空から飛んできた少年
少女視点
「ぐっ」
荒野を走り続けていた。魔の大森林は、奥へ行けば魔物が出てくる。が、森の浅いところまでは小動物がいるだけだ。
そう思って森へと逃げていたのだが――、森へ入る直前で追いつかれてしまった。
後ろから肩を掴まれ、追って来た男の方へと力づくで振り向かされる。衣服と同じ純白の帽子が、ピンクの髪から落ちる。
「へへっ。嬢ちゃん、観念するんだな」
下卑た男が、下卑た表情を浮かべて笑う。掴んだ男の後ろに四人の男がいるが、全員が似た表情を浮かべていた。
「……帰らせて、ください」
必死に逃げて来たため、息は荒く目は潤んでいる。それだけでなく、恐怖で泣きそうなのだ。睨んででもいなければ、涙がこぼれ落ちそうだった。
「は、そうは行くかよ。僧侶様を危険な荒野を一人歩かせるわけにゃいかねぇさ」
掴まれた肩を見れば、土なのか垢なのか、汚れてしまった。あぁ、嫌だ。せっかく僧侶になれた晴れの日なのに。
前方には、山賊のような――事実山賊なのだろう。薄汚れた中年の五人の男しかいない。後ろは魔の大森林。助けはやってこない。人がいたとしてもそれが、十二歳の小娘を助けるために五人の山賊を敵に回すような奇特な人である可能性は、絶望的だろうけれど。
「惜しかったなぁ。森の中に入れば、木に紛れて逃げ切れたろうに」
絶望させ、逃げる気を無くさせるためだろうか、それとも優位に立てたことが嬉しいのか、長髪の男がわたしを見下しながら言う。確かにそのつもりだったので、睨み返すことしかできない。
「小娘……、テメェ十五歳には見えねぇなぁ。せいぜい十二歳ってとこだろ? それで僧侶服を着てるってこたぁ、親父様は貴族様でいらっしゃる?」
リーダー格なのだろう。全員が不精髭を生やしているが、一際長い髭をたくわえた長髪で大柄の男が言う。
「……っ!」
表情を崩すまいとしていたが、思わず反応してしまう。その反応を見て、男は一層笑みを深めた。男の言うとおり、わたしはただの小娘だ。山賊といえど、中年の男の方が一枚も二枚も上手だった。
通常、神殿での《鑑定》を受けて職業を決められるのは、十五歳だ。しかし、貴族の子どもは十二歳から《鑑定》を受け、それに合った職業の訓練を各家で受ける。その条件として、護衛を付けずに一人で神殿までの旅をすることだった。
ただのおつかいの延長のようなものだ。よほど運が悪くなければ、大通りを旅すれば魔物にも会わずに往復できる。
「運がイイぜぇ! たまに山から下りてみりゃあ、きれいなおべべを着たメスガキが歩いてんだからよぉ」
急な大声に、身体が思わずビクリとなる。
(……本当、ツイてないです!)
本当に最悪だった。
二日の往路の旅を経て神殿のある街に着き《鑑定》を受け、僧侶となる手続きまで一日で済んだ。あと数時間もあれば、両親が待つ我が家に着けたのに。
さっきまで、念願の僧侶になれたことを両親に報告することを想像して、思わず笑みが零れていたのだ。
それが――。
「お、親方ァ! オ、オラぁ、もう辛抱できねぇよぉ!」
黙っていた、小太りの間抜けた顔をした男が上手く回らない舌で言う。
「……?」
一瞬、頭に疑問符が浮かぶが下卑た表情と視線で察し、身の毛がよだった。
まさか、十歳を少し超えた子どものわたしに?
