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ルクスの敗北

「早いっ……!」

「簡単に行くと思わないことだ、坊主」


 剣を構えているだけで、凄まじい圧力が襲ってくる。

 だがそれでも、今のルクスが引くわけにはいかない。

 地を蹴り、一気に加速する。

 黒い心臓の力により、今のルクスは並の戦士よりは遥かに早い。


「お前さんも充分早いよ」


 上段からの振り下ろしは、横に勢いを削がれて流される。

 横に振るった一撃も、悠々と下に弾かれた。

 何度剣を叩きつけても、オーウェンはまるでルクスの動きを呼んでいるかの如く捌き切り、態勢を崩させることもできない。

 のらりくらりと攻撃を躱され続け、打ち込んだ回数ばかりが増えていく。

 十を越え、二十を超えようとする頃に、ルクスの動きに陰りが見え始めた。


「動きに無駄が多いな。……まるで、」


 言い終える前に距離を詰めるが、オーウェンはそれにも悠々と対処して見せた。

 下から振り上げようとした剣を上から抑え込まれ、そのままの姿勢で互いに睨みあう。


「以前の戦いの時も思ったんだが、お前さんやっぱり普通の人造兵じゃないよな? 人造兵にしては弱すぎるし、強すぎる」


 身体を押され、双方の距離が離れる。


「オーウェン殿!」


 再度踏み出そうとしたところで、いつの間にかフェンリスの兵士達が周囲を包囲していることに気が付いた。

 武装した兵士の中には、銃を構えた者の姿もある。

 それを見たオーウェンは、追い払うように手を振りながら、


「よせよせ、子供一人に大人げない」

「ですが……」

「いいんだよ、それより俺の槍は?」

「こちらに」


 兵士の一人が、オーウェンの足元に槍を投げてよこす。オーウェンは剣をしまうと、足元のそれを拾い上げて構える。


「もう終わりにする。これは個人的な喧嘩だ、お前さん達が出る幕じゃない」

「は、はぁ……」


 オーウェンのその言葉に、兵士達が包囲を解く。


「オーウェン殿と渡りあう実力者……あの子供は何者だ?」

「それより見ろ、あの目。ありゃ人造兵だ。まだ生き残りがいたなんてな」


 周囲の兵士達は、警戒を解いて口々にそんなことを言い始める。


「居心地も悪くなってきただろうし、次で終わりにするか」


 そう言ってから、次の行動までの動きを、ルクスは捉えることができなかった。

 瞬きをしている間に槍の穂先が目の前にあり、慌てて剣を振るってそれを跳ね上げる。

 そのまま反撃に転じようとする隙すら与えてもらえず、懐にオーウェンが迫っていた。

 下から上に、石突きがルクスの腹を狙って振り上げられる。

 直撃を避けることができず、少年の小さな影が宙を舞った。

 周りで見ている兵士達の歓声が上がる。


「がっ……!」


 地面を転がり、なんとか立ち上がる。


「まだ立てるか? ……だがな」


 二人の影が交差する。

 ルクスの剣はその速度を以てしてもオーウェンには届かず、槍の柄の部分で殴られてルクスは吹き飛ばされ街道を転がった。

 その衝撃は凄まじく、たった二撃でルクスを戦闘不能まで追い込んでしまう。

 立ち上がろうにも、腕に力が入らない。心臓は鼓動を刻み、今も黒い心臓が力を貸してくれているはずなのに、身体の方は限界を迎えていた。


「あんまり手荒過ぎることはしたくないが、何が起こるかわからないんでな」


 頭上でオーウェンの声がする。

 次の瞬間、上から降ってきたような衝撃に全身を撃ち抜かれて、ルクスはそのまま意識を失った。


 ▽


 気絶したルクスを見下ろしながら、オーウェンは取り出した煙草を口に咥えた。


「やめとけ」


 ルクスを捕まえようと近付いてきた兵士は、そう言われて怪訝な顔になる。


「言ったろ。これは個人的な喧嘩だよ。だから別に捕まえる必要なんかない」

「で、ではこいつはどうすれば……?」

「気にすんな、その辺りに捨ててくる」


 煙草を吸い終えると、吸殻を足元に捨てて踏み潰す。

 それから槍を近くにいた兵士に預け、倒れたルクスの傍に腰を下ろす。


「ほれ、お前さん達もそろそろ持ち場に戻れ。フィンリー嬢ちゃんに雷は落とされたくないだろ」


 オーウェンにそう言われた兵士達は、すぐに仕事へと戻っていった。

 自分一人になってから、オーウェンは誰に言うでもなく、一人呟く。


「ふー……。しんどい」


 言いながら、脇腹を抑える。

 ルクスの剣は直撃こそしなかったものの、最後の交錯の瞬間確かにオーウェンの身体を掠っていた。

 もう少し深ければ、戦闘不能に陥るほどの傷を負っていたかも知れない。

 それだけでなく、何度もルクスの強撃を捌いた両腕の感覚も消え、鈍い痺れが残っている。


「大したもんだよ、お前さんも。……だからこそ、あのお嬢ちゃんを渡すわけにはいかないんだ。わかってくれるかね?」


 当然、気絶しているルクスから返事が返ってくることはない。

 もし、彼がただの人間だったら、何も言わずにここを通して話をさせてやるぐらいのことはしてやっただろう。

 だが、事実はそうではない。ルクスは人造兵で、力を手に入れれば人間に対して牙を剥く可能性すらありうる存在だった。


 火種が小さなうちは見逃してやれる程度の余裕はある。大抵の場合は、それが大火となる前に風に吹かれて消えてしまうからだ。

 人でないもの同士が揃えば話は変わってくる。特にそれが、何らかの理由があって葬り去られた負の遺産ならば尚更のことだ。


「本当は殺しちまうのが一番なんだがな」


 新たな戦いの火種になるのならば、そんなものは早々に摘み取り消してしまう。人間を護るのならば、そうするのが最も正しい行いだ。

 人のために、人々の暮らす世界を護るためにそれができるのが、『英雄』と呼ばれる者達なのだろう。

 だからこそ、オーウェン・スティールは英雄ではない。

 こんなことで迷い、余計な感傷を抱いてしまう男は、英雄には相応しくはない。


「よっと」


 ルクスの身体を担ぎ上げる。

 少女と見紛うほどに細い少年の身体は、思いの外軽かった。


「……色んなしがらみを背負うにはまだ若くて、未熟過ぎんだろ」


 少年はまだ何も知らない。

 英雄と言うものはなんであるか、英雄になることの意味。

 そして自分達がどれほど異端で、それらを世界がどれだけ排除したがっているかどうか。

 これはオーウェンの単なる予想ではあるが、これから先彼が歩む道程は険しく、苦しいものになるだろう。

 しかし、だからこそ身勝手に願ってもしまう。

 この純真な少年が全てを理解し、そしてその上でもまだ己の意志を貫こうとするのなら、その先に誰もが切り拓くことのできない道があって欲しいと。


「おーい!」


 近くを通りすがった行商人の馬車にお金を握らせ、ルクスをミリオーラへと乗せて行ってもらうように頼む。

 顔見知りのその商人は、二つ返事で了承してくれた。

 去って行く馬車を見送って、オーウェンはその場から立ち去っていった。

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