同胞へ
『願いを叶える秘宝』にまつわる事件から数日後。
意識を失ったまま運び出されたシェーラだったが、外傷は小さく、少し経ってから目を覚ました。
起きてからシェーラは、泣いた。
その場に居合わせたミラとイングリッドと一緒に、泣いて泣いて泣き喚いた。
人造兵の少女は、何故泣いているのかもわからずに、生まれてから初めての涙を延々と流し続けた。
そして泣きつかれて眠り、起きてはまた理由もわからず泣き喚き。
友人達に支えられながら、今は何とか自分の足で立って歩くことを覚え始めている。
「色々と世話になったね」
ギルドの業務を終えたルクスと、その近くでウロウロしていたベオの元にイングリッドがやってきた。
「まったくだ」
口ではそういうが、声色は柔らかい。どうやらベオは、このイングリッドという少女のことを結構気に入っているらしい。
「あまり長い間お世話になるわけにはいかない。明日にでも、ここを出ていくよ」
「出て行ってからのことは決まってるんですか?」
イングリッドは首を横に振るが、その表情に不安はない。恐らくは三人で話して、それを決めたのだろう。
「まずはニコラス博士の遺産を整理しないとね。あの屋敷に戻るのはシェーラには辛いかも知れないけど」
「シェーラさんなら大丈夫ですよ」
「それは同じ人造兵だからかい?」
「違います。同じ人だからわかるんです、イングリッドさんがそうであるように」
ルクスの言葉に、イングリッドは一瞬呆けた顔をした。
それから本当に、心の底から穏やかな笑顔を見せる。
「そうだね。ボクとしたことが、そんな初歩的なことを忘れていたよ」
「ふん、精々精進しろ」
「君も、使える魔法の種類を少しは増やしてみたらどうかな?」
「気が向いたらな」
彼女の軽口にも、ベオは気を悪くした様子もなかった。
ルクスの隣で元気よく、見えないように尻尾を振っている。
「一通り片付いたら、ボク達もギルドでも始めようって話してたんだ」
「なんだ、商売敵か」
「そうだね。ただまぁ、シェーラとしてはちょっと違うみたいだけど」
イングリッドがそういうや否や、階段を元気よく駆け降りてくる足音が響く。
シェーラと、その後ろに隠れるようにしながらミラが現れた。
「あばばばばばばばっ」
ミラは相変わらずで、ルクス達に丁寧にお礼を言ってから二人の背後に隠れてしまう。
一方のシェーラは、もうすっかり元気を取り戻したようで、ルクスの方をその瞳で強く睨みつける。
「ルクス! 今回のこと、ありがとう! お前のおかげで、あたし達は助かった、多分……お父様も」
「……そうだね」
そうだと信じたい、というのが本音だった。
それでもあのとき、最後に見せたニコラスの表情は父親のものであったと、父を知らぬ人造兵は願っている。
「あたし達はお父様の屋敷を整理して、それからギルドを始める。お前達みたいに、三人から始めるギルドだ」
「うん」
以前までのシェーラなら、ここで挑戦状でも突きつけてきただろう。
だが、今の彼女は違ったようだった。
「そのときは、お前達の力になるからな! 受けた恩はちゃんと返す、お前達が困ってたら、絶対助けてやる!」
胸を張って、シェーラがそう言い切った。
「お前達に助けられるようなら、私達も終わりだろうがな」
「……誰?」
「ずっといただろうが! こいつの隣に!」
そういいながらベオはルクスの服を引っ張るも、残念なことにシェーラは本当に覚えていないようだった。
「まあいいや」
「まあいいやじゃない。私こそがこのギルドの最重要人物……」
「ルクス、それじゃあ……またな!」
大きく手を振って、シェーラがギルドを出ていく。
残されたミラも、しばらくきょろきょろとした後に、ルクス達の方に向かってぎこちなく頭を下げてから、シェーラを追いかけて出て行った。
そんな彼女達を見て、イングリッドが微笑む。
「お前、これから大変そうだな」
「かもね。でも、ボクが望んだことだ」
「そうか。……そうだろうな」
そういったベオの表情も、穏やかなものだった。
「ボクは人間が怖かった。正確には、英雄という強大な力を擁する人間がね。だから、間違ったことだと知っていながらニコラス博士の研究を黙認した。……もしかしたら、それが将来英雄からボクの同胞を護れる力になるかも知れないと思ってね」
イングリッドの長い耳が小さく動き、彼女がエルフであることを主張する。
彼女の言葉通り、人間にとっては心強い剣であり盾である英雄は、それ以外の者達にとっては脅威でしかない。
「それはわかります。英雄が僕達が思っているほど、慈悲を持った力じゃない。命令があれば誰とでも戦い、数多の命と引き換えに災いを治めるものです」
「うん、そうだね。……ボクは卑しくも、同胞を捨てた身でありながら、それでも何処かで彼等に取り入る手段を探していたんだろう」
この独白は、イングリッドの罪の告白だろうか。
それを知ったところで、ルクスやベオが彼女に掛けてやれる言葉などはない。それでも、ここでこうして胸の内を吐き出すことには大きな意味があるのだろう。
「でも、考えが変わった。ボクは彼女達と一緒に生きるし、何よりも」
真っ直ぐに、ルクスとベオを見る。
「君達を知ったから」
「私の偉大さの話か?」
「違うよ。英雄でもない君達は、人間ではないボク達を助けてくれた。その心と力を信じてみたくなったんだ。それを教えてくれた君達に、本当に感謝している」
改めて、イングリッドが深く頭を下げる。
ギルドの外からシェーラの催促する声が聞こえてきて、そのままルクス達に背を向けた。
「それじゃあ、また」
「……ふん、精々力をつけて、私達の役に立てよ」
ベオの素直じゃない応援を受けて、イングリッドはギルドを後にする。
ギルドの扉が閉まるのを確認してから、ベオはルクスの隣に座り、肩に頭を預けた。
「やれやれ、今回も疲れた割には儲けがなかったな」
「まあまあ、そういわずに」
「ま、そうだな。ここのところ事件が立て続けだったから、この程度で片付く方が楽ではあるが」
今回の件にしても、古き神という得体の知れない化け物との死闘があったのだが、どうやらルクスもベオも大分感覚が麻痺しているようだった。
「同胞か」
ベオがそう口にする。
ルクスは黙って、その続きを待った。
「私にもいると思うか、同胞が?」
「……いるんじゃないかな、何処かに」
そう言ってから、ルクスは妙な不安に囚われた。
遠くを見つめるベオの紅い瞳が、寂しそうに揺れていたからだろうか。
だから、こんなことを口にする。
「ベオは、もし同胞と呼べる人たちが見つかったら……その人達と一緒にいたい?」
ルクスは一人だった。
ベオも一人だった。
だから一緒にいるわけではないが、それでも孤独であったことが一つのきっかけであったことは紛れもない事実だ。
寄るべき文化や土地、血の繋がりを持たないルクスと、謎は多いがそうではないベオ。
自然な命と不自然な命は、いつまで一緒にいられるのだろうかど、そんな疑問が頭を支配する。
「心配するな」
ルクスの声色か、それとも空気を察したのか、ベオの声はいつもより少しだけ優しいものだった。
もたれかけた頭の三角耳が、ルクスの頬を叩き、尻尾が腕に絡む。
「既に死に絶えたかも知れない同胞に興味はない。……今は、お前達といるこのギルドが私の居場所だ。お前が作った、私達の場所だぞ?」
「……そうだね」
そのまましばらく、二人は肩を寄せ合っていた。
ルクスの胸の内に芽生えた不安が、小さくなって消えるその時まで。