「オイ! 手ぇ出していいわけねぇだろうが!!」
親方と呼ばれたリーダー格の男が、醜悪な男を小突く。しかし、本気では殴らない。その男の醜悪ささえ利用するように、わたしに向かって笑みを浮かべる。
「――わかってるな、小娘? アンタが大人しくしてれば、オレがコイツを抑えてやる。ただ、逃げようなんて考えりゃあ――」
その先を、男は言わなかった。わたしはもう、睨むことも出来ずうつむいて震えだしてしまっていた。
怖い。恐ろしい。胸に抱いた杖を両手で握りしめる。
《鑑定》の旅は、おつかいの延長でしかない。けれど、そのおつかいの延長という試練さえ達成できなければ《僧侶》となった資格さえ奪われてしまう。さっきまでは、その恐怖しかなかった。
けれど、今は自分の身さえ危うい。もう、下を見て震えることしか出来なかった。
「賢いなァ。さすがは貴族様の令嬢だ」
リーダー格の男の声が、耳に嫌な響き方をする。
――誰か、誰か、助けて。
もう助けが来ないことをわかっていながら、目を強く閉じて願った。街の中は、平和だったのだと思わずにはいられなかった。
「げがれっ!!」
ごぎゃ、という妙な音がしたかと思えば、魔物の唸り声のような声が聞こえた。
「……何だ? テメェ」
それでも前を見ることは出来なかったが、山賊にとって予想外のことが起こったのだとはわかった。
「あ、人間だー!」
間の抜けた、少年のような声が聞こえてようやく前を見ることができた。
褐色の肌、白い長髪の男の子がいた。年齢も身長も、わたしより少し低いくらいだろうか。
その子に、山賊たちは剣を放って向き直っていた。
緊張なのか、男の子の足元の踏み潰されたような死体がムゴかったからか、それとも男の子が全裸だったからかはわからない。
「きゃぁぁぁあああ!!」
耐えていた悲鳴を上げ、再び強く目を閉じた。幼い頃にお風呂で見た、お父様のより二回りほど大きかった少年の股間が瞳に焼きついてしまった。
それを振り払うように、首を振る。そんなことを気にしている状況じゃないのだ。
「えーっと? どういう状況?」
「何で……、テメェ、全裸なんだよ」
山賊が、戸惑ったような声で当然の質問をする。
突然の珍妙な乱入者に、さっきまでこの場を支配していた者達も扱いかねている。
「んー、生まれてきた時から全裸だったけど。そっか、そうだよね」
服は着るよね、と感心したように呟く。山賊の恐怖を誤魔化すためにめちゃくちゃなことを言っているのではなく、本当に心からそう思ったような声だった。
「お、親方ぁ! こ、こいつもかわいいぃ! チ〇コデカいぃ!」
先ほどの小太りの男が、唾を飛ばしながら興奮した声を上げる。どうやらあの醜悪な男は、何でもアリらしい。この変態だけは、素手だった。腕は他の者より太く、格闘が手段なんだろう。
「逃げてください! この人たち、山賊です!」
嫌悪感で冷静になることもあるみたい。助けを求めてはいたが、わたしより小さい子どもを殺させるわけにもいかない。
――わたしは、誰かを助けたくて僧侶になることを望んだのだから。
閉じていた目を開ける。なるべく男の子の股間を見ないように。山賊たちの胸板は厚く、腕は太かった。汚い身なりではあるが、乱入者に対する反応も早かった。山賊の中でも強い部類なのかもしれない。男の子の体は子どもらしく、腕は細く胸は薄い。股間は長く太い。
「まぁ、見たヤツは生かしておかないわな」
サインでも出していたのだろうか。親方と呼ばれた男は少年と対面し、残る三人が男の子を取り囲んだ。
「なるほどね。少女が山賊に襲われてるって状況かぁ。山賊、いるもんなんだね」
男の子に、焦りや恐れはなかった。まるで、自分がここで死ぬなんてカケラも思っていないように。
「何だ、その余裕は?」
親方は、訝しがるような声で訊ねる。変態の小太り男は息を荒くしているが、他の二人は沈黙している。まるで、男の子に飲まれているように。
「森と――、自然界と一緒だよ? 慌てふためくのは、いつだって弱いヤツだ」
「お、おぉぉお! イイ表情ぅぅう!」
男の子が言うとともに、我慢できなくなったのか小太りの変態が諸手を上げて襲いかかった。
次の瞬間、その醜悪な顔が無くなっていた。




