【閑話ー蜘蛛の少女(1)】
相棒と別れて、何回星を見たやろうか?
相変わらず《南の森》の中、美味いモンを探して朝日の左側へ進んでいる。
知らん間に条件を達成しとったんか、相棒と別れて魔物をもぐもぐしとると、すぐにアルケニー(少)に《存在進化》した。
顔が丸っこい形から、わずかやが面長になった。胴や手も長くなり、成長したんやと実感する。黒く長い髪も艶を増した気がする。
胸の辺りが、何故かわずかに柔らかく膨らんだ。弱点になると思ったので《蜘蛛巣》で覆った。
「なぁスカー? どうしたらええと思う?」
スカー(疵)と名付けた顔に疵跡の残る蜘蛛は、白く丸い目の付いた頭を首斜めにを傾げる。
「はぁ」
ため息を吐く。いち早く追いついてくれたのは嬉しかったが、無口なのが困りもんや。身体での意思表示で言いたいことはわかるが、蜘蛛語でも念話でも話さない。
「相棒にはフラれてもうたしなぁ。うちの何がアカンかったんやろ?」
スカーは、わからないというように首を横に振る。
草むらから、ガサガサと音がした。そちらを見やれば《牙虎》が剣のような牙を剥いて、呻り声を上げた。
動き出そうとするスカーを、頭の右にある三つの眼で制止し右手を横に振るう。
《牙虎》は跳びかかってきたが《斬》属性の細い《蜘蛛巣》により、コマ切れになった。今のこの細さでこの《斬》の斬れ味なら、相棒も察知さえ出来なかっただろう。
あの頃の相棒ならば、やが。今の相棒はまた色々な物を喰って、さらに強ぅなっとるやろう。
スカーは、一番前の手でカチカチと鳴る拍手をする。無口なのに、反応は多い。こいつのキャラいまいちわからへん。
「この姿になってよかったんは、出来ること増えたことやなぁ」
蛇の相棒は「手と指」と呼んでいた。蜘蛛の爪は二つを使って挟み、持ち上げたり寄せたりしかできなかった。「指」は掴んだり、骨に付いた肉を千切ることも出来る。
骨の近くの肉は美味い。「舌」も「唇」も便利や。器用に肉を骨から噛み取りつつ、指に滴る虎の血を舐めとる。口の周りの血や体液が不快やったから、腕で拭った。スライムを見つけたら、口をゆすいで腕をすすぎたい。
森の深さは十二層に入って、魔物の強さも美味さも上がっている。その分、うちも強なっとる。
しかしそれもわからず、襲ってくる魔物も多い。喰うにも余ってしまう。
わきまえたように《牙虎》の喰い残しをスカーが《蜘蛛糸》で器用に包んで、背負う。ウチとスカーのおやつになる。
包むスピードは速く、スカーの《操糸》が高いレベルにあることがわかる。それを見とめて、さらに北へ進む。
下半身の蜘蛛も大きくなり、六本の脚は頑丈になっている。今や《牙虎》くらい、糸を使わなくとも爪と牙だけでも勝てる。相棒のお陰というか、相棒のせいで強くなりすぎとる。
「……本能、なんかなぁ?」
相棒と共に、森の外に出ようとは思えんかった。美味いモノが欲しいとは違う理由で、ウチは朝日の左側へ向かわんといけん気がしとった。
何だかんだ甘い相棒のことやから、ウチも着いて行きたいと言えば困った顔をしても、嫌とは言わんかったやろう。それでもウチは、そうは言えんかった。
ウチと相棒が珍しいんかと思っとったが、そうでもないらしい。生まれ育った層で強くなった他の魔物たちも朝日の左側へ、森の中心に向かっとった。
命を一番に考えるウチら魔物が、何故危険に向かうのか。まるで光に向かいたくなるような、抗えん走性のようやった。
ウチの恋心とは別にしても、相棒は明らかに普通の魔物と違っとった。違うモノを見とった。その結果が、森を出るという選択やったんやろう。
「お前は、どう思う?」
スカーはいつも通り丸い瞳をこちらに向けて、無言でカチカチと爪を鳴らして首を傾げる。わからないということらしい。ちょっとかわいい。
何にしろ、ウチが何かに操られて森の中心に導かれとるんなら、気に入らん話や。それさえ解決してしまえば、相棒を追って外に出ることも出来る。それを放って外に出るんは、出来ひん。
そんなん、ウチの《傲慢》が許さへん。