と知り合いなんですか」


「んー…………まあな。話は複雑だが、実のところ脱出の残り時間はごくごく僅かしかないのだ。私は一足先に失礼するよ」


 男は入り口に立ち、「さらばだ兄弟」と行ってしまった。


 慌てて後を追ったのに、もう廊下にすら居なかった。


 今のは…………いや。それよりも。


「生きる、か」


 オレが魔族にしたことの罪は余りにも大きい。ただ解体されるだけで償いになるとも思えなかった。


 なら、生きよう。


 オレの罪は、今のオレではとても償いきれない。ならばまずは罪とともに生きよう。話はそれからだ。


 廊下へ飛び出すと同時に、ちょうど廊下へ来た巡回の警備たちに見つかった。


「な――――ば、馬鹿な!? 脱走だ! 構えろっ!」


 相手の数は三人。武器はボウガン。


 オレが行くべき扉は彼らとオレとの間。ならば都合が良い。


 駆け出す。飛んでくる矢は、飛ばすボウガンの角度で分かる。


 身を翻す。熱の魔法で蒸発させる。手で掴んで止める。状況に合わせて矢を避ける。


 目的の扉を飛び込みながら開け、転がり込んだ。背後から応援を呼ぶ声が響いてくる。


 別の廊下だ。真っ直ぐに駆け抜け、10番目の扉。


 ここが武器庫だな。扉へまた飛び込む。


 この部屋にあるのは大型の兵器だ。西側には大量の火薬の類い。東側にはバリスタにカタパルト、開発中だという戦車までもがずらりと並んでいる。


 その中でカイゾに言われたものを探す。


 “いいですか。投石機カタパルトです。一つだけ方角がおかしなものがあるので、それを探しなさい”


