【幕間(2)】
「これよりぃ! ヒジカ・トージスの勇者認定を執り行ぁう!!」
城は豪奢なつくりだった。そもそも、王都全体が他の町村とは次元が違う。人口は一万を越え、街並みは整理されている。もちろん王都全体を囲うのは、高い城壁だ。
その中心に、一際大きいこの城は建っている。白を基調とした西洋風の大きな城。白の次に使われているのが金。
足元には、美麗な血のような赤の絨毯がどこまでも続いている。
豪奢と言うか、華美だ。
勇者が発見されることは、稀な吉事である。それも今回は数十年ぶりの亜人の勇者。吉事と受け止めない者がどの程度いようと、珍しさだけでも人を集める。
貴族や軍人たちは、様々な意図を持って、この謁見の間に立っている。名だたる公爵家から、近隣の騎士爵家まで。
その大勢の注目の中、謁見の間の豪奢な扉が開く。
水色の服を着た三人の少年が入ってきた。
先頭を歩くのは、波立った白髪と褐色の肌が特徴的な小柄な少年。二つの瞳は赤い。成人の十五歳にも思えない、精々十歳くらいの幼い顔つきだ。
その左右を、二歩ぶんほど遅れて黒い肌の巨人と、金糸の少年が歩く。
三人ともに、前面の首から腰にかけて金のボタンがダブルで五つ並んだ、水色の軍服に身を包んでいる。
周囲は興味深く見ている。奴隷でない亜人を見るのはみな初めてで、蛇の亜人とゴリラの亜人は稀だ。狐亜人にしても、ここまで美しい金糸の髪は珍しい。
無論それだけではない。みな少なからず驚いている。亜人の勇者がどのような態度で入って来るか、値踏みしようとしていた面々である。
うち二人の小柄を嘲る者。亜人であることに嫌悪感を持ってみる者。そういった者がほとんどだったが、
――ほぅ、意外と堂々とした立ち姿で歩いているではないか
そういう思いがある者達もいる。
ただ一人、玉座の近くを許される四人の公爵の一人――リョ・イツ公爵は驚きと憎悪の眼で見ていた。
(馬鹿な。何故来た?)
そう思っている。長く伸ばした白髭を、老いて枯れ枝のように細くなった手で弄びながら、ギョロりとした目で見据えている。
国内最大の力を持つリョ一族の中でもさらに別格という意味を込め、自身をロイツ公爵と呼びならわせているこの男は、褐色の勇者の一挙手一投足を注視していた。それこそ、肩に届かない長さの波立つ白髪の揺れにまで。
先日、一族の末席の者から、管轄内の亜人で《勇者適正》を持つ者が出たという報告があった。
その者――リョ・ナイに二つ指示を出した。その亜人の情報を送らせることと、村ごとの殲滅だ。
貸し与えた天候級魔術師達は帰ってきたが、その後の報告が一切なかった。
苛立ち、翌日催促の使者を送ったところ、使者は返信を持たず帰って来た。様子を聞けば、確かに報告を書ける状態ではなかった。
筆を取る手もなく、脚もなく。筆記させようにも喋る舌も抜かれ、口で文字を書こうにも、頬と顎の筋肉は断たれるように切られていたという。歯の一本さえ残っていない。
醜い芋虫になっておりました、という報告だった。
リョ・ナイの屋敷からは、執事しか在り処を知らぬ財宝、勇者に関わる書類がすべて盗まれ、村の殲滅に向かった兵は、一兵たりとも帰って来なかったそうだ。
ロイツ公爵は急ぎ調べさせた。
村の殲滅自体は実施されていた。村には一人も亜人はおらず、兵の死体も無かった。しかし、村人それぞれが埋葬されていた墓はあった。
つまりは、生き残りがいたということだ。村人を埋葬をした者が。
そしてその生き残りは、指示を出したリョ・ナイ子爵を特定し、今の芋虫のような虫けらの姿へと変えさせた。
指示の書類などは処分しているだろうが、勇者を殺し損ねたと、身の危険を感じて緊急で居場所を特定をさせた。
