【幕間(1)】
これまでヒジカの幻以外は蛇視点のみでしたが、人が多くなるので時々他者視点も入ります。
―――深夜のリョ・ナイ子爵邸―――
「……まだ来ぬのか! 使えん奴らめが」
豪奢な椅子に座り、酒のグラスを乾かす。
ソン=サック国内では、西の果ての都市であるここコウシ州コウシ郡では、一・二を争う豪邸。リョ・ナイ子爵の自室は、その最も豪華な一室だ。
王都ではない、辺境勤務なのは仕方ないと思っている。不満に思いながらも彼は、普段この華美な部屋で酒を呷れば酔えるのだが、今夜は酔えない。
苛立っていた。いつまで経っても報告が来ない。
危ない橋を渡っているのは分かっている。これまでも何度も危険な手段は取ってきた。
だからこそ報告は密にさせているのだが、今回は途絶えている。
天候級魔術師の部隊が、豪雨を振らせてタマソン村の襲撃開始を確認して戻ってきてから、もう数時間が経っている。
「亜人の村とはいえ、たかだか100名程度の村だぞ……。勇者がおるからといって……」
負けることなどあるまい。皆殺しにして帰って来るだろう。
突然の豪雨の中の、亜人どもの村にとっては急襲。襲うのは訓練を受けた精鋭200名なのだ。
亜人の身体能力は、人族に比べ高い。だからこそ、飢えようと弱ろうと奴隷として役に立つ。
公爵に借りた天候級魔術師は、すでに返還した。その者から詳細を聞くことはできない。
というより、豪雨を降らせるまでが彼らの仕事であったため、詳細など知らないだろう。
豪華な部屋を歩き回る。負けるはずもないと確信している。それなのに、肥満体の足腰が疲労を覚える程度に、ずっと前から立っては歩き回り、座っては立ちを落ち着きなく繰り返している。
「認めたくはない。認めたくはないが……」
認めたくはないが、この男は不安なのだ。亜人とはいえ、勇者を殺す命令を下した。
もう何度も見た、机に置かれた書類をまた手に取る。
ヒジカ・トージス。
狼亜人で《勇者適正》と人徳の一つを持つ。身長、体重、胸囲、腹囲、等々。
田舎の亜人についての情報など、たかが知れている。身体特徴さえ、衣服の手配をしたのが自分の部下でなければ手に入らなかっただろう。
そもそも、田舎で暮らすか奴隷になるかしか選択肢がほとんどない亜人についてなど、政府機関さえも興味がないのだ。奴隷か否か、誰の所有物かさえわかればいい。事実、戸籍でさえ奴隷の所有者欄以外は、誤情報も多い。
「……抜け抜けと言い放ちおって」
一昨日、勇者としての認定式への段取りのため、ヒジカ・トージスをコウシ郡の役所へ呼んだ。
精悍な表情と覚悟は、人族の軍人であったなら好感が持てただろう。服を渡す折り、勇者として何をしたいかと訊ねた。
呆れた。『亜人の地位向上』だと?
許せるわけがあるまい。殺す以外にあるまい。我々リョ一族が、一族の長は財務大臣を担っており、元々は亜人奴隷の売買で台頭したことを、田舎者の亜人は知らなかったらしい。
事実、あの亜人に《勇者適正》があると判明した報告を送ると、即王都にいる公爵から指示と共に天候級魔術師が送られてきていた。
奴隷根性の染み付いた勇者でなければ、殺せと。
今も亜人奴隷の市場価値は高い。亜人の多い我が国の特産品と言ってもいいのだ。隣国のルビのように、亜人に優しい法律などない。
それを人族のように権利を認めてしまえば、売買ができなくなってしまう。
我が一族のみの問題ではない。国の経済全体の問題なのだ。それで権益を得ている貴族が多い状況で、それを減らそうと思っているという発言は、愚かとしか言いようがない。
《勇者》の戦力は大きい。しかし、我らの権益と引き換えになど出来るわけがない。
――ただ、今はその戦力の大きさが懸念の種になっている。勇者の怖さは、その成長力である。まだ正式な勇者ではないため、戦力的にも立場を見ても殺すなら今をおいてない。
《勇者》は人民の希望であり、忌々しいことに今回に限っては亜人にとっても希望だった。
数十年ぶりの亜人の勇者という稀な情報は、すでに国内に知れ渡っている。それを表立って殺すことは出来なかった。
演習を装って出せる戦力として、ギリギリ目立たないと計算されたのが、200だった。
「しかし、こうにも報告がないと……」
不安になってくるのだ。勇者相手に、戦力不足だったのではないかと。
コン。
コン、コン。
「おぉ! やっと来たかこのノロマめ!」
殲滅完了の報告の使者だろう。身動きとともに、兵装の音がした。これでやっと酔える。
喜色を浮かべ、ガチャリと音を立てドアを開ければ、背の低い兵士が立っていた。
「終わったのか! 無事に皆殺しにできたのだな!?」
興奮して兵士の肩を揺すると、兵士が顔を上げる。
褐色の幼い顔に三つの赤い光があると思った瞬間、意識が途切れた。
翌朝。屋敷の侍女が見たのは、変わり果てたリョ・ナイ子爵の姿だった。
「ヒィ……!!」
椅子に座っていたのは、水をかぶったように全身が濡れた、四肢の無い邸宅の主。
子爵は生きており侍女に気づくと、うぎゅぎいぎ、ごがおうぎ、と意味を成さない鳴き声を上げた。
舌は切り取られており、頬に力が入らないよう、蛇の口のように深く切れ目が入れられていた。切れ目は顎の下にもあった。
元々醜い子爵の顔の、そのおぞましさに意識を手放した侍女は、気を失う寸前に壁に血と細切れの肉で書かれた文字があるのを見た。
『天誅ゆえ不殺』
本日から毎日投稿再開します。とりあえず、書き溜め増えるまでは休日も一日投稿にします。
平日20時、休日6時投稿の予定です。
ちょっと自信はないままの見切り発車にはなりますが、頑張って面白いものにしていきます。
メンタルがクソ雑魚ナメクジな作者なので、レビューや感想で褒めていただけると更新頻度と質が上がります。




