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4‐5

 ギルド会館の一階。

 既に依頼の受付は終了し、今は少女二人がのんびりと過ごしていた。

 午前中に溜まった書類を整理するのに目を回しているアディを横目に見ながら、銀髪の長い髪、褐色の肌、大きな三角の獣耳と尻尾を生やした紅い目の少女ベオは、コップに注いだ果実のジュースを優雅に飲んでいた。


「そんな仕事、後であの乳女にやらせればいいだろうに」

「そ、そういうわけにも行きませんです……アディとしてはこれをしっかりと終わらせてルクス君に褒めてもらったりしちゃったりなんていう邪な願望があるもので」


 アディの言葉を聞いて、ベオは椅子に座ったまま天井を見て何やら考え込む。


「べ、ベオさんもやりません?」

「やらん。そもそも私は今代の字は読めるが書けん」


 厳密にはエレナに協力してもらい、少しずつ書けるようにはなっているのだが、事務作業をできるほどではない。


「それに私はやることがある」

「やること……? ああ、ひょっとして新人さんのお出迎えですか?」

「出迎えだと?」


 アディの言葉を、ベオは鼻で笑う。


「違うな。私がやるのは、試験だ」

「し、試験って……勝手にそんなことしていいんですか?」

「そもそも、私は新人を入れることについて納得はしていないぞ」

「多数決で決めたじゃないですかぁ……」


 ベオが耳を立てて睨むと、アディは怯えながら引き下がる。もう既にこの二人の力関係は出来上がっていた。


「無効だ、無効。そもそも私は多数決に納得していないからな」


 暴君もいいところではあるが、実際このギルドで一番頭が回るのがベオなので、多少の我が儘は許されてしまうのがギルドメンバーの頭が痛いところだった。


「そもそも、私達の直近の仕事を考えてみろ。並の奴が来て役に立つと思うか?」


 先日、魔王再誕という一大災害に駆り出されほぼ全員が死ぬ思いをして帰還してきたところだ。


「そ、それはぁ」

「適当な馬の骨が付いてきても、それこそ無駄死にもいいところだろうに」

「じ、事務作業だけでもやってもらえばいいんじゃないですか?」

「そんな奴に飯を食わせる余裕はない」


 ギルドというのはちょっと名が売れた程度では、なかなか儲からないものだった。仕事の謝礼自体はそれなりに入ってくるのだが、何分経費がかさむ。ルクスもエリアスも、その辺りを削減する術には疎い。