200センチ弱の狼亜人、ヒジカ・トージスは見つからなかったが、手がかりは案外簡単に手に入った。
ヒジカ・トージスの軍服を作らせた服飾店に、三人の亜人がやってきたのだ。狼亜人に渡した正装と同じ物を作らせるために。
三人の特徴を聞くに、すべてがヒジカ・トージスとは一致しなかった。蛇とゴリラと狐だ。狼はいない。
そこで、こう予想した。ヒジカ・トージスは死んだと。
しかし、偶然生き残った三人の村の亜人が、復讐でリョ・ナイとその兵たちを殺したのだろうと。そして三人は、ヒジカ・トージスを装って勇者になろうとしているのではないか。
そう考えなければ、同じ軍服を買う理由など無い。元々勇者は、三人までは《勇者の護り手》を任命できる。その者たちの正装代金も渡してあるはずだ。しかしそれも、勇者がいてこそだ。
(愚かな亜人どもめ)
ロイツは呆れた。勇者認定の前にも、王の御前で鑑定官による《鑑定》はあるのだ。勇者適正の有無は、そこで最終確認される。
来たとしても、勇者適正を持つ者がいなければ、待っているのは勇者認定ではなく、勇者を騙った者としての重い処罰だけだ。
そして数十年いなかった《勇者適正》を持つ亜人が、同じ村に二人――二匹もいるはずがない。
勇者認定の式次第を知っている者など平民の――亜人の中にはいないとしても、杜撰なことだと笑った。しかし。
「……いや待て。愚か者にしては、あの末端の死に方は」
残虐性にも、二種類ある。
知性がない、考え無しゆえに行える残虐性と、知性あるゆえに行われる残虐性だ。
報告によれば、リョ・ナイの状態は何も伝えられないように、出来る限り苦しめるようにされたものだった。
そして、壁には『天誅ゆえ不殺』と肉片の混じった血文字で書いてあったそうだ。
考えがないゆえ、想像力が無いゆえに残虐になれる者の行いとは、思えなかった。
式の前日になって、いよいよ分からなくなった。
少しばかり頭が回る者ならば、勇者として認定される前に確認があることなど、予想できそうなものだ。
「ならば何故、あの者たちは認定式に出る準備をしている……?」
リョ・ナイの屋敷から盗んだ情報なのだろう。手配されていた前日の宿泊場所に、予定通りに三匹はやってきた。
部下に様子を探らせると、認定式の予行練習などという子どもらしいことをやっているとのことだった。
行動を補足されていることを理解し、逃げるタイミングを計っているのかと考えたが、それにしては行動がおかしい。三匹の行動の読めなさに、公爵は不気味さを感じていた。
その三匹の亜人は、昨日の予行演習とやらの成果か、毅然とした歩みで玉座から少し離れた指定の位置で跪いた。
ほぅ、という声がまた漏れる。
様になっている。多くの貴族たちは、それに少なからず驚いている。
しかし一人、ロイツ公爵だけは、三人が知性を見せることで不気味な印象を募らせていた。
【人物紹介】
リョ・イツ公爵
ソン=サック四公爵の一人。
最大勢力であるリョ一族の筆頭。
若い頃からソン=サックの経済を亜人の売買によって発展させてきた。
一族への貢献は自他ともに認めるところであり、自身が一族をここまでの立場にしたと強く思っている。そのため、一族の中の一人として扱うことを許さず、自らを『ロイツ』と呼ばせている。そのため、同格の公爵以下誰もがロイツと呼ぶ。国民も以前見せしめで一人見せしめに殺されたため、リョ・イツは国全体から『ロイツ公爵』と認識されている。
傲慢な老人だが、王にまで自身を『ロイツ』と気遣わせて呼ばせるほど、その政治力は本物であり注意も怠らない。
ヒジカ・トージス殺害及びタマソン村殲滅の首謀者。
現ヒジカの蛇や田舎のタマソン村の人間であるイッサやソージは、貴族に疎くリョ一族も知らない