 ざっと見回しただけで、一つだけ逆向きに置かれたカタパルトがあるのが分かった。その照準は窓へ向いている。


 金属のバネ式で、ハンドルを回すと撃てるようになるようだ。


 急いで手回しする。


 だが警備たちに追い付かれたらしく、扉の前に足音や掛け声が集合してきていた。


 いや、ここは入り口から見えない位置か。ならば――――。


「勇者と交戦中! 西側だ、警戒しろ!」


 回しながら叫び、部屋の真逆に熱の魔法を放つ。


 小分けの火薬に火を付け、ちょうど警備たちが突入してきたタイミングで爆発させた。


「西側に警戒ッ! 勇者は自爆を狙っているぞ!」


 ハンドルを回しながら叫ぶ。爆発のお陰でその音も誤魔化せていた。


「了解! よく耐えた! 俺たちが来たからもう安心だっ!」


 そう主任らしき男が叫び、あとの警備たちは軒並み西側へ矢を撃っている。


 その隙にハンドルを回し終わり、急いでカタパルトに乗った。


「──システム! EX[カタパルト]、起動!」


 オレが唱えると黄金の輝きがカタパルトを包み込んだ。


「……あっちじゃねえか?! おい、ほら向こう! 撃てッ!」


 警備が叫んでこちらへ矢を撃つのと、カタパルトが強化されたバネに耐えきれずオレを撃つのとは同時だった。


 一瞬で景色が変わり、空へと舞う。


 オレを包んでいた輝きが消えるのとともに、意識も消えていった。




 目を覚ます。


 ここは――――どこだ。


 視界にあるのは複雑に入り組む木の枝と、青い空のほとんどを隠す葉ばかりだった。


 立ち上がろうとして、全身がボロボロになっていて起き上がることすらできないことに気づいた。右腕以外が全く機能しない。


 何はともあれ、修理だ。身体の動く部分でどうにか、回復の魔法を使って故障箇所を修理していく。この間に状況を整理しよう。


 さてEX[]システムを使った以上、あのカタパルトで射出されてから3日は経っている。そして森に着弾してからの間、見付からずに済んだらしい。


 周囲を見れば森ばかりで、目印らしいものも見当たらない。なるほどここなら3日間眠ったとしても見付かることはまずないだろう。脱出自体は成功と思っていいな。


 修理が終わり、立ち上がる。一応軽く運動をし、完治したかを確かめ、改めて周囲を観察した。


 オレが倒れている場所に、太めの枝が落ちていた。


 次に上を見上げて木の枝を眺めると、少し遠くに枝が折れた木がある。


 倒れていた位置からして、オレはあの木の方角から飛んできたんだな。


 ならば行くべきは逆。まずは都からできるだけ距離を取ろう。ほとぼりが冷めるまでは放浪して生きなければ。


 都と反対方向へ歩き出す。こっちの方角は確か、ラズリブの地だったか。


 オレの為にどうやって生きるか、魔族をたちの為にどうやって償えば良いか。それを考えながら歩き続ける。


 森を抜けた。


 丘を超えた。


 海を泳いだ。


 断崖を登り詰めた。


 知っている地を訪れた。


 知らない地を訪れた。


 その先々で人を手伝った。


 そう作られたのか、オレの元になった人間がそうだったのかは分からないが、勇者の旅のときから困った人を助けるのが好きだった。


 だがあまり派手にも動けず、諦めることしかできなかったこともあった。


 その旅の中で、好きなだけお手伝いをしても疑われない職があると知った。


 調べてみれば特例として、その職に就くための裏道があると知った。


 放浪の中でずっと、ずうっと憧れ続けてきた。公的にお手伝いが認められているのだ。もう、諦めなくていいんだ。


 広々とした、砂の道。ノベナロ町の大通り。


 その先に見えるのは“ギルド”だ。


 高揚の中で、夢へ向かって真っ直ぐに歩み出した。


──────────


 ギルドの様子は、ずいぶんと変わっていた。


 コンコルディアナが破壊した入口は何とか修復できていたようだったのに、シグラが破壊した天井はそのままだった。ぽっかりと穴が開いているどころではなく、天井が無いのだ。なので降っている雪が、そのままギルドの床に雪が積もってしまっていた。ソファやらテーブルやらは隅に避難していた。


 だがカウンターは相変わらずの様子で、相変わらずの葉巻臭さだった。


「で、あっさり解放されたわけだ」


 あんなことがあったのに、スティーブはいつも通りの表情、いつも通りの気だるさで、いつも通りに葉巻の煙を立ち上らせていた。あれから3日しか経っていないはずだが、ギルドは平常運転だった。


