化け物の少女と甘いケーキと
「え、えええぇぇぇぇ……。これって、どどどどどどういう状況なのでしょうか……?」
ギルド・フェンリスの支部となっている要塞の隅にある一室。物置として使われているその部屋では、アディが戸惑った声を上げていた。
フィンリーは腕を組んでその姿を見つめている。今、アディの目の前にある埃っぽいテーブルには綺麗な敷物が敷かれ、お茶やケーキなどの甘いお菓子が並んでいる。
「あんたが食べ物がいいって言うから買ってきてやったんでしょうが。それとも、これじゃ不服なの?」
ぶんぶんとアディは首を横に振る。
「た、たたた食べても……?」
「いいに決まってるでしょ。っていうか、さっさと食え。あたしもいつまでもあんたに構ってるほど暇じゃないんだから」
「は、はいぃ! ……ふへへっ、こんなの食べるのは初めて……もぐもぐ……甘い……」
「ちっ……」
聞きたくもない言葉を聞いてしまった。
「この部屋汚過ぎよね。それに狭いし……掃除ぐらいしなさいよ」
「な、何も動かすなって言われてるので……。でも、狭いのは別に、気になりませんよ。隅っこでジッと、じぃっとしてるんで。ふへっ、落ち着くんです」
大昔の鎧と鎧の間に、何やら隙間がある。恐らくそこが、アディが蹲る空間なのだろう。
人が二人いるだけで窮屈な、薄暗い部屋。こんなところに閉じ込めて必要な時以外は外に出さない。
非人道的とも呼べる行為だが、それを咎める者は何処にもいない。彼女は人間ではない、兵器として生み出された存在だ。だから、そんな扱いをしても許される。
フィンリーも頭ではそう理解している。出世のためにもそうする必要があり、彼女を自分の元から手放してやるつもりはない。
しかし、そうは言っても全てを割り切ることができない程度には、フィンリーと言う女は人間だった。
「あつっ」
「ちゃんと冷ましなさいよ」
「は、はい……ふー、ふー……。でも、温かくて……美味しい」
「そんなもんにいちいち感動するな」
「努力します……ふへへ」
「ちっ」
舌打ちをして、傍にある箱に腰かける。この部屋には、当然椅子などと言うものはない。
目の前の少女は、余りにも惨めだ。フォークすらまともに使えず、零れたケーキを手づかみで食べている。
舌が痺れるほどの甘さに驚き、なくならないようにと、ちびちびと小さく口に運んでいた。
子供の小遣いでも買える程度の物に、何どうして目に涙を溜めている。
なんて哀れで惨めな生き物なのだろう。
あれだけの力を持って、戦場を蹂躙して、それと同じ人物とはとても思えなかった。
そしてその歪みを生み出して、あまつさえ利用しようとしているのはフィンリー自身だ。
食器もまともに使えない少女と、自分。人から嘲笑われるべきは、果たしてどちらだろうか。
アディを見ていると、そんな考えが頭の中にちらついては消えていく。
「……あんた」
「は、はいぃ?」
「食べ終わったら手は拭きなさいよ」
こくこくと大きく頷く。
「あ、あの……よかったら、一緒に……」
「……いらない。甘いものは嫌い」
「はぇ……! ごめんなさい……!」
たった一言に怯え、小さくなるアディ。
もし彼女にその気があれば、フィンリーなど一瞬で八つ裂きにされてしまうだろうに。
これではどちらが惨めかなど、わかるわけもない。
「……あんた、自分がなんだかわかってるの?」
「……半分、ぐらいは。お、お話ししても?」
「ええ、どうせ暇だし聞いてあげる」
「あ、ありがとうございます。ちゃ、ちゃんと話せるかな……? 順序立てて、わかりやすく、よく通る声で……」
「そんなんどうでもいいからさっさと話せ」
「は、はい……。えっと、多分、研究所にいました……そこでは色々な……その、何かの研究をしてて、わたしもその一つだったみたいです」
「それが何かってのはわかってるの?」
「あんまりよくは……。でも、ちょっとだけ特別……だったみたいです。凄いですか? えっへん……ごめんなさい、凄くはないですね」
無言のフィンリーを見上げて、勝手に落ち込んでしまう。いちいち反応するのも面倒だったので、顎で続きを話すように促す。
