優しさは痛く切ない。
パタン
と音を立てて、王と王女、大将軍のいる部屋から出た。
さて、怖かったわけだが。
「おっかないよぉー。生後一ケ月ちょいの僕には荷が重いって……」
まぁやるだけやったし、最低限必要な言質も取った。
「あとは……、夜の結果待ちだねぇ」
情報の管理は徹底されているようだった。芋虫にしたあの貴族の部屋には、上の人間に繋がる情報は得られなかったのだ。
腹癒せに財宝はすべて盗み出して、当座の資金を調達できたのはよかったけれど。
城内を歩いていると、厭でも視線を感じる。褐色も白髪も珍しい上、それに目を引かれて肌をよく見れば鱗が浮き上がっている子どもだ。
そしてその子どもが、亜人の勇者だと皆が知っている。
「あまり良い気分じゃないね。さっさと出てしまおう」
復讐は必ずするが、一朝一夕でできるものではない。復讐して終わりにもできない。亜人の解放までやらなければならないのだから、僕は復讐を終えた後も無事でいなければならないのだ。
それに、ただ殺して済むような甘い復讐で終わらせる気はない。生まれてきたことを、生きてきたことを後悔するような復讐にしなければならない。
首謀者は椅子に縛り付けて目を開かせ、その前で愛する娘の腸を切り裂きながらその腹に煮え湯を垂らし、犯しながら顔にクソをするような、そんな復讐でなければ意味が無いのだ。
そのためには、確たる証拠がいくつも必要だ。
やらなければならないことは多い。やれる分だけでも、同時進行していかなければならない。
ヒジカも、重い遺言を残してくれたものだ。
敵意を一身に受けながら、城外へと出た。とりあえずは宿に戻って二人と合流しよう。
高級な宿に着くと《勇者の護り手》となった二人が荷造りをしていた。まだ僕が着ているのと同じ、水色の軍服だ。僕たちはこの服と、無課金ユーザーっぽい服しか持っていない。
「ようやく来たか」
「もうほとんど済んじまいましたよ」
僕がヒジカ・トージスの名前を名乗るについて、二人は何も言わなかった。だが、大手を振って賛成というわけではもちろんないようだ。
当たり前だが、僕をあのヒジカ・トージスとしては見れはしない。
「ヒジカ。宿は冒険者ギルドの横にある部屋を取った。手頃だったし、明日のメインはギルドだろう?」
「ありがとう。しばらくはギルドを中心に動いていくだろうから、そこに定住しようか」
それでもイッサさんは、僕をヒジカ・トージスと呼んでくれる。同姓同名の別の者として考えるようにしたのだろうか。今まで呼んでいた「ヒジカ」とは、言い方の響きが違う。
「アンタの荷物も、まとめときました。今日は慣れない場所で気疲れしたし、さっさと移動して休んじまいましょう」
「そうだね。明日からも別で色々たいへんだし、そうしよう」
ソージは僕を『ヒジカ』とは呼ばない。『アンタ』と呼ぶ。
かといって、認めないという意思表示でもないらしい。ようやく気持ちに整理がつき始め、談笑できるようになった。
笑えるようになったんだ。
二人とも、僕が魔族であることには触れなかった。いつかは全てを話すべきなのかもしれない。それにはまだ、僕の心の整理もついていない。
復讐を誓えど世界を恨めど、彼らはタマソン村のお人好しだ。自分たちこそ傷ついているのに、時にはこちらを気遣ってくる。
僕を、自分の名前を捨てて、会ったばかりの友人のために一生を捧げようとする魔族だと思い込んでいるフシがある。
そうじゃないのに。僕は勇者になる機会を狙っていたはずの、友人の死を利用してでも目的を果たした魔族なのに。
痛いほどに悲しいが、ソージが僕をヒジカと呼ばないのはきっと彼の優しさなのだ。
――切ないな。
ヒジカが死んでから、すっかり口癖のようになった言葉を喉の奥に押し込んだ。