「ええ。どうやらすっきり、自由の身ですね」


 オレがスリープに入った後、スティーブがティアにやらせたという投票があった。


 その結果は、一票差での勝ちだったという。土壇場でシグラに投票権が与えられたらしい。


 それに加え、ティア姫の宣言で“勇者に魔王を監視する使命を与える”としたので、事実上の放免だ。


「ふむ。では我輩からも一つ」


 いつも通りに警備に徹するウィリアムが振り向き、ピンと指を立てた。


「実のところ、彼が勇者であることは大移動の直後から知っていました」


「あ? 嘘だろお前。どうして気付いたんだよ」


「我輩の大叔父が、ミスター・親切屋の設計者だったからですよ」


 スティーブは顔を覆って背もたれにもたれた。


「んだよ。お前も水くせえことしやがってたのか」


「この告白で許してください、ギルドマスター」


 ウィリアムは足を引くお辞儀をした。するとスティーブは葉巻を一口。


「よーし。これで全員、秘密はナシになったって訳だな。ま、せいぜい監視を頑張ってくれよ親切屋。シグラを見張る必要があるとも思えねえがな」


 スティーブが言うと、彼の隣でシグラが笑った。


「投票も勝っちゃったしぃ、王女さまの特例だもぉん。しょうがないよねぇ」


 それに対して、シグラの背後に居るメガチリの姿をしたコンコルディアナが、オレを睨み付けていた。


「フン。勇者。貴様に監視される気はないが、それとなく監視している振りをしていろ。魔王様のプライベートに踏み込もうなどとしてくれるなよ」


「ええ。そうしておきます」


「それと、いつ何時も魔王様への感謝を忘れるな。魔王様のご温情のおかげで貴様の命が繋がったのだからな」


 満足げに話すコンコルディアナだったが、シグラが座ったままでくるりと振り返り、強面男の頭をコツンと叩いた。


「こらぁ。それはコンコルディアナもでしょぉ? 私の身代わりになってくれようとしたときにぃ……」


「むぅ……」


 彼はしょんぼりとしてしまった。


 シグラがまたこっちへ振り返る。


「だからぁ、助けたのも助けられたのもお互いさまってことでぇす」


 スティーブは葉巻を咥えたままでシグラへ向く。


「へえ。案外簡単に許してやるんだな。親切屋のこと」


 すると、シグラは少し驚いた顔でスティーブを見返した。


「え? 許しませんよぉ?」


 シグラがオレを真っすぐに見据えた。


「わたしの仲間をみんな殺しちゃったことぉ、一生許さないもん。それが精いっぱいの仕返し。ね?」


 その顔は微笑んでいた。


 だが、宣言したのはもっとも重い罰だった。


 オレは最期まで、罪と生きるしかないらしい。


 シグラへは、ただ頷きを返した。


「とゆーわけでぇ。もう暗殺とか復讐とかしないので安心してくださぁい」


「……おう。別に、変な気起こさなきゃ良いさ。事件はこりごりだからよ」


 スティーブは葉巻を一口吸って、煙を吐きながら言葉を続ける。


「まあ、魔王だろうが書類仕事からは逃げられねえぞ」


「はぁいっ。うふふ」


 スティーブとシグラはいつもの調子で笑いあった。


 そのとき、裏口の方から足音が響いてきた。


「お疲れ様です。ギルドマスター」


 知らない人だった。


 凄まじい厚着に、回収人のバッジを光らせている。


「ん。今日はカリヤじゃねえんだな」


「カリヤさんは不調のようで、休みです」


 スティーブと顔を合わせる。


「ああ。あれだけ熱烈だったからな。恥ずかしくて出てこれやしねえか」


「……じゃあオレ、カリヤさんの様子を見てきますね」


「おう。行ってこい朴念仁」


「行ってらっしゃ~い」


「お気をつけて、ミスター・親切屋」


 スティーブとシグラとウィリアムに「行ってきます」と言い振り返ると、ちょうどバーンズが来たところだった。


「おっ! 釈放おめでとうよボークン! どっか行くの?」


「どうも。カリヤさんが休みみたいなので、ちょっと様子を見に行きます」


 バーンズは回収人を見た。それで分かったらしく、オレの肩をボンと叩いた。


「おーおー! いいねえ。行ってらっしゃいよ。あ、シグラちゃんのパーティー今度こそやるから、後で予定教えてちょうだいな?」


「分かりました。行ってきます」


 バーンズがカウンターへ向かった。ギルドを出る背後から、「ようこそ魔王ちゃんの会やろうぜ」と聞こえてきた。


 表通りに出て、カリヤの家の方角へ向かう。いつだったか教えてもらっていたのが幸運だった。さて、カリヤとは何を話そうか。いや、ウィリアムの時みたいにギルドへ連れてこようか。


 ……ああ、そういえば。


 オレはもう、秘密を抱える必要がなくなったんだったな。カリヤは、オレが勇者と知ってなお好いていてくれた。


 ならば、もう彼女の想いを無視しなくてもいいのか。


 50年生きてきて初めてのことをしようと思い付いてしまい、ひどく緊張してきてしまった。




 ――――――食事に誘おう。

今回で ミリしら小説家になろう は最終回となります。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

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