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4-14

 意外なことに、ルクスにはそれなりの自由が与えられていた。

 勿論基本的にはエルマの監視下に置かれ、寝る時は鍵の掛かった部屋、武器は取り上げられているなどの制約はあるが、縛られもしなければ閉じ込められるわけでもない。

 恐らくだが、彼等にとってもルクスは同胞に近いのだろう。亜人達にとってルクスは、人間に利用された哀れな人造兵だ。

 昼間は畑仕事や荷物運びなどの仕事に従事させられていたが、それも奴隷のような扱いではなく、エルマがしっかりと仕事を教えてくれている。


「結構上手だね」


 鍬を振るって地面を耕していると、隣で作業していたエルマがそんなことを言ってきた。


「色々経験してきてるから」

「色々?」


 農作業の経験が豊富なわけではないが、ルクスは放浪していた時代に何度か手伝いをして食料を分けてもらったことがある。


「うん。もっと子供の頃は、あちこちを放浪してたし……商人の人の荷馬車に乗せてもらったり、荷物持ちをする代わりに旅の人に護ってもらったり」


 その時のことは、決して楽しい記憶ではない。

 研究所を焼け出されて、生きる方法を知らない少年は嫌でもそれらを学び実践しなければならなかった。


「ルクスは一人だったの?」

「……そうだね。僕がいたところが襲撃されて、その時に脱出できたの僕だけ……今は、生き残ってたもう一人と再会できたけど」

「……人間達の社会で、一人って辛くなかった?」

「辛かったよ」


 ざくっと、地面に隙を振り下ろして耕す。

 空から差し込む日差しは温かく、労働をしていると額には次々と汗が浮かんでくる。


「よく生きていられたね」


 人間達の社会で人造兵が一人で生きるのは、並大抵のことではなかった。

 エルマの言葉は嫌味などではなく、純粋に感心しているように聞こえた。彼女が知っている人間は、他種族に対して慈悲を与えるような種ではないのだから。


「その時に少しだけ農村にお邪魔させてもらったことがあってね。お年寄りの二人暮らしで、僕が代わりに作業をするから食べ物を分けてもらったことがある」


 寄る辺のないルクスを、その老人達は短い間とは言え迎え入れてくれた。その時は労働力の確保と言っていたが、単純に目の前にいる死にそうな子供を放っては置けなかったのではないかと、今にして思う。


「その人達は人間でしょう? 酷いことはされなかったの?」

「なにもされなかったよ。僕が人造兵だって気付いていなかったのかも知れないけど」


 エルマにはそう言ったが、恐らくはその老人達はルクスが何者であるかをわかっていた。今から数年前は、もっと他種族に対して警戒が強かったころだ。

 ルクスが二人の前に現れた時に、心配するより先に身構えたのを忘れていない。それでもその老人達は、最終的にはルクスを助けることを選んでくれた。


「信じられない。人間がそんなことをするなんて」

「いい人には大勢出会ったよ。勿論、同じぐらい悪い人にもね。でも一番多かったのは、多分怖がりな人だ」

「怖がり?」

「うん。大抵の人は、僕が人造兵だからって近付きたがらない。でもそれは悪意からそうしているわけじゃなくて、人造兵はかつて人間を裏切ったから、同胞を殺した怖い種族だからなんだ」

