僕の名前
ソージ君が獣度100%で、馬に向かって走り出した。
斜め後方から来た狐に気づいた馬は、逆方向へ逃げ出す。馬は亜人だと気づいているのだろう。ただの狐なら、全力で逃げることもないはずだ。
さすがに馬には追い付けないので、徐々に距離が離されていく。そこでイッサさんの圧が発せられる。
馬は圧に気づくと、少し顔を斜め前方に向けて、進路をわずかに左へ変える。
ここで圧がかかることは分かっていた。
だから僕はここにいた。馬のすぐ近くの木の上で《隠密LV6》で隠れて。
馬に乗る。木の上から落ちながらの《思考加速LV4》に慣れず、ちょうどいいところに乗れずに首の上に着地した。
これならこれで。
馬の首を太腿で《締め付けるLV5》して身体を横に捩る。
馬の脚は予想外な重心のかかり方をして、バランスを崩し、倒れる。
僕は跳びのいて、今度こそしっかりと地面に着地する。
ヒィン、と馬が鳴く。見れば馬の前脚の腿に狐が噛みついている。
……ヒジカの能力向上がなくても、かなり速いなぁ。
感心しながらも、僕も加勢しなくてはと馬に近づく。
あれ? 人型の攻撃方法ってどうするんだっけ?
蛇の姿で過ごしてきた僕は躊躇しながらも馬の頭に近づき、何となく左足を馬の頭の横に置いた。
どうしてか腰の右側を後ろに引いて、腰にぴったり付いてきた右拳で、いつの間にか出していた左手を引きながら腰の右側を前に回し、その勢いのまま地面へ突いた。
めきゃ、という聞いたことのない音がした。
スキル《逆突き》を獲得した!
「「Oh……」」
僕と狐は同じ反応をした。体が自然と動いて繰り出した攻撃は、一撃で馬の頭部をグロい感じにしてしまった。
これは……、空手?
記憶は無いが知識はある。腰を回転させて体重を拳足に乗せ、攻撃する術理。もしかしたら前世の僕は、空手家だったのかもしれない。
「おー。……うぇ」
追いついたゴリラが、よりはっきりとした反応をする。まぁこれは仕方ない。
「……攻撃力も、あるんですね」
「……僕も、びっくりしてる」
狐と蛇で顔色を青くしながら、草に横たわるグロい馬の頭部を見つめる。
「でももうちょっと、倒し方があると思います」
「僕も、そう思います」
あ、敬語うつった。そう思った瞬間、二人で吐いた。
馬二頭を狩って、そういえば僕の名前をどうしようかという話になった。
確かに、いつまでも『蛇』ではどうかと思う。
「でも……、記憶を取り戻せば、両親が愛を持って名付けたものがあるでしょうし、ね」
優しさに満ちた目はやめてほしい。心が痛むから。
「……確かに。ま、名乗りたい名前があったら言ってくれや!」
深く肯くゴリラ。優しさが心を刺す。辛くなったので話題を変えよう。
「そ、それより、空が変じゃない?」
「雲行きが怪しくなってきましたね」
「あぁ」
空を見上げれば、今にも大雨になりそうなほど、黒く濃い暗雲が広がっている。
「……あんなに晴れてたのに」
「おかしいな。天気読みのジジィも、今日は晴れだって言ってたんだが」
村には、天気をよく当てる爺さんが一人いるらしく、外出する時はみんな聞いて出るそうだ。降ってしまいそうなのは仕方ないので、タマソン村へ帰ることにした。
「獲物は馬二頭。三人で初めてやったにしては、上々でしょう」
狐は足りたような、ちょっと苦いような表情をした。馬の潰れた頭部でも思い出したのか。
潰れた頭部は、イッサさんの大剣で斬り落として置いてきた――のをこっそりと僕が《丸呑みLV5》で美味しくいただいた。
脳のある頭を食うのがスキルを獲得しやすいのか《後ろ蹴りLV1》を獲得した。
馬肉は美味しかったので、二頭目も手加減を失敗した振りして潰して食べた。
前脚に噛みついていたせいで、二度も顔の前で潰れるのを見てしまったのが、ソージ君が苦いような顔をしている理由だろう。
ポツ、ポツ。
ポツ、ポツポツ。
そんな雨粒が落ちてきたと思ったら、すぐにザァァァァアアと降り出した。
「げぇっ。もう降ってきやがった!」
「痛い、痛いです。何ですこの大雨!」
「どうする? もう森を出るけど、木の下で雨宿りしていく?」
自分で言っていて、妙な気がしていた。
ここにいたいような、戻りたくないような。
でも、戻らなければいけないような。
「いや、帰ろう」
「帰った方が、いい気がします」
二人も、奇妙な緊張感で帰る方を選んだ。
今週の日曜は、二回投稿ございません。朝6時の投稿のみです。8月内で区切りを付けるためであって、決して書き溜めが減っているとかそういう事実は一切ございません。ほ、ほほほほ本当に大丈夫だから! まだ書き溜め二週間くらいあるから! 余裕余裕よよよヨユーっすから! じぶ、自分ヨユーっすから!
ででででも、レビューや感想とか評価とかブクマとかで、精神が安定してもっと書ける気がします。あああ焦ってねーし! マジ焦ってねぇから!! でもレビュー感想評価ブクマ嬉しいです。