「でも、わたしは……わたし達は結局失敗だったみたいです。存在することすら許されないからって、火で殺されそうになりました。みんな、自分はそうなるのが運命だって思ってて、わたしもそう思ったから、黙って焼き殺されようとしました。知ってます? 火って熱くて苦しくて、思ったより簡単に死ねなくて、大変なんですよ?」
「……あっそ」
少しばかり、そんな話を振ったことを後悔し始める。
「でも、ルクス君が手を引っ張ってくれました……。こんなところで死ぬべきじゃないって、わたしを立たせて、走ってくれたんです。わたしはとろいから、途中で逸れちゃったんですけど……」
「で、そのルクスってのがあんたの想い人ってわけね」
「お、おおおお想い人なんてそんな……! ただ大好きなだけですから……!」
「……別に何でもいいけどね。ただ、あんたはあいつには会えないから、それは理解しとくように」
「や、やっぱり駄目ですか? 頑張ってお仕事しても、駄目ですか? 必要なら沢山殺しますよ。ルクス君に会えるなら沢山、沢山、沢山殺しますよ。今までもそうやってきたから、大丈夫です。自信あります。大勢殺して見せます。色々な人がわたしを殺そうとしたけど、全部殺して食べちゃったんで、実績あります、自信満々ですけど」
一息に早口で語るその姿に、フィンリーは若干引いてしまうが、このままルクスに対する未練を残させるわけにもいかない。
「駄目よ。それに、あいつはあいつで自分の人生を生きてるんだから、今更あんたが会いに行ったってお互いに不幸になるだけよ」
「ふ、不幸に……?」
「そうよ。獣人の女と一緒に楽しくやってるみたいだしね。もうあんたの居場所なんかないんじゃない?」
「……あぁ……言われて見れば、そうかも。そうですよね、わたし根暗だし……喋るの苦手で時々早口になるし、想像上のルクス君とお喋りすることもあるし、そもそも化け物だし……ルクス君が今を楽しく生きてる邪魔しちゃいけませんよね……」
「……でも、あたしはあんたを必要としてるわ。あたしの出世のために精々役に立ちなさい、それがあんたの居場所よ」
「……は、はい。頑張ります、わたしの居場所……護るために……生きてちゃいけなかったわたしが、生まれてはいけなかったわたしがいられる場所、欲しいです。与えてくれるなら頑張ります……ルクス君のところにいられないのは残念だけど、でも我慢します」
「ええ、そうよ。そうすればいいのよ」
壊れた人形のように何度も頷いて、自分自身に言い聞かせるように、譫言のような言葉を繰り返し呟く。
例えそれが自分で招いた結果であっても、それを見続けることに耐えられなかったのだろう。
だからフィンリーは、決してしてはならない質問をしてしまう。
「……ねぇ、あんた」
「はい?」
「あんたは人間を、世界を恨まないの?」
或いは、ここで一片の敵意でもあれば、フィンリーと言う女はアディを道具として割り切ることもできたのだろう。
「恨まないです。世界はとても綺麗で、暖かいから。わたしは化け物だから、生まれてはいけないものだから遠くで見ていることしかできないけれど、それでも羨ましい、一緒に入りたいって願ってしまうぐらいには、素敵だから」
「……!」
音を立てて、フィンリーは箱の上から勢いよく立ち上がる。
それに驚いたアディが仰け反り、そのままひっくり返ってしまった。
それを一瞥することなく、フィンリーは部屋の出口へと向かう。
「後で片付けに来るから、次に食べたいものを考えときなさい」
「……は、はい……」
部屋の外に出て扉を閉めると、思ったよりも力が入っていて、大きな音が要塞内に響いてしまう。
「……何が綺麗な世界よ……」
そんなはずがない。
この世界が美しいわけがない。
もし彼女が見ているような幻想が真実なのだとしたら、アディ・ルーのような少女が生まれているはずがないのだから。
この余りにも醜く汚らわしい世界、そのまごうことなき一部たるフィンリーは、苛立ちを隠すこともなく大股でその場から歩き去っていった。




