蜘蛛の知恵
『なぁ蛇の兄ちゃん、アンタは何回星を見た?』
突然のロマンチックな言い回しに『何言ってんだこいつ?』と思ったが、この世界の慣用句的表現なのか迷った。
わからなかったが、事実のままを言うことにした。
『一度だ』
蜘蛛は普通に納得したようで、どうやら生後何日目かを聞きたかったようだ。
『ほぇー、それでそんなデカいんかいな。魔性の蛇ってなぁ、もっと小さいもんと思っとったがなぁ』
甲高い声にも慣れた。表情豊かな声のこの蜘蛛と話すのを、何だかんだ楽しみ始めた俺がいる。
『お前は、星を何度見た?』
『俺は二十回くらいやな! そう考えると、俺の方が知識はあるんちゃう?』
『そうだと思うぞ。正直俺は、世界のことを何も知らん』
『ふーん? 案外素直に認めるもんやなぁ』
『おかしいか?』
『いいや? アンタくらいサイズの大きい魔物は、プライド高いんかと思うてたわ』
『よせ。夜に跋扈してる魔物たちから、身を隠すしかできんのにプライドなんて持てるかよ』
そんなプライドなんて持ってたら、すぐに死んでしまう。
『ハハハ、違いない。そろそろそのおっかない魔物たちがお出ますで。《念話》の対象を俺だけにしぃや』
『……それ、どうやるんだ?』
蜘蛛は、色々なことを知っていた。
《念話》の扱いや、魔物や森のこと。注意すべきことは何なのか。さすがは俺の十倍は生きているだけある。
『基本魔物は、朝日の方向を向いて左側の方角に行くほど、強くなるみたいや』
東を向いて左、つまりは北ということだろう。森が深くなるのは、北。
一概には言えないのだろうが、蜘蛛や蛇の行動範囲であれば、北に行けば深くなるとシンプルに考えていいのだろう。
『夜の魔物もそうや! ここの夜の魔物は強いけど、朝日の右側の方向に行けば、夜に動く魔物でもそこまで強くないで』
『そうか。なら夜は南に行って過ごすのもアリなのか』
蜘蛛が、南? と怪訝な表情をしたので、朝日の右側と言い直した。一々めんどくさい。
『せやな。俺も本来はもう少しそっち側におってん。ただ今朝、急に体が大きくなったもんで、はしゃいでこっち側に来てもうたんよ』
『急に大きくなった? 脱皮した後に、大量に食ったとかか?』
『いや、それは昨日の夜やねん。その後に、たまに上から聞こえる声あるやろ、スキルがどうだとか』
天の声のことだろう。
『アレの声で《存在進化》が可能ですーなんて声が聞こえてなぁ。満腹後で眠かったさかい、はいー答えて眠ったねん』
『ほんで朝起きたら、昨日までの身体の三倍くらいに体が膨らんで、ちょっと強めのエサ取りにこっちまで来たんよ』
『《存在進化》か。レベルアップとは違う、種族が進化するってところかな』
『せやなぁ。慎重に生きてきたつもりやったねんけど、昨日までとは全然違う力の漲り方に、思わずはしゃいでもうたわ』
蜘蛛の糸のような良いスキルもあるのだろうが、慎重でなければ、二十日も夜を越えられなかっただろう。
俺はそういうものだと確信したから、狩りまくって食いまくって身体を大きくしてきたが、生まれたての40センチばかりの大きさでずっと過ごすことを考えると、ぞっとする。
『今までは小さかったさかい、木の根やウロなんかで眠れとったんやけどなぁ。能力が上がったのはええけど、隠れにくいんは不便やわ』
小さいことにも、メリットは大きいらしい。
『なるほどな』
この蜘蛛と共同で過ごすことも、大きなメリットだった。
かなり有益な情報も聞けたし、穴に蜘蛛の巣を張った。《粘着耐性》持ちでなければ破ることは困難であろうし、安心感が違う。
それにしても《存在進化》か。レベルが上がっていけばできるんだろうか? 胸ワクだな。