「ベオさんがアイスを食べ過ぎな気が」

「貴様もケーキを食べ過ぎな気がするぞ」


 二人は黙ったまましばし睨み合う。


「こ、この話は保留と言うことで」

「よかろう」


 お互いに触れない方がいい話題というものもある。

 言い合いが一段落したところで、ギルドの扉が無作法に開かれた。もうこの時点でベオの機嫌は斜めに傾いたが、当然入ってきた者達はそれを知る由もない。

 入ってきたのは男が三人。いずれも武器を携え、鎧に身を包んでいる。年齢は二十代半ばといったところだろうか。

 彼等はベオを見るなり、不遜な態度を隠そうともせずに訪ねてくる。


「おい、獣人。お前のご主人様は何処にいる?」


 不躾な言葉に、ベオの耳がぴくりと動く。

 テーブルに頬杖を突いたまま彼等を無視するベオに苛立ったのか、男達はギルドの中へと踏み込んできた。


「あ、あのあのあのあのあのあのあの」


 目をぐるぐるさせながらアディがそう声をかけるのだが、今の彼等には雑音程度にしか聞こえていないようだった。


「あー、君ギルドの受付の子? ちゃんと獣人に躾しないと駄目だろ。ちょっと有名になったからって調子に乗ってる?」

「貴様等、ギルドに入団したくて来たのではないのか?」


 男達の方を一瞥もせずに、ベオが尋ねた。

 一人はベオの態度に苛立ちを隠そうともしなかったが、もう一人の穏やかそうな男がそれを抑えながら返事をする。


「そうだよ。だからよかったら君のご主人を出してもらえないかな?」

「ま、この程度の弱小ギルドなら代わりに俺がギルドマスターになっちまうかも知れないがな」

「冗談が過ぎるぞ。魔獣殺しのギルドマスターだぞ」

「それだってどの程度のものか疑わしいだろ。お前だって、それを確かめる意味もあるって言ってたじゃねえか」

「……それもそうだが」


 何やら頭の上で言い合いを始めた男達に、ベオは苛立ちを隠そうともせずに、冷たい声を掛ける。


「あー、そう言えば」


 三人の注目がベオに注がれる。


「ギルドマスターから頼まれごとをしていてな。入団希望者に軽く試験をしておいてほしいと」

「試験?」


 一人目が眉を顰める。


「やっぱり調子に乗ってるな。こんな小さな弱小ギルドが、入ってくれるだけでもありがたいと思ってほしいもんだ」

「嫌なら出て行ってもらって構わんが……」

「いやいや、受けるよ。ほら二人とも、折角ここまで来たんだし」

「……そうだな。俺達も食い扶持に困ってるのは事実だしな」

「それで、試験の内容は? 何か道具でも用意されているのか?」

「……ふむ」


 一瞬、ベオは考えるような仕草をしたがそれは別に試験の内容に悩んだわけではなかった。

 そもそも、誰がこようと追い返すことはベオの中では決定事項だったのだ。頭の中に巡らせたのは、恐らく怒るであろうルクスをどう言いくるめるかだ。勿論、ベオにとってそんなことはちゃんと考えるようなことではない。適当に、我が儘を押し通すだけだ。一秒にも満たない間の思考は、ベオなりの心の免罪符の発行に過ぎない。

 ばち、と火花が散る。

 ベオの右手に赤い炎が宿った。


「まほっ……!」


 この状態で、一切の前兆もなく魔法を生み出せる相手を、男達は知らない。本来ならばそこは、魔法使いの距離ではなかった。

 彼等が驚いている間に、ベオの火球が炸裂する。威力を調節したそれは、三人に適度な火傷を負わせつつギルドの外へと吹き飛ばした。ご丁寧に、扉はアディの分身とも言えるスライムが開けておいてくれた。


「ごあっ!」

「この獣人!」

「試験は失格だ。あの程度の奇襲も避けられないような奴が、一体何の役に立つというんだ?」

「それを決めるのはてめぇじゃねえだろうが!」

「いいや、決定権は私にある」


 実際、ベオが本気で嫌がればルクスは採用を見送るだろう。それはベオの中では、自身に権限があることになる。


「くそっ、調子に乗る……な……?」


 血気盛んな男の一人が、武器を抜こうとするが、彼はすぐにその違和感に気付く。

 身体が動かない。そればかりか、足元に泥濘に使っているような違和感が纏わりついてくる。


「あ、アディは影も薄いですし、こんななのでお話ししてくれなくても別に傷ついたりはしないですけど、それはそれとして無視されると非常に辛いというかちょっと悲しいというか、むしろほんのちょっとだけ、例えばケーキの上の苺一個分ぐらい怒ったり怒らなかったり、でもルクス君を馬鹿にするようなことを言ったので、アディとしては貴方達は失格ですぅ」


 ずぶずぶと、男達の身体が泥のような何かに喰われて沈んでいく。


「は、何だよこれ! 化け物だ! やめろ、話してくれ!」

「ふへへっ、これからは影が薄い女の子のお話しもちゃんと聞いてあげてくださいね」


 男達の命乞いや悲鳴を無視し、無情にもスライムは彼等を飲み込んでいった。


「消化しないので大丈夫。ゴミ捨て場にぽい、です」


 ずるずると這いずって、街中へと向かっていく。一応、近所の住民はあれがアディが召喚する何かというぐらいの認識を持っているので、騒ぎになることはないだろうが。


「……なんだ、やっぱりお前も嫌だったんじゃないか」

「あ、あの人達は嫌です。ルクス君とベオさんを馬鹿にするなんて、アディ的には論外です」


 少なくともこれでベオだけが怒られることはなくなったようだった。

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