「……それって、あたし達が人間に対して思っていることと一緒……」


 時にはルクスを売り飛ばそうとする人や、兵士として利用するだけして捨てようとする者にも出会ったが、一番多かったのはそんな人々だったように思える。


「それから、僕にとってはいい人達の方が記憶に残ってるよ」


 食料を分けてくれた人、嫌々ながら目的地まで連れてきてくれた傭兵。そしてぼろぼろの少年を一声で迎え入れてくれたある屋敷の給仕長。


「おい、貴様!」


 二人の会話を引き裂くように、畑に沿った道から声がする。

 その方向を見てみると、あの時ルクスと戦った獣人の青年ジェスと、恐らくは周囲の見張りに出ていたであろう武装した男女数名が立っていた。


「聞こえたぞ、人造兵。余計なことを言うのはやめてもらおう」

「余計なこと?」

「エルマを懐柔して逃がしてもらおうって腹だろう? 薄汚い人造兵が考えそうなことだ」

「ジェス! そんな言い方は……!」

「黙ってろエルマ。いいか、そもそもお前やレジェスさんは勘違いをしているんだ。こいつは俺達とは違う、人間によって無から生み出された木偶人形なんだぞ?」


 そう言いながら、ジェスがルクスを指さした。


「血縁もなく、歴史を持たず、人間に都合がいいように生み出されて、そして自分達の我が儘で反乱を起こした自業自得の愚か者だ」


 そう思っているのはジェスだけではないようで、彼の後ろにいる若い獣人達は皆、同じような蔑みの目でルクスを見ている。

 そう言えば、大勢からそんな風に見られるのは久しぶりだなと、ルクスはそんなことを考えていた。


「いいか、人造兵。ここにいる奴等は全員が、古くからを血を紡ぎ、祖先の言葉を秘め、そして崇高なる使命を成す戦士達だ。この意味がわかるか?」


 ルクスは答えない。

 その無言を、ジェスは自分に対する屈服と受け取ったようだった。


「わからないよな。お前のように祖も歴史も血の繋がりもない奴には! レンツォさんは戦力になるからとお前を取り込みたいようだが、俺は認めない。お前のような奴がいては、俺達の戦いの神聖性が失われるからな!」

「ジェス! いい加減にしろ! どんな生まれだろうと、ルクスはあたし達の恩人だ! お前も、あの集落でルクスに助けられただろうに!」


 エルマは怒鳴りながら、ジェスの後ろでルクスを笑っていた男を指さす。

 彼はバツが悪そうな顔をしながら語る。


「いや、でもよぉ……よく考えて見れば俺達だけであの状況、何とかなったんじゃないかな? こいつらは上手いタイミングでやってきて、恩を着せただけっていうか」

「ふざけんな!」


 エルマは怒りのあまりその男に殴りかかろうとするが、その間にジェスが入り込む。


「やめとけ、エルマ。お前があの集落の奴等を先導して連れてきたことは認めるが、ここにはここの掟がある。これから戦争をするんだ、戦士の言葉が優先されるのは当然だろう」

「ジェス、あんた……!」

「いいか、エルマ。俺達は冗談で戦ってるわけじゃない。これから始まる戦いに、血と命を捧げるんだ。この大地に最初から生きてきた俺達の、純粋で尊い命をな」


 そう語るジェスの瞳には、陶酔の色が見える。

 彼は恐らく、これから始まる戦いに酔いしれているのだろう。


「とにかくだ、ジェス。ルクスはあたし達の恩人なんだ、この村にいる間に変なことをするなよ!」

「ふん、女に庇われるとは、お前の役目は命ある者の盾になることじゃないのか? 人造兵?」

「戦いは怖いですよ」

「ふんっ、真の戦士が恐怖を感じるものか! 現に俺はこれまでの戦場で、大勢の人間の首級を上げてきたんだからな!」


 そう叫び、笑いながらジェスはその場を去っていく。

 彼の後ろには取り巻きも続いていき、辺りはすぐに静寂を取り戻した。


「……ふー」


 一息ついて、ルクスはすぐに鋤を拾い上げて畑を耕し始める。陽が沈む前にある程度は終わらせておきたかった。


「あの、ルクス……ごめん」

「エルマが謝ることじゃないよ」


 そう笑いかけて、作業に戻る。

 エルマもそれ以上は人造兵であることについて触れないようにしたのか、同じように仕事を再開した。


「戦いは怖いって、どういうこと?」

「言葉通りの意味だけど」

「なんでジェスにそれを?」

「……わかってくれるかなって、ちょっと思っただけだよ」


 エルマはその言葉で理解したのかしていないのか、とにかくそれ以上は何もルクスに質問することはなかった